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第十六話 仲間に報いる一閃を


『ウィステリア・ソーン……。あなたが……そうですか』


 ウィズが改めて名を名乗ったその時、

 ルードの心の中の世界でアリステアが呟いた。

 彼の耳にかつての友の声が響く。


『おい、アリステア! 早く来いよ!

 アカシアも待ちくたびれてるぜ!』


『ええ……今に、行きますよ……。シジャ・ソーン』


****************


 ギギギギギギ


「動き出しましたね」


 

 ゴーレムの目に光が戻り、軋む音を立てながら動き始めた。

 ウィズが立ち上がり、パンパンと服をはたく。

 ポーチから何かをいくつも取り出しながらルードに指示を出す。


「私が何とか隙を作ります。

 合図をしたら飛び込んで、さっきのアレをお見舞いしてください。

 ルード君が飛んでる間は、私が必ず守ります」


 そう説明する間もウィズの視線は油断なくゴーレムへと向けられている。


 ルードも剣を抜く。

 刀身がウィズの姿を反射する。

 仲間とは、なんと頼もしいものか。


 自然と、言葉が出た。


「ウィズ、ありがとう」


 ウィズはニッと笑って


「どういたしまして」


 ゴーレムへと駆けて行った。


「ZGAAAAAAAA!!!!」


 ゴーレムがウィズへと拳を振り下ろす。

 ウィズは危なげなくそれを回避する。

 拳が地面と衝突した衝撃で部屋が揺れるが少しも動じることなく、ゴーレムへとそのまま突進する。


 速い。

 

 ウィズがゴーレムの股下を潜り抜けた。

 次いで跳躍し、ゴーレムの頭上を飛び越える。

 

 ゴーレムが煩わしそうに腕を振り回すが、ウィズを捉えることはできない。

 ウィズはゴーレムの周囲を二周、三周、と駆け回る。


「GRAAAAAAAAA!!!!!」


 猛り狂うゴーレム。

 暴れる回るゴーレムはウィズの狙いに気づかない。

 いや、そもそもゴーレムにそこまでの知性はないのかも知れない。


 そしてついにその時が来た。


 ピシッ


 暴れるゴーレムが突然体勢を崩す。

 初めて、ゴーレムが膝を着いた。


 ウィズの手に握られているのは一本のロープ。

 恐ろしく強靭な素材でできているそれは、ウィズが何度もゴーレムの周りを駆け巡ったことで、何重にも蛇のようにゴーレムを絡め取っていた。


 ウィズにゴーレムを転ばせるパワーは多分ない。

 だが、彼女にとって、そもそもそんなものは必要ないのだ。

 絡みついたロープはゴーレムの暴れる力をダイレクトに自身の体勢を崩す力へと変える。

 もはやゴーレムは、自由に身動きが取れない。


「今です! ルード君!」


「うん!」



 狙うはゴーレムの急所、人間の顔の部分にあたる赤く光る眼。

 ルードは跳んだ。


 空中で呪文のように心の中で唱える。

『アリスの剣を思い出せ』


 だがまたしても、ゴーレムの眼が輝きを増していく。ロープで身動きは取れなくともできる攻撃手段。


 アレ(レーザー)が、来る。


 ルードは空中で、回避行動を取ることができない。

 ルードがゴーレムを斬るよりも先に、ゴーレムはルードを撃つ。

 直撃すれば、彼はなすすべもなく蒸発するだろう。

 

 僕は無力だ。無意識のうちに、薄く笑う。



「ルード君!」

 


 名前を呼ぶ。ただそれだけの声。

 だが、ルードはそこからしっかりとメッセージを受け取っていた。


『信じて』


 僕は無力だ。だけど、僕には、仲間がいる。



「信じてるよ、ウィズ」


 

 集中しろ。

 防御なんて考えなくていい。

 だから、見る必要もない。ルードは静かに目を閉じた。


 ただ、最高の一撃を。


 理想の斬撃を。


 仲間に報いる一閃を。

 

「すぅー……」


 息をゆっくりと吸う。

 イメージの中のアリスと同じ深さ、同じリズムで。


 肘の角度を、手首の傾きを調整する。


「はぁー……」


 息をしっかりと吐き出す。

 雑念を追い出せ。


 心とは泉のようなものなのかもしれない。

 雑念が、感情が、記憶が湧き出す泉。


 息を吐き出すと共に、水面が静かになっていく。

 そして息を吐き切る。


 彼の心()には波一つない。



 あとは剣を、振るだけだ。



**********************



「信じてるよ、ウィズ」


 耳に届いた信頼の証。


「ふふっ」


 失敗すれば、ルード君は死ぬ。

 そうすればウィズは一人。自分もじきに死ぬだろう。


 そんな状態なのに、口から溢れるのは笑い声。


「信じてる、ですか。あなただけです。

そんなことを言うのは」


 頼りにしてるとか、信じるとか。


 ウィズにもパーティの仲間たちがいる。

 ケインに、ミミン。二人とも、ウィズにとっては大切な仲間だ。

 けれど、彼らがウィズを頼りにすることはない。

 

 彼らはウィズを大切にしてくれている。

 だがそれは、仲間としてではなく、弱者としてだ。

 長命のエルフである彼らにとって、ウィズはただの子供だ。


 少し特殊な生まれで、才能が多少あるだけのただの子ども。

 旅の途中で拾ったら着いてきた変なやつ。

 可愛いから仲間として扱うが、背中を預けようとは思えない。

 強くなりたいと言うなら意思を尊重するが、共に努力しようとかはない。

 そんな存在。

 それがウィズだと、ウィズは思う。


 ルード・ブレイバー


 ウィズの人生における最初の仲間。

 あの日の出会いはウィズを変えた。

 いつか肩を並べるその日のために、訓練に励んだ。兄ほどとは行かずとも、随分と強くなった。

 

 ウィズの強さはまぎれもなく彼女の努力の成果だが、ウィズはルードにもらったものだと思っている。

 

 その力で、あなたを守る。

 

 ルードは今、空中で隙を晒している。一目見れば一切防御を考えていないことが分かる。それは全幅の信頼の証。

 ルードに狙いを定め、もう一度レーザーを放たんとするゴーレム。あれを止めるのがウィズの使命。



 さっきはゴーレムの力を利用した。今はもうゴーレムは動きを止めている。それはできない。

 ウィズの腕力ではゴーレムを動かすことはできない。レーザーの照準をずらすこともできないだろう。


 チャンスは一瞬。

 レーザーを放つ直前、ゴーレムの眼が一番輝くタイミング。


 失敗は許されない。

 失敗すれば、ルードは死ぬ。仲間を守れ。


 ゴーレムの眼が輝きを増していく


 今か?


 もうやった方がいいか?


 焦る思いを必死で抑え込む。


 まだ、まだ。


 さっき一度だけ見たはずだ。


 あの時の輝きはもう少し強かった、もう少し。


 あとちょっと。


 時間にしたら僅かだが、永遠のように感じられる。


 手に汗が滲む。

 瞬きもせずに、眼を見開いてゴーレムを観察する。


 かなり記憶と近い輝き。


 だがあと少し。


 頼むからまだ撃たないでくれと強く願う。



 そして、



(今!!!!)


 ウィズはロープを切った。


 ソーンの一族秘伝の魔縄。

 特殊な魔力を流さないと切断不可の代物だ。


 拘束していたロープが切れ、ロープによって留められていたゴーレムの腕が重力に晒される。

 重い重い腕が解放されたことで、つられて頭が僅かにガクンと揺れる。


 ルードに向かうレーザーの照準が数度ほどズレた。



「ZGAAAAA!!!!」


 まさにそのタイミングで、ゴーレムが咆哮と共にレーザーを放った。

 レーザーがルードを逸れ、何もない空間を焼き尽くす。

 完璧なタイミング。


「行ってください! ルード君!」


 ふわりと宙を舞うルードがゆっくりと剣を振り上げる。



 見惚れるような剣撃が、

 ゴーレムの眼を両断した。 



**********************


 完璧な手応え。


 斬った。そう確信する。


 集中が切れ、閉じていた目を開く。

 

「GIGAGAGAGAGAGA……」


 壊れたようにゴーレムが音を出している。

 動く気配はもうない。


 勝った。


「ルード君!」


 ウィズが駆け寄ってくる。

 

 ウィズが満面の笑みで拳を差し出してくる。

 僕も拳を作って、ウィズの拳に合わせようとしたその時、


 全身の毛が総毛立った。


「ウィズッ!」


 反射的にウィズを押し倒した。


 頭上を何かが薙ぎ払う。


 視界の端に捉えたそれは、ゴーレムではなかった。


「あら、避けたの。聞いていたよりやるじゃない」


 どこかで聞いたような女の声がした。


 コツン、コツンという足音。


 もう一つ足音があった。小さい、子供のような足音。



 ウィズを押し倒したまま、足音のする方へ振り返る。


 そこにいたのは。


「……は?」


 予想外の光景に思わず、間の抜けた声が出た。







 

「パパ」


「サーモン、ちゃん……?」


 そこにいたのは、街で一緒に過ごした迷子の女の子だった。



「殺しに来たよ?」

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