第十五話 誰のための勇者
Bランクダンジョン、奈落。
ルードとウィズはその最奥、いわゆるボス部屋の前に辿り着いていた。
「何とかここまで来れましたね……」
ルードたちが攻略を始めてから3日ほど。
ダンジョンのレベルを考えるとそれなりに好調と言えた。
「行くよ」
「……はい」
返事をしながらも、ウィズは不安さを隠しきれていない。話し合い以降、ルードはウィズと一緒に戦おうとするようになった。だが、ウィズに任せれば良い場面でも突っ込んだりと、依然として無理する場面が目立つ。
そしてウィズが助けるたびに浮かぶ焦りの表情。それはこのままじゃ駄目だと、自分に絶望しているようにも見えた。
きっとウィズと二人で戦うのも気を遣っているだけなのだろう。根が優しいのだ。ウィズを悲しませまいと、振る舞いを改めたに過ぎない。
やはりちょっと話しただけじゃ心はそうは変わらない。本心はやはり、一人で戦って、少しでも強くなりたい、自分がサラ・ホーテルロイを助けなければ、その想いなのだ。
それが悪いことだとは言わないが……
ルードが手をかざすと大扉が発光し、光の粒に変わる。
瞬間、ウィズの全身が総毛立った。
「ッ! 危ない、ルード君!」
ウィズの声にルードが反射的に飛び退く。
それが功を奏した。
突如としてルードたちが立っていた場所に振り下ろされた鉄の拳。
衝撃。爆風と砂煙。
直撃すればタダでは済まない一撃。
ギリギリだった。
「ウィズッ!」
「何とかッ、無事です! 次来ます!」
姿こそ見えないが、ウィズの叫び声が無事を伝える。
砂埃で視界が悪い。
目を凝らすと大きな影が見えた。
人型だが角ばっていて、大きさからも人間ではないと分かる影。
「ゴーレム……?」
「ZGAAAAAAA!」
咆哮と共に飛んできた拳をすんでのところで躱し、伸び切った腕に向かってルードが剣を振り下ろす。
「喰らえっ!」
キィィィィン
金属同士がぶつかった甲高い音と共に剣が弾かれる。切れないものに剣を叩きつけたせいでルードの腕が一瞬痺れる。
「硬っ!」
ならば弱いところを。狙いを関節に絞るが、そこにも刃を通すことができない。硬すぎる。
振り回されるゴーレムの腕をジャンプで回避し、距離を取る。
距離をとったことでゴーレムが腕を振り回すのをやめ、段々と砂煙が晴れていく。ゴーレムの全貌が見えてきた。
高さは人間4人分ほど、黒光りする金属の箱をいくつも組み合わせてできた人形で、顔にあたる部分には赤色の球体が収まっていた。それはまるで眼のようだった。
ゴーレムがガシャンガシャンと大きな音を立ててルードを追いかけてきた。
唸りをあげて迫り来る拳を必死で回避しながら何度か剣を当てる。だがゴーレムは気にするそぶりもない。
魔法なら!
「エチルゴア・フレイド!」
狙い澄ました火弾がゴーレムの無防備な胴体に直撃する。ゴーレムの身体がよろめく。
だが、装甲には傷一つなく、ただ体勢を一瞬崩しただけだった。
「BRAAAAA!」
「くそっ」
自分の弱さに腹が立つ。きっとアーガスならその優れた剣技でどれだけ硬かろうがゴーレムを両断して見せただろう。ドブロイなら高火力の魔術で丸ごと吹き飛ばしただろう。
自分には、何もない。
違う。
今からその強さを手に入れるのだ。
ルードはアーガス、ドブロイ、二人と戦わなくてはいけないのだから。
Bランクダンジョンのボスごとき、てこずってはいられない。
「ルード君! 一人では無理です! 連携を!」
ウィズが叫ぶ。
「ウィズは下がってて!」
戦闘中でさえなければ、焦ってさえいなければ、ルードはウィズに形だけでも援護を頼んだだろう。ウィズの想いを汲んで。
だが、今のルードにその余裕は、なかった。
「〜〜ッ! この後に及んでルード君は!!」
ごめん。
心の中でそう謝罪しながらゴーレムに突進する。
これは僕の、僕が強くなるための戦いだ。
硬くて力が強い。ただそれだけ、いやそれだけだからこそ厄介だ。こちらの攻撃はまともにダメージにならず、ゴーレムの攻撃は一撃で致命傷になり得る。
「胴体が硬い……ならッ!」
どこかに弱点はあるはず。そこに全身全霊、全力の剣を打ち込めば、勝機は、ある。
床を蹴りゴーレムの顔の位置、赤色の宝玉に向けて飛び上がる。恐らくそれが急所。空中で剣を構える。
瞬間、アリスが剣を構える姿が頭をよぎった。
(アリスの構えは……もっと綺麗だった)
あれから毎晩、ルードは夢の中でアリスに切られ続けた。
話しかけようが、反撃しようが、何しようがアリスはただ同じ構え、同じ振り方で斬撃を放つだけ。
剣筋が見えるようになるまでは1日だったが、以降、この2日では一度も防ぐことは叶わなかった。
きっとあれはアリスなりに修行をつけてくれていたのだと思う。が、説明も何もなく、ただ訳のわからないまま斬られることが続いた。
だがその中でアリスの構え、剣の振り方、呼吸。そう言ったものが徹底的にルードの目に焼き付けられた。
ゴーレムを斬る。失敗すれば、死ぬ。
命のやりとりという極限の緊張の中で、目に焼き付いたアリスの構えが、ルードの剣の位置を、肘の角度を、身体の捻りを、僅かにずらす。
英雄の呼吸が、ルードを極度の集中に導く。
耳から全ての音が抜け落ちる。脈動する心臓、流れる血液、空気を吐き出す肺。それら全てを知覚できる。
どうやって身体を動かせば、どういう風に剣の重さを利用すれば、最高の剣を繰り出せるのか、イメージできた。
理屈は分からないが、感覚がルードの剣を一段上へと押し上げる。
あとは剣を振るだけ、それだけ。
精神をその一点に集約させ、それだけを考えて、
僕は。
ゴーレムの眼が紅く光ったことに気づかなかった。
「何してるんですかッッ! ルード君ッッ!」
ウィズの悲鳴。彼の名を呼ぶその声が、極度の集中からルードを現実へと引き戻す。
ゴーレムの眼が輝きを増している。
何か攻撃が来る。そう直感した。
自分の剣が届くよりも、先に。
だが不用意に飛び上がり格好の的となった身体は、ルードに回避を許さない。
まずいまずいまずいまずい!
「GYGAAAAAAA!!!!!!」
なす術もなく呆然と目を見開くルードを、
「ルード君ッ!!!」
ウィズが突き飛ばした。
ゴーレムの眼から光線が、軌道上の尽くを焼き尽くさんと放たれる。
ウィズが光線に巻き込まれる。鮮烈な映像が、ルードの網膜に焼き付く。一瞬世界がスローになったような錯覚、ゆっくりとウィズが飲み込まれていく。
「ウィィィィズッッ!!!」
そんな、そんな、ウィズ!
「僕の……せいだ」
己の焦りが、傲慢が産んだ結末。
「僕が、ウィズを……殺した……?」
「ケホっ、勝手に……殺さないでください」
「ウィズ!」
砂煙の中からウィズがよろよろと這い出てくる。
「ソーンを……ナメないでください。
ま、まぁ正直死ぬかと思いましたが……」
「よかった……無事で」
気づけば頬を伝っていた涙を拭う。
まだ心臓が早鐘を打っている。
「ゴーレムは……しばらく動けないようです。
そういう攻撃だったんでしょう。
ちょうど、いいです。少し……話をしましょう」
ゴーレムは光線を放った時の体勢のまま、固まっていた。眼の輝きが消えんばかりに小さくなっている。だが少しずつ、輝きが戻っていくのが分かった。
エネルギーを溜めている。再チャージが完了するまで奴は動けない。
「でも、チャンスだ。行かなきゃ」
今なら、あの剣を当てられるかもしれない。
ルードは次の高みに至れるかもしれない。
サラを助けるだけの強さを、切望してやまない強さを、手に入れられるかもしれない。
欲しい、ああ、力が、欲しい。
そう言って立ち上がろうとするルードの手を、ウィズが掴む。
「いいから……」
「でも、ウィズ!」
「話を聞きなさい!!!! ルード・ブレイバー!!!」
ウィズの平手が頬を叩く。
初めて見る、ウィズの怒り。
「どうして、一人で戦おうとするんですか。
私は足手まといですか」
真剣な彼女の目。
直視できずに視線を逸らす。
「そんなことッ! でも僕は、僕は強くならなきゃいけないんだ。サラを守れるようにならないといけないんだ!」
「ルード君は、サラさんの勇者だから、ですか」
「そう……だよ」
その答えに、ウィズがフッと笑った。
さっきまでの怒りの表情との落差に、ルードは戦いを忘れてキョトンとする。
「そっかぁ、いいなぁ。サラさん」
「……へ?」
「だってそうじゃないですか。私も、身の丈以上のダンジョンに落とされてるんです。あんなゴーレム私一人じゃ倒せないし。ほら、このままじゃ死んじゃいそうなのに、ルード君、全然守ってくれないんですよ? サラさん、サラさんって。酷くないです?」
「そんなつもりじゃ……」
ウィズがルードの頬を触り、目を真っ直ぐ見据える。
「ねぇ、ルード君。サラさんの勇者でもいいです。
私の勇者にも、なってくれませんか?」
「ウィズの、勇者?」
「そうしたら私は、ルード君の勇者になってあげます。
これは取引、ですよ」
「僕の、勇者?」
「ゴーレムとも、死霊魔術師とも一緒に戦ってあげます。今限りじゃないです。ここを出てもサラさんを助けるために、力を尽くします。あなたがピンチの時、必ず駆けつけます。
だからルード君、私を守ってください。助けてください。
代わりに、私はあなたを守ります。
大丈夫、あなたは、一人じゃない」
「一人じゃ、ない」
「勇者に仲間がいたって、いいじゃないですか。
かつての勇者にも仲間がいたと、そう言ったのはあなたです」
そう言ってウィズがルードに手を差し出してくる。
それは絶望の中にいるルードへの救いの糸。
その瞬間、ずっと昔の、あの光景がフラッシュバックした。
『ルード君、また、今度です』
どうしてこんな大切なことを。
「ウィズ……君は、もしかして」
あの日と変わらない頼もしさで、彼女がルードに並び立つ。
「行きましょう。私の勇者、ルード・ブレイバー。
共に敵を討ち果たしましょう。
私はウィステリア・ソーン。勇者の、仲間です」