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第十二話 強くなる方法

「はぁぁぁぁっ!」


 気合の声と共にルード・ブレイバーがミノタウロスの首を刎ね飛ばす。返す刀で振り向きざまにもう一体を斬り伏せた。

 少し離れたところからリッチが彼に杖を向け、魔法陣を展開するのが見えた。

 危険だ、そう判断しウィズはナイフを抜いた。


「ルード君!」

「動かないで!」

「っ!」


 ウィズをチラリとも見ずに放たれた言葉に足を止める。ルードはリッチの放つ炎弾に少し魔力を纏っただけでためらいなく突っ込み、突破した。

 リッチもまさか正面から来るとは思わなかったのだろう、ろくに回避もできないままルードの剣の餌食となった。


 視界にいるモンスターが全て光の粒子に変わった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 肩で息をするルードを見て、ウィズは困ったように眉根を寄せた。

 無理をしすぎている。焦りすぎだ。そう思わずにいられない。だがそれを口に出したりはしない。

 言っても聞かないだろうことは分かりきっていた。


 攫われたのは彼の幼馴染で、誰よりも大切な人らしい。過ごした時間の短いウィズが一体何を言えるというのか。


 ルード・ブレイバーは強くなろうとしている。それは立派だと思う。

 彼は今強くなろうと努力している。ならば自分が手出ししすぎるわけにはいかない。

 自分にできることは、彼がどうしても対処しきれない致命的な隙をカバーすることくらいだ。

 だが、これで良いのかと思わずにはいられない。

 

「水です」

「ありがと……っごほっ!」


 むせるルードの背をさする。


「ゆっくり飲んでください。さぁ、少し休んだら行きますよ」


 本心ではもう少し休んで欲しい。だがルードがそれを望まないのはよく分かっていたし、彼の気持ちを汲むのであればここは背中を押すべきだとも分かっていた。

 我ながら不器用なものだと自嘲する。



 ひたすらにダンジョンを先へ先へと進む。

 その間、ウィズが戦うことはほとんどなかった。


「エチルゴア・フレイド!」

「グキャッ!」


 ルードの炎弾がコウモリ型のモンスターを撃退する。三体のグレイウルフの攻撃を捌き、同士討ちを狙う。グレイウルフの連携が乱れたところを見逃さず着実にダメージを与えていく。



 名ばかり勇者などと揶揄されていたからどんなものかと思っていたが、なかなかどうして大したものだ。

 指導者が良かったのだろう、魔法と剣をバランスよく組み合わせ、時には地形を利用したりと応用も効く。まだ未熟な感じは否めないが、オールマイティな勇者の血族らしい戦い方だ。

 単独でAランクとはいかずとも、Bランクくらい、世間的にはそれなりに高位の冒険者として通用するはずだ。

 これが落ちこぼれ扱いされるとは。この国の勇者にかける期待はどれほど重いのか。それはきっと彼の兄の存在もあるのだろうが……


 つくづく()()()()()()。それがほっとけない理由でもあるのだが。ウィズはため息を吐いた。


 もう半日も戦い続けているのだから無理もないだろう、ルードがよろめいた。

 危険と判断。ウィズはナイフを抜くと、隙ありとばかりにルードに押し寄せるグレイウルフたちの首を音もなく刈り取る。

 首を振って周囲を確認。敵はもういない。

 フラつくルードの肩を支える。


「ルード君。限界です。休憩にしましょう」

「ま、まだ……やれる。急がなきゃ……」

「このペースは流石に……」

「いいから……いかせて。ウィズには……関係ない」


 カチンときた。確かに今はルードが一人で戦っているが、二人でBランクの魔境に潜るなんて無理をしているのだ。運命共同体といっても過言ではないのに、関係ないとは、なんだ。


「むっ、いいでしょういいでしょう。

 あなたがそんな態度を取るなら私にも考えがあります」

「……ぁ」


 ルードが口を開くよりも早く首筋を叩いて意識を刈り取り、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちるルードを担ぐ。

 少し重いが、ウィズも高レベル冒険者、人一人くらいはなんてことない。


 わからず屋を背にウィズはラビリンスを進む。

 道中現れたモンスターは隠れるか、走って逃げるか、どうしようもない時はルードを床に下ろして撃退した。


 ルードにしろ、ウィズにしろ、一人で戦うなんていうのはまだ入り口から近い浅いエリアだからできることだ。モンスターのレベルの上がる奥の方ではそうはいかない。

 ウィズのパーティー『夕凪』はルビーブレイブ(ルードのパーティー)とよく似ている。ケインとミミンが圧倒的に強くて、言ってしまえばウィズは足手纏い、ポジティブに言えばマスコットだ。単身でAランクの実力はない。ウィズの見立てではルードとウィズはどっこいどっこいと言ったところか。

 パーティーは四人が基本。Bランクダンジョンは四人のBランク冒険者がいてちょうど攻略できる難易度だ。それを二人で潜っているのだから不可能とは言わないまでも少々無理がある。一人で戦うなら尚更だ。


 ルードも疲れ切っていたのだろう。気持ちよさそうに寝息を立てている。すーすーという音と共に吐き出される吐息がウィズの首筋にあたる。

 ずり落ちてきたルードをよいしょともう一度背負い直す。


「絶対私のおかげでクリアできたって言わせてやります。もう関係ないなんて言わせません」


 どんどん進む。ぐいぐい進む。ほとんどモンスターを避けているので、ルードが起きていた時よりも進みは早いくらいだ。


「どうせボスは一人じゃ倒せないんです。私も無事に出たいですし。だからこれは、私のためです」


 更に進むと小部屋に出た。

 小部屋に入った時、スッと気温が下がったような、不思議な感覚がした。


「あ、ここ、安全地帯(セーフプレース)ですね」


 安全地帯は魔境の中でモンスターが入って来れない領域だ。何故そんなものがあるのかは未だに分かっていないが、冒険者たちはよく休憩場所として使っている。


 流石に疲れを感じてきたところだったので、ルードを下ろし、横たえる。

 自分も休憩をと水を飲んで携帯食を齧った。

 さて寝ようと石畳に寝転んだが、床がすごく冷たい。部屋も寒い。

 別に死ぬほどではないし、これまでも寒い中寝たことはある。冒険者なら誰もが通る道だ。ただ不快なものは不快だ。

 なんとかならないかとあたりを見回し、あるものを見つけた。


「あ、ルード君ってあったかいですよね」


********



 気づけばルードは何もない真っ白な空間に一人佇んでいた。


 いや、そこは何もない空間ではなかった。空間の真ん中に一本の剣か突き刺さっていた。


 ここに来るのは、2度目だ。


「アリス」


 部屋の主人の名を呼ぶ。


 カラン


 足元を見ると一振りの剣が。

 拾いあげて軽く振る。

 ルードが現実で使っている剣と同じ形、同じ重さだ。

 

「ルード……」


 うしろにアリスが立っていた。その手には彼と同じ剣が握られている。


「行きますよ……」


 アリスが剣を構えた。


「へ?」




 そう言った瞬間、ルードは死んだ。


 首だけが宙を舞う。離れたところで首から下が血を吐き出しながら倒れていくのが見える。

 視界が黒に染まった。


********


 気づけばルードは何もない真っ白な空間に一人佇んでいた。


 いや、そこは何もない空間ではなかった。空間の真ん中に一本の剣か突き刺さっていた。


 ここに来るのは、3()度目だ。


「一体何が……」


 カラン。


 足元には見慣れた剣。拾い上げる。


「ルード……」


 振り返る。


「行きますよ……」


 デジャブ。次に何が起こるか、分かった。


 首を防御しよう。


 遅い。首を切り落とされた。



 ルードは死んだ。


********


 気づけばルードは何もない真っ白な空間に一人佇んでいた。


 いや、そこは何もない空間ではなかった。空間の真ん中に一本の剣か突き刺さっていた。


 ここに来るのは、1()0()2()4()度目だ。


 カラン。


 音と同時に剣を拾い上げ、背後へと斬りかかる。


 ルードは死んだ。


********


 気づけばルードは何もない真っ白な空間に一人佇んでいた。


 いや、そこは何もない空間ではなかった。空間の真ん中に一本の剣か突き刺さっていた。


 ここに来るのは、4()0()9()6()度目だ。


 カラン。


 音がした時には既にルードはアリスから距離をとっていた。


 ルードは死んだ。


********


 気づけばルードは何もない真っ白な空間に一人佇んでいた。


 いや、そこは何もない空間ではなかった。空間の真ん中に一本の剣か突き刺さっていた。


 ここに来るのは、8()1()9()2()度目だ。


 カラン。


 剣を拾う。振り返る。


(あ、見えた……)


 初めて、太刀筋が見えた。


 太刀筋に剣を割り込まーー


 ルードは死んだ。


********




 都合16384回。

 結局ルードはアリスの剣を一太刀も防ぐことは叶わなかった。


 目を覚ました。


 のそりと起き上がる。床は冷たかったが、何故かルードの真後ろだけ暖かかった。まるで誰かがついさっきまでそこで寝ていたかのように。


「あ、おはようございます。ルード君」

「ここは?」


 記憶を辿る。ウィズと話していたところで突然記憶が途切れている。


「セーフプレースです。ルード君寝ちゃったので運んできました。私は関係ないと怒るかもしれませんが……」


 申し訳なさそうな顔でウィズが言う。

 ウィズに関係ないなどと言ってしまったことを思い出す。なんて失礼なことを言ったのか。

 疲れていて、意識が朦朧としていたとはいえ……

 一度寝て、頭がすっきりすると、改めて冷静さを欠いていたことに気づく。


「ご、ごめん! 関係ないなんて言ってごめん!

 ウィズはあんなに助けてくれてたのに!」


 慌てて頭を下げるとウィズがきょとんとした顔でこちらを見ていた。


「こんなにすぐ謝れるとは、予想外です。

 言い合いになるかと思って準備してたのに、逆に残念です。

 育ちがいいんですね。あ、皮肉じゃないですよ?

 いいですよ、そんなに怒ってないですし。

 でももう言わないでくださいね。ちょっとは傷つきます」

「ごめん……」

「はいはい。じゃあこれ、仲直りの印です」


 そう言ってウィズが携帯食を差し出す。


「仲直りの印なら、僕が渡すべきじゃない? 僕が悪かったんだし」

「細かいことはいいじゃないですか、さ、食べて食べて」


 口に運ぶ。


「にがっ!!」


 あと、生の雑草みたいな臭い。とにかく、まずい。

 顔が痙攣するくらいまずい。


 ウィズはと言うと頬を膨らませながら笑いを堪えていた。ほっぺがぴくぴくしている。

 目が合う。数秒の後、二人同時に吹き出した。


「変な顔ですっ! あははは!」

「ウィズが変なもの食べさすからでしょ!」


「ふふっ、いい顔見れました。仲直りの印、いただきました!」

「こいつ! あはは!」


 ひとしきり笑い合ったところでウィズが言う。


「仲直りもしたことですし、お願いです。

 もう一人で戦おうとしないでください。

 付き合いは浅いですけど、私はあなたを仲間だと思っています。一緒にここを脱出しましょう」


「……うん。ねぇ、ウィズ。ウィズはどうしてそんなに僕に優しくしてくれるの?」


 ウィズは何故かそっぽを向き、ルードと目を合わせないで答えた。


「……。私もここから出たい。それだけです。

 だから全部、私のためです」



********


 ちょうど同じ頃、とある廃城。


 死霊術師の元に一人の女が訪れた。


「呼んだかしら」


「ああ、よく来たね、イリーナ・ドルチェ。

 いやね、ちょっとしたお願いだよ。

 君に奈落に潜ってもらおうかと。

 どうにもね、そこから虫が湧きそうな気がしてるんだ」

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