第二話 夢のお告げ
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不安な気持ちで階段を降りると、そこには元気な仲間たちの姿があった。
「良かった……」
小さな声で独り言を言った。
「随分とひどい顔ね、ルード」
「おはよ、サラ。酷い悪夢を見たんだ」
「へぇ、どんな?」
「ドブロイが……」
自分たちがドブロイに殺される夢、なんてことはとても言えない。
ドブロイは彼らの仲間なのだから。
「いや、ドブロイがね。嫌だって言ってもワインを死ぬほど飲ませてきたんだ。
苦しかった……」
適当に作り話をして誤魔化す。
実際いつか起こりそうなエピソードにサラが顔を顰める。
「うへぇ、正夢にならないといいわね」
「失敬だね、僕は嫌がる相手に飲ませたりしないよ。ワインに失礼じゃあないか」
そういってドブロイはルードの前に並々とワインのつがれたワイングラスを置いた。
「ささ、寝起きのいっぱいだ。飲んでくれ。嫌だとはいうまいね」
「ねぇ、頭おかしいの?」
「クハハッ、冗談だとも、ただの葡萄ジュースだ。酒場で昨日もらってきた」
前からルードは思っていたがドブロイは悪人面だ。笑い声もなんかそれっぽい。
スキンヘッドのいかつい風貌はとても善良な魔術師には見えない。
『僕のために死んでくれ、ルード・ブレイバー』
そういって笑う映像がフラッシュバックする。
「まあ、ただの夢だしね……」
小声でつぶやく。
『その男は危険です……』
見知らぬ声がした。
あたりを見回す。
「サラ、ドブロイ。今、声がしなかった?」
「いいや? しなかったが……。サラ君には聞こえたか?」
「ううん。私も聞こえなかった」
『その男は危険です……』
「ほら、また聞こえた!」
サラとドブロイが怪訝な顔をした。
「悪夢で疲れているんじゃないか? もう一度寝てきたらどうかね」
「うん。そうよ、寝てきたら? どうせ今日は休むつもりだったじゃない。アーガスもまだ寝てるし」
『その男は危険です……』
また聞こえた。どうやらこの声はルードにしか聞こえないらしい。
部屋に戻り戸を閉める。
「君が誰かは知らないけど、ドブロイは僕たちの仲間だ」
『後……悔すること……に』
そう言い残してその声は消えた。
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それからというもの、ルードは連日悪夢を見た。
すべてドブロイがサラを、アーガスを、そしてルードを殺す夢だ。
ある日は宿で、ある日は迷宮で。彼は仲間たちを殺した。
だが、一度だけ、違う夢を見た。
目の前で、ドブロイが膝をついている。
「グッ、はぁっ、はぁっ、アリス……貴様……」
ドブロイがルードへと手を向ける。手のひらから放たれた黒光をルードは剣で両断した。
いや、その夢の中でルードは、ルードではなかった。
ルードは誰かの目で、それを見ていた。
「僕は……マハト、君を……友だと思っていました……」
「友に剣を振るうのか? 君は」
「裏切ったのは……君です。君のせいで僕と彼女は……」
「クハハ……。僕のせいにするのか。君たちは、いずれそうなる……運命だったんだよ。引き金を引いたのは私かもしれないがね」
「僕も……もう……長くは……ない。血を……流し過ぎました」
「ならさっさと死んではくれまいか」
ドブロイがルードを睨む。
「最後に……君を……」
「できるものならやってみるといい」
ルードは剣を振り上げる。
「無駄なことを。この僕を壊しても無駄だと分からないのか?
確かに力の大半を注いだこの身体を壊されるのは痛いが……百年もあれば力も戻る」
「真実を知ってから……考えていました……。どうすれば君を倒せるのか…」
「そんな方法はない」
「そして結論ですが……君の言う通り……僕に君は……殺せない。
ですので……今からするのは……」
振り上げた剣が深紅の魔力を纏う。
ルードは自分の身体にヒビが入っていくことに気づいた。
初めてドブロイの目に怯えが見えた。
「何をする気だ……」
熱く熱く、燃え上がる炎。
剣の輝きが増せば増すほど、自身の身体にヒビが走り、ボロボロと崩れていく。
腕が、足が、砂に変わっていく。左目が崩れ落ちた。
「ただの、嫌がらせです……」
「僕の命……すべてを注いで……一生消えない傷をあなたに」
「やめろぉぉぉぉッッッっ アリステア・アリストラァァァァァァ!」
剣が振り下ろされる。爆炎がすべてを吹き飛ばす。
ルードの身体の最後の破片が爆風で舞い上がった。
すべてが燃え尽きた空間に、声が響く。
「願わくは……いつか君を倒せる者が……現れますように。
愛しています……アカ……シア」
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気づけばルードは何もない真っ白な空間に一人佇んでいた。
いや、そこは何もない空間ではなかった。空間の真ん中に一本の剣か突き刺さっていた。
「ここは……」
「あなたの……夢の中です。そして……私の精神世界。ルード……ブレイバー」
いつの間にか剣の横に一人の男が立っていた。
ルビーのように輝く深紅の瞳。
作り物じみた美しい顔立ち。
「君は……」
「僕は……アリステア・アリストラ……。あなたの……祖先です」
それは夢の最後でドブロイ、いやマハトと呼ばれていた男が叫んだ名だった。
ルードの……祖先。勇者の家系の、祖先。
「まさかあなたが……」
「そうです。僕が……あなたの祖先……世紀の……大天才です。敬いなさい……」
そういってアリステアは腕をクロスさせた。
特になにも起きなかった。ただのポーズらしい。
「はぁ」
(変な人だな? ご先祖様?)
「君に干渉できるようになるまで……随分と時間がかかりました……君の魔力の残りかすを少しずつ少しずつ拝借して……君の魔力は……少なすぎる。なぜこんなに魔力が少ない……。質も悪い……」
「なんか、ごめんなさい。でも才能のせいだし、僕は悪くないんじゃ……」
「そんなことは聞いていません……」
(いや、聞いたじゃん……)
「本題に入りましょう……。先ほど君が見た夢は……私の記憶。
君たちの言う、ドブロイ……僕たちの時代はマハトと呼ばれていた男。
世界でただ一人の……死霊魔術師の……記憶です」
「死霊魔術師……?」
「死者を操り……生者を生きた屍へと変える……禁忌の魔術……その使い手……。
それとルード……質問する際は挙手を……時間が……ない」
ルードは挙手をした。死霊魔術など聞いたこともない。
「マハトは……僕と……アカシアを仲違いさせ……アカシアは命を落とした……」
挙手したルードを無視してアリステアは説明を続けた。アカシアが誰かもとんと分からない。
アリステアはルードにビシッと指を突き付けた。
「警告します。マハト……いや、ドブロイから離れなさい……。いずれ、殺されてしまう……。そう思ってもらうために……ここ数日なけなしの魔力で夢を見せました……」
「あの悪夢はあなたのせいだったの?」
「警告と……中々言うことを聞かない腹いせと……魔力が少ない腹いせです」
「三分の二腹いせじゃん……」
「もう一度言います……ドブロイから離れなさい……逃げなさい……」
「ドブロイは仲間だ。それに僕はあなたをまだ信じていない」
夢の中に出てくるこのアリステアという男が只者でないのは間違いない。
だが味方とは限らない。何でも信じていた昔ならまだしも、ルードも今や大人、疑うことも覚えている。
何年を一緒に旅をしてきたドブロイと、いきなり夢に現れたこの男。どちらを信じるかなど明白だった。
「そうですか……。サラ・ホーテルロイにアーガス・ドルチェ……あの二人が死ぬのは構いませんが……宿主であるあなたが死ぬのはいただけませんね……」
アリステアは顎に手を当て、いかにも考えていますというポーズをとった。
「証拠を……見せましょう」
「証拠?」
「今でもマハトは……多くの死者を使役しているはずです……。
死者を操るには媒介がいる……。左手の薬指です」
「左手の……薬指?」
「左手の薬指は……心臓……人体のコアに最も近い……。
死霊術師は死者を操るとき……初めに死体の左手の薬指を切り取る……。
そしてそれを常に手の届くところに……保管する。
それは魔術的に……他者の命を手中に収める……意味を持つ。
そう、かつてマハトは……言っていました。嘘かもしれませんが……」
「嘘かもしれないの?」
「真偽のほどは……僕が知るはずもありません……。ですが……もし本当なら……マハトは今も……多くの死者の指を……保管し、隠している・・・・・・。
それを……見つけてきなさい」
「それなら……まあ、やってもいいけど……でも、ドブロイは僕たちの仲間だ。
死霊術師なんてそんなわけの分からないものじゃないと信じてる」
「僕は……マハトが死霊術師だと信じています……。もし見つからなければ……これからも悪夢を……見せ続けます……腹いせに……」