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第十一話 奈落



「ここだ。小僧」

「ここが……」


 ルードの前には地面に広がる街一つ飲み込めるほどの大きな大きな穴。

 神が地面を抉り取ったと言われても信じそうなほど不自然な、草原に突如現れた大穴だ。

 覗き込んでもただひたすらの暗闇しかなく、いったいどれほどの深さがあるのか想像もつかない。


 Bランクの魔境(ダンジョン)「奈落」。

 その入り口に彼らは立っていた。


 奈落はルードたちが元いた街からは馬車で1時間ほどの位置にある。本来であればみんなで近々潜るはずだった、冒険の目的地だ。

 まさか一人で来ることになるとは思っても見なかった。


「テメェのレベルからすりゃちとキツイが、越えて見せろ」


 ゴクリと唾を飲む。

 そう、ここはパーティで、つまりはドブロイとアーガスのサポートつきで攻略するはずだった魔境だ。

 ルード一人で攻略するなど無謀もいいところだ。アリスの助けも望めない。


 サラの顔を思い浮かべ、深呼吸をする。


「うん、任せて。ありがとう、ケインさん」


「俺ァそう言うの求めてねぇんだよ。さっさと行け、コラ」


 ひどく面倒臭そうな顔で、ケインはルードを奈落の底へと蹴り落とした。



「あっ」


****************


 少し時を遡って。


「これを見ろ」


 ルードが決意表明をしてすぐ、ケインは机上に地図を広げた。


「俺たちのいる町がここだ、

 んで、お前が寝てる間にギルドから聞いたが、この辺りにアンデッドが大量に湧いてるらしい。まるで何かを守るようにだ」


 ケインがペンで地図のある場所を囲んだ。

 中心には今は誰も住んでいないはずの、廃城があった。


「ドブロイ・ネクロマンシーが死霊魔術師だってんなら、多分ここにいるんだろ。死体どもに自分を守らせてな」


「なるほど、ちょっと確認するね」


 ルードが魔力を練る。人探しの魔法を発動すると、廃城のある場所に青い火柱が立ち昇った。

 それはサラが今いる場所を示している。


「ほう、人探しか。いいもん持ってんじゃねえか。

 レアだぜ、そりゃあ。


 で、小娘を助けんのに正面戦闘は愚策だ。敵がどんだけの戦力持ってるかも分かんねぇし、気づかれた時点で逃げちまうかもしれねぇ。隠密行動一択だ」


「つまり、城を囲んでる死霊に見つかっちゃいけないんだね」


 城を囲む死霊は守護の役割と、監視の役割の二つを持っていると考えるのが妥当だろう。見つかってしまえばドブロイにこちらの行動を把握されてしまう。すぐにドブロイ本人やアーガスが飛んできてルードなど一溜りもない。


「小僧、お前隠密行動は得意か?」

「うっ……やったことない。けど、頑張るよ」


 ルードたちのパーティーではアーガスとドブロイが師のような役割も果たしていたが、二人とも豪快で隠れて行動することを好まなかった。そもそも彼らは隠れずとも全てを捩じ伏せる力があった。結果としてルードは隠密を学ぶ機会がこれまでなかったのだ。


「阿呆。大事な局面でやったことないことするんじゃねぇ。そういうやつが死んでくんだ。

 他の手を考えろ。隠密行動抜きで城にバレずに接近するにはどうしたらいい」


「空飛んでくとか?」

「飛べるならな。無理だろが。考えろ」


「そんな方法ないよ。でも、その言い方、ケインさんは答え分かってるんでしょ? 教えてよ」


 そう言ったルードをケインが叩く。グイっと顔を近づけ、「甘えるな」と吐き捨てる。


「いいか、これはお前の戦いだ。お前が考え、戦うんだ。でなきゃ強くはなれない。

 いいか、今の状況は全てお前が悪いんだ。

 お前がもっと強ければ、賢ければ。アーガス・ドルチェは死なず、サラ・ホーテルロイは攫われなかったかもしれない。

 絶望しろ、悔め。次どうするか、それを考え続けろ。それがテメェを強くするんだ」


 ああ、ああ。その通り、その通りだ。

 ルードは結局、逃げることしか出来なかった。アーガスが操られていることに気づくことが出来なかった。アリスが戦うのを、指を咥えて見ていることしかできなかった。

 そのままでいいのか? いいはずがない。それではサラを守れない。

 強く、なるんだ。


「どうすれば、どうすれば、城にバレずに近づける?

 ……分かんない。そんなの転移でもするしか……


 いや、無理だ」


 転移魔法は神話にのみ語られる伝説の魔法だ。ドブロイでさえ出来ないと言っていた。


「……あれ?」


 いつだ、いつ、ドブロイはそれを言っていた?

 そう、初めてこの街に来た時だ。最後に踏破したダンジョンの転移魔法陣が湖の底に繋がっていて、それで酷い目にあったからサラが文句を言っていたんだ。


 別に人が転移魔法を使う必要はない。


「転移魔法陣を使おう」


「ほう」


 少しだけ、感心したようの声色でケインが相槌を打つ。


「ダンジョンの最奥の転移魔法陣。踏破者はそれで外に出るんだ。

 踏破済ダンジョンの転移魔法陣の行き先はギルドに登録されてるから……その中に廃城付近に繋がるやつがあれば……!」


 興奮しながらルードが地図を叩く。サラの居場所を囲んだ円。それを見てあることに気づく。


「あれ? 僕、その条件に合うダンジョン知ってるかも……」


****************








「わぁぁぁぁッ!」


 そうしてやって来たのがこのBランクダンジョン、奈落だ。

 都合の良いことに廃城のすぐ近くに転移するようになっていた。


 事実かは知らないが、奈落は生物だ、そう唱える学者がいる。

 その根拠となっているのが、奈落は落ちても死なないと言うことだ。凄まじい高さから落下することになるにも関わらず、落下死することはない。不思議なことに奈落の底へは無傷で着地できるのだ。

 「奈落=生物」派の学者たちに言わせれば生きたまま獲物を捕らえるためだという。


 ルードも知識としてそれは知っているが、そうだとしても底の見えない崖を落下するのは心臓に悪い。

 あまりの風圧に潰れてしまいそうだ。



 数分の落下の後、ルードは一切減速することなく地面に激突した。


「ふべっ」


 にも関わらず怪我どころか痛みもないのは奇妙極まりない。心臓をバクバクさせながら起き上がる。



「いゃぁぁぁぁ! 止めてくださいっっっ!」


 不意に上から声がした。


 聞き覚えのある女の子の叫び。


「えっ」


 見上げた時には遅かった。


 流星のような猛スピードで、ウィズの身体がルード目掛けて降り注いだ。


「ふべっ」


 勢いよく叩きつければ例えふわふわのパンでも石のように硬く感じるというが、それはウィズでも同じらしい。

 巨大ハンマーで上から叩き潰されたかのような衝撃に、ルードはなす術もなく再度地面に叩きつけられた。


「ル、ルード君っ! ご、ごめんなさいッ」


 ルードに跨るように着地したウィズがあわあわと手を振りながら謝罪する。

 どうやら落下死しない奈落の特性は落下してきた物に潰された場合にも発動するらしい。

 お互い特に怪我は無さそうだった。


「だ、大丈夫……」

「よ、よかったです」

「うん」

「……」


 目を見合わせる。

 ルードに馬乗りになっていることに気づいたらしいウィズが顔を少し赤らめながら無言でルードの上から降りた。

 心の中で平常心平常心と念じながら、ルードも平然とした顔で起き上がった。


「なんでウィズも?」

「いい機会だ、行ってこいと……突き落とされました」

「容赦ないなぁ」

「とはいえルード君に着いていくか迷ってたところだったので、背中を押してもらえてよかったかもしれません。でも蹴らなくてもいいと思いませんか?」

「本当にね。鬼だ、鬼」


 

 ズドンっ!


 

 僕たちの真横に石が着弾した。

 石には紙が貼り付けられており、そこにはデカデカと


『早く行け』


 そう書いてあった。

 ウィズと顔を見合わせる。


「これってーー」


 ズドンっ!


 さっきよりも大きな石。


『さっさと行け』


 ズドンっ!


 さらに大きな石。もはや岩といってもいい。


『とっとと行け』



 ズドンっ!


 馬ほどの大きさの巨岩。


『死にてぇか』


 それから先は手紙はなく、ただひたすらに岩が降ってきた。しばらくするとナイフが混じりだし、どこから持ってきたのか、ハンマーや大剣、爆薬、怪しい液体、モンスターの死体が降り注ぎ始めた。


「い、行きましょう、ルード君!」

「う、うん!」


 奈落の特性があるので当たっても死なないかもしれない。だが次は何が降ってくるのか、その思いがルードたちの足を駆り立てる。


「どうなってんの!」

「ケインさんはっ、頭がっ、おかしいんですっ!」


 半泣きになりながらウィズが叫ぶ。


 バラバラと上から紙が何枚も、何枚も降ってきた。

 走りながら紙に書かれた文字を読み取る。


『俺の頭はおかしくない』

『俺の頭はおかしくない』

『俺の頭はおかしくない』

『俺の頭はおかしくない』

『俺の頭はおかしくない』

『俺の頭はおかしくない』



「ひぃぃぃっ! なんでっ、分かるんですか!」


『ウィズ、舐めてんのか』

『ウィズ、舐めてんのか』

『ウィズ、舐めてんのか』

『ウィズ、舐めてんのか』

『ウィズ、舐めてんのか』


「違いますっ! ケインさんッ 大好きです!」


『頑張れよ』

『頑張れよ』

『頑張れよ』

『頑張れよ』


 完全に頭がおかしい人だった。

 エルフって全員こんななのだろうか。


 走るルードの顔に紙が一枚貼り付いた。

 見てみれば、


『小僧、ウィズに手を出したら、殺す。

 爪を一枚ずつ剥いで、眼玉を抉り取って、耳をそぎ落として、全部すり潰してスープにして口から流し込んだ後に胃袋を切り開く。その他ありとあらゆる苦痛を味合わせてから殺す。覚えておけ』


 めちゃめちゃ長文だった。


「そんな酷いこと言うケインさんなんてっ、嫌いです!」


 そして目を泣き腫らしたウィズがそう叫ぶと、それからは何も降って来なくなった。




「なんだったんだ……」


 まだモンスターと戦ってもいないのに、酷く疲れた気分だった。


「分かりません……先を急ぎましょう」

「そうだね……」

「ルード君、実は私、この魔境のことあまり知らないんです。潜る予定がなかったので……。

 情報、もらえますか」


 余程自信があるか馬鹿でない限り、通常魔境に潜るときは情報を集めてから潜る。

 ここは本来ルビーブレイブが次に潜る予定の魔境だったので、予習はバッチリだ。



 奈落と呼ばれるこの魔境は、今ルードたちのいる外周部と、中央にそびえるラビリンスと呼ばれる迷路から構成される。

 外周部は安全だが、一度ラビリンスに入れば強力なモンスターたちが冒険者に襲いかかる。学者によればラビリンスが本体で、そこに誘い込んだ冒険者を殺すことで栄養をとっているらしい。……栄養とは。


 一般に、魔境ごとに出てくるモンスターには特色があるが、この奈落は剣士タイプ、獣タイプ、魔法タイプ、異形タイプ等々バランス良く色々なモンスターが出てくるらしい。

 そして所謂高レベルの魔境であり、一体一体が手強い。一方で同時に何体も出現することは少なく、量より質といった感じだ。


 そんなことを伝えながらラビリンスの周りを探索しているとウィズがとある場所を指さし声を上げた。



「あ、あそこ入口がありますね」

「うん、行こう」



 二人は松明で照らされたラビリンスへと一歩踏み出した。





********


 懐かしい、記憶。

 


「いいかぁ、ルード」


 ルードの真剣を木刀で弾きながらアーガスが言う。

 何度斬りかかっても難なく防がれてしまう。


 パーティを結成してからはほぼ毎日のようにアーガスはルードに稽古をつけてくれていた。

 最初の頃はアーガスは素手で、ルードは真剣を使っていた。怪我をさせないかと心配したものだったが、擦り傷をつけられるようになるまで数ヶ月、アーガスに木刀を持たせるまで結局一年もかかった。


「強くなるにはとにかく修行だ。楽しようとすんじゃねぇぞ」


 ルードはそれには答えず、無言のまま飛びかかる。

 答えるのに意識を割くなんてもったいない。

 斬りつけると見せかけて、宙で身体を捻ると反動を生かして膝蹴りを放つ。

 アーガスが左手でルードの膝を押さえ、力を加えると、ルードの身体が渦を巻くようにぐるんと回転し、背中から地面に叩きつけられた。相手の力の向きを弄って体勢を崩す。アーガスの得意技だ。


 受け身もとれず、息が詰まる。

 剣が手から零れ落ちた。


「止まるな止まるな、動け動け」


 容赦なく顔面に振り下ろされる木刀をすんでのところで身体を捻って躱すと、叩きつけられた時に咄嗟に掴んだ砂をアーガスの顔目掛けて投げつける。


「カッカッカ、悪くねぇ。が、効かねぇ」


 目や口に砂が大量に入った筈だ。にもかかわらず瞬き一つせずにアーガスはルードの頭を木刀でまっすぐ撃ち抜いた。





 

「もうっ、無茶するんだから!

 寸止めするとか色々あるでしょ!」


 サラが頬を膨らませながらルードに回復魔術をかける。

 ぶたれた所のズキズキした痛みに涙が滲む。


「痛い……」

「痛みに慣れとけよ、ルード。

 いつかお前の命を救うかもしれねぇ」



 そう言ってアーガスが水筒から酒を煽る。


「っかぁっ〜! 暴力の後の酒はうめぇ!」

「この人でなし……」

「にしてもルードも強くなったじゃねぇか。

 最後の砂かけも、咄嗟の判断にしては悪くねぇ。感心したぜ?」


「効かなかったじゃん」

「まぁ俺くらいになればな、鍛えてんだよ。

 ルードもやっとくか。目にトウガラシの粉を入れて慣らしとくんだ……」

「絶対やだよ!! まさか毎朝目が赤いのはその訓練のせいだったの!?」

「あん? そりゃあ二日酔いだ」




 わいわいと騒いでいると近くで同じく酒を煽っていたドブロイが話に入ってきた。


「ふぅむ、興味深い修行法だが……アーガス。ルード君を育てるならもっと効率的な方法があるんじゃないか?

 宝具を持たせるとかね」


 もう随分飲んだらしく、焦点が定まらない目でアーガスが大声で叫ぶ。


「俺ぁよ! ルードを強くしてやりてぇのよ!」


「それは僕も同じだが……」


「宝具で得た強さなんて偽モンだ!

 なぁルード、お前もそう思うだろ!?」

「え、僕?」

「ほらみろドブロイ! ルードもそう言ってるじゃねぇか!」

「ルード君はまだ何も言ってないが……」



「うるせぇ!」

「!?」


 アーガスがドブロイの頬をビンタした。

 頬を押さえ、目を白黒させるドブロイの胸ぐらを掴んでアーガスがどなる。


「いいかルード! おめぇは強くなるんだ! いつまでも兄貴と自分を比べていじいじしてんじゃねぇ!

 あいつは……あいつは、まぁなんか、なんか意味分かんないくらい強ぇけど! お前はお前だ!

 俺はお前がっ、大好きだぁぁぁ! ルードぉぉぉ!」


 そう叫びながら力一杯ドブロイを抱きしめるアーガス。


「やめろっ、アーガス! 貴様風呂入ってないな!

 臭い、臭いぞっ!」


 ドブロイが暴れるが、アーガスは魔術師が振り払えるほどヤワではない。


「さぁっ、ルード! 目を鍛えるぞ! トウガラシはどこだっ!」


 アーガスがキョロキョロとあたりを見回し、視線がルードを捉えたところで止まった。


「おいっ、ルード! トウガラシ持ってこい! ドブロイの目に入れるぞぉっ!」「何故だアーガス」

「あ、はい。どうぞ」

「ルード君! なぜ渡す!」

「なんか……ちょっと面白いなって」

「クハハハハ……、そうかそうか、分かったよルード君……」




 それから1分後、ルードとアーガスはドブロイの魔術で逆さまに吊るされていた。


「僕はサラ嬢と夕食を食べてくる。そこで反省したまえ」


「ごめんなさい……」

「ルードぉぉぉぉ! 強くなれぇぇ!」


 頭に血が上って苦しい。

 腹筋を使ってなんとか頭を起こしたりしていたが、すぐに腹筋に限界がきてしまい、最後には無心で吊るされていた。

 1時間ほど耐えているとアーガスが口を開いた。


「なぁルード」

「なに、酔い冷めた?」


「なんで俺たち吊るされてんだ?」

「ドブロイ怒らせたからだよ」


「またか。懲りねぇな、あいつも」

「アーガスが言う? それ」


「なぁ、ルード。強くなれよ」

「ねぇ、それ、いつも言うけど。なんでアーガスは僕をそんなに強くしたいの?」




「……と重ねてんのかもな……」

「え、なんて?」



 普段のアーガスからは想像もつかないほど微かな声。ルードには少し、寂しそうに聞こえた。


「いいか、ルード。いつか一人でサラの嬢ちゃんを守らなきゃならねぇ時が必ずくる。その時に頼りになるのはお前自身の強さだけだ。

 だから強くなれ、ルード」


 そう言い残してアーガスはゲロを吐いた。



********


 そうだね、アーガス。

 今がその時だ。


 ただダンジョンを攻略するだけじゃダメだ。


「僕はここで、強くなる」


 ルード・ブレイバーのダンジョン攻略が、始まる。

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