第十七話 ルードの娘
前話の最後に出て来た女の子は三話と四話に登場した迷子の女の子です。
「おい、ドブロイ。あの子供はなんだ」
「おや、アーガス。あの子かい? 名前はサ
……サ……、そうだ、サルモだ。うん。ルード君の子供だよ」
「あぁ? 何言って……」
「といってもね。ルード君が自分で作った子供じゃあない。
僕が君たちと旅をしたのはいくつも目的があったんだが……。一つに勇者の末裔であるルード君の細胞が欲しかったというのもあってね」
「ルードの、細胞だと?」
「ブレイバーの他の面々から採取するのは骨が折れるからね」
「目的は、なんだ」
「勇者を越える勇者を作ること、だよ」
「勇者を越える……勇者?」
「ルード君の兄、ラルク君を見ろよ。たかだか20年しか生きてないのにあの強さ! 千年生きた僕と言えど単騎であれには勝てそうもない。
あの子だけじゃない! これまでもブレイバーには何度もあの手の化け物が生まれてきてる。
初代を彷彿とさせるあの子を見て思ったね。やっぱり一番は勇者だって。そして気づいたんだ。勇者を越えるには勇者しかないって。
それで始めたんだ。勇者作りをね」
「まさか……」
「初めはルード君から取った細胞を培養して育てようと思ったんだ。でもすぐに無理だと気づいた。細胞には魂がないからね。
で、次に攫ってきた人間に細胞を植え付けてみたんだ。そしたらどうだ! 面白いくらいバタバタ死んでく!
どうしたもんかと困っていたらね? ちょうどイリーナを手に入れた。聖女と呼ばれるほどの回復魔術の天才イリーナ・ドルチェ! 彼女の力で副作用を抑える研究を始めたんだ。
なかなか上手く行かなくてヤキモキしたものだが、ついにできたんだよ! 勇者の細胞に適合したあの子、サルモが!
これは世紀の大発見だ! クハハハハハ」
「……外道が」
「革新的な研究とはいつだって倫理の外から生まれるものだ。アーガス。
これを応用すれば最強の軍隊を作ることもできる。魔物被害も大きく減らせる。勇者の生命力を利用すれば病の治療もできるかもしれない。まさに夢の技術だ。
ま、そんなことに興味はないがね」
「魔境は……危険だ。死ぬかもしれない。あのアリステアとかいうやつも、殺しを躊躇うようには見えなかった。
このままじゃ二人が死ぬ。今すぐ止めろ」
「サルモは結構強いよ? とはいえ確かに死ぬかもね。
だがアリスを手に入れるためなら安いモノさ。
やり方は分かった。サンプルなんて新しく作ればいいし、聖女だってもっと性能のいいサラ君を手に入れた。もうイリーナなんて用済みだよ、用済み」
「クソが……。イリーナの命を……何だと思ってやがる!」
「おいおい心配なのはイリーナだけか? サルモは死んでもいいのか? 他にも実験じゃ子どもたちが一杯死んだんだぜ? アーガス、君に人の心はないのか? まったく酷いやつだ。やれやれ、それでも人々を守る騎士団長か? ああ、すまない、もう騎士団長じゃなかったね。
まあ、でも、無理もない。僕は君の気持ちが分かるぜ。分かってあげるとも。なんせイリーナは君の最愛の妹だものな?
クハハハハハ、怒るなよ。笑顔、笑顔。まだ暴れ足りないのか? さっき暴れたばかりじゃないか。無駄だぜ、僕には逆らえない。君はここで妹が弟子と殺し合うのを指を咥えてまってなきゃいけないんだ。
君はいつも何もできないな。可哀想に!
あの時だってそうさ。君が全てを失った日さ」
****************
10年ほど前、アーガスの40歳の誕生日のことだ。
早朝にも関わらず、王都で立て篭もり事件があったと報告があった。
急いで直ぐに動ける部隊を叩き起こして現場に急行。
建物に突入したところ、そこには立て篭もり犯の姿など影も形もなかった。
代わりに待っていたのは魔法クラッカーの音とカラフルな紙吹雪。
「「「騎士団長! 誕生日、おめでとうございます!」」」
「おいおい、何のつもりだこいつは」
通りで突入する時も部隊に緊張感がなかった。いつもならすぐに飛んでくるラルクが出張って来ないのも妙だと思っていた。
こいつら、ハメやがったな。呆れた顔で自分の前で満面の笑みを浮かべる副団長を睨む。
「団長の誕生日パーティーです!」
「そりゃ見りゃ分かるが……仕事はどうした」
「警備はラルク様に代わっていただきました! 事務仕事は明日頑張ります!」
「騎士団の仕事丸ごと代わってもらうんじゃねえよ……」
思わずしかめ面になるが、部下たちのキラキラした顔を見れば悪気はないのは明らかで、
あの勇者の末裔が代わると言っている以上王都の治安が守られることにも疑いはない。
「ちっ、しょうがねぇ奴らだ」
ガリガリと頭を掻き、ダン! と大きく足で床を叩いた。
「整列!」
号令をかける。途端に部下たちがバタバタと隊列を作った。
「ジュード!」
副団長の名を呼ぶ。
「はっ! 何でしょう、団長!」
隊列の先頭でジュードと呼ばれた優男が大声で返事をする。アーガスの腹心の部下だ。
「指令だ! 聞け!」
「はっ!」
ピシリと空気が引き締まった。
部下たちの間に緊張が走る。
「ありがとな!!! 今日は祝いだ! 街中の酒と食いもん買い占めてこい! 全部奢ってやる!!!!」
「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」
「行ってこい! 解散! 一時間で戻ってこい!」
部下たちが歓喜の雄叫びをあげ扉から駆け出していく。
やれやれと首を振りながら、アーガスはどかりと椅子に腰を下ろした。
「困った人たちね」
全員買い出しに出かけたと思っていたが、アーガスを除いてあと一人だけ部屋に残った女がいた。
「ん、イリーナか。お前も来てたのか」
「お兄ちゃんの誕生日パーティだもの、そりゃ来るわよ」
イリーナもアーガスの隣に腰掛けると、ふわぁとあくびをした。
「あいつらとは別で家でやりゃあいいだろ」
「それはその……、ねぇ、分かるじゃない」
顔を赤らめてモジモジしながら答えるイリーナを見て、ははぁとアーガスは納得する。
イリーナの左手の薬指の指輪がきらりと光る。
「ジュードか」
「……もうすぐ家族になるんだし、一緒に祝おうって」
アーガスの妹、イリーナ・ドルチェは騎士団副団長、ジュード・ソルフェローラと半年前に婚約したばかりだった。もうじき結婚だ。
イリーナに恋人がいると初めて聞いた時こそ動揺したが、
相手がジュードと聞いてああなるほどな、と納得したものだった。
「あのジュードがなぁ」
「初めにあった時はこんなナヨナヨした人がお兄ちゃんの部下やっていけるのかと思ったものだったけどね」
「全くだ」
心の底から頷きながら水筒から酒を煽る。
しばしの間たわいもないことを話す。穏やかな時間が過ぎていく。
ジュードはアーガスがまだ小隊長になりたてのころからの部下だ。
下級貴族出身で、家の当主の意向で無理矢理騎士団に入れられた子どもだった。
よく泣く、体力もない、馬鹿ではないが賢くもない、特に取り柄のない部下だった。
辞めてしまうのではないかと思ったことも何度かある。
それでも、真面目で努力家でアーガスを慕って必死でついてきた。
周りから馬鹿にされても、大怪我を負ってもついてきた。
ジュードには根性があった。
そんなジュードに報いてやりたいとアーガスも努力した。訓練メニューを見直し、効率的に強くなることを重視した。
少しでも強くなれるように宝具も与えた。
それが効を奏したのかジュードはめきめきと頭角を表し、今や副団長、アーガスの一番の部下だ。
「どうしてそんなに頑張るの、って私昔聞いたのよ。
そしたらね、内緒だって。顔を赤くしながらそう言うの。
でね、この前やっと教えてくれたの。
私に一目惚れしたから、私の隣に並べるよう、お兄ちゃんに認めてもらえるよう、強くなりたかったんだって」
「はっ、馬鹿みてぇな理由だ」
「ほんと、馬鹿みたいよね。でも、嬉しかったぁ」
プロポーズされた時のことを思い出しているのだろう、
うっとりとした顔でイリーナが微笑む。
女の顔だ、そう思って少し兄として寂しいような、嬉しいような、複雑な気持ちになる。
「ま、よかったな。お前たち。結婚式楽しみにしーー」
ドンっ!!!
そんな音を立てて扉が勢いよく開かれる。
現れたのは騎士団の若手の男。名をウィーンと言うその男は、身体中血まみれで顔面蒼白、全力疾走した後のように息が上がっている。
「団長!!! 大変です!!」
ただならぬ事態に一瞬で酔いが覚める。
瞬時に騎士団長としてのスイッチが入る。
素早く駆け寄る。怪我はない。血は別の誰かのものだ。
「何事だ! 報告!」
日頃からの訓練の賜物だろう、団員がピシリと姿勢を正した。
「七番通りにて通り魔事件発生! その場にいたジュード副団長、グレイ第一大隊長が応戦しましたが、
敵の襲撃を受け二名共重症です!」
「ッ!」
「そんな……」
思わず絶句する。隣でイリーナが膝から崩れ落ちる。
だが王都の治安を守るものとして驚いている暇はない。
「通り魔はどうした!」
「現在逃走中です!」
「くそっ、ラルクは何してる!」
最悪の状況に思わず声が荒れる。
「俺はここだ。騎士団長」
声と同時に部屋の中央に雷が走る。
パチパチと言う静電気の音。閃光の中から子供が現れる。
大柄のアーガスと比べると余計小さく見える。
だが名画の世界から現れたような整った美貌、子供らしからぬ力強い意志を感じさせる青白い瞳は一眼見ればただの子供でないと誰もが悟る。
青と白が入り混じった特徴的な髪が揺れる。
ルード・ブレイバーの実の兄。
『雷帝』『歴代最強』『王国の奇跡』
齢10にして王国最強の名は思いのままとする男。
ラルク・ブレイバーがそこにいた。