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第一話 悪夢

 ああ、どうして気づかなかったんだろう。

 仲間の狂気に。


 まさか、こんなことになるなんて。


 あんなに仲が良かった仲間たちはもう、いない。


 全部失ってしまった。


 あの殺人鬼のせいだ。


****************


 ギルドハウスの扉を開く。

 冒険者たちの熱気、騒ぎ声、汗臭い臭い、それらを含んだ生暖かい空気がルードの顔を撫でた。

 彼は仲間達と共に一歩、ギルドハウスの中へと足を踏み入れる。

 ギルドハウスが静まりかえった。


「ったく、酷い目にあったぜ!」

「まさか転移魔法陣の行き先が湖の底だなんてね……びっくりしてだいぶ飲んじゃったわ。

 まだ臭いが取れない気がする……」

「転移魔法はまだよく分かっていないからねぇ。

 この僕ですら使えない。しかも行き先さえも読めないんだから困ったものだ」

「事前に情報さえあれば行き先が分かってるんだけどね。今回は未踏派ダンジョンだったから……」


「あ~! 疲れた疲れた! おいねぇちゃん、酒持ってきてくれ!」

「えー、アーガス、いきなり酒!? もっと先にやることあるでしょう!」

「まあまあ、サラ、到着の報告は僕がやっておくから。アーガス、サラ、ドブロイは休んでてよ」

「でもルードだって疲れてるじゃない! 私も行くわよ」

「いいからいいから、ほら、僕さ、一応パーティリーダーだし、ね?」

「むぅ……」


 ルードと呼ばれた少年は三人を席に着かせると受付へと歩みを進める。


「おい、あれが」

「ああ、Aランクの、ルビーブレイブだ」


 静まり返った室内だ。こそこそ話が嫌でも聞こえてくる。


「結成一年でAランクに到達したってな。ギガニア以来じゃねえか? そんな奴ら」

「あの化け物と一緒にするのはちょっとな、それにあいつソロだろ」

「いや、そりゃそうだが、それでもすげえ速さだ。今この街にいるAランクはあとは『夕凪』か、あいつらもすげぇ。羨ましいね、天才ってやつらは」


 天才ね……。受付嬢にギルドカードを手渡しながらルードは心の中でため息をついた。

 確かに仲間たちは天才と言えるかもしれない。だが自分はどうだろうか。


「あの女の子が『聖女』サラ・ホーテルロイ、あの年齢でここ数百年で最高位の回復魔術を習得したらしいな。ちぎれた腕すら再生させられるらしいぜ」

「酒飲んでるあいつはアーガス・ドルチェか。元騎士団長らしいな。なんでそんな奴が冒険者してんだよ。貴族様じゃねえか」

「それを言うならあのドブロイ・ネクロマンシーもだろ。現役バリバリの筆頭宮廷魔導士殿だ」

「そしてあいつが……」


(横目で噂話をする彼らを見る。すごいな、全員説明してくれるのか。

 ご苦労様です、それで、僕は?)

 ルードは声をした方にチラリと目をやる。


「『名ばかり勇者』のルード・ブレイバー。勇者の末裔の落ちこぼれ様だ。いいなぁ、家柄だけであんなエリートパーティのリーダーやれるなんて」


(うっ、ひどい。ちょっとくらい褒めてくれてもいいんじゃない? 本当のことでもさ、傷つくよ、僕も)


 と言いつつもいつものこと。慣れているルードはへらへらと笑う。

 だが彼の幼馴染はそうはいかないらしかった。


「こらっ! あんたたち、うちのルードは落ちこぼれなんかじゃないわよ! 取り消しなさい!」

 

 ぷんすか! そんな擬音を響かせて彼らの姫が机をバンと叩いた。


「おいおい、落ち着けよ、サラ。まあ、でもよ、ルードは落ちこぼれなんかじゃないぜ?

 まあ、なんだ。ちょっと遅咲きなだけだ」

「その通りだとも、ルード君はこれからきっともっと強くなれるさ。サラ君もだ。早く強くなってくれ」

「ねえ、アーガス、ドブロイ、それ、フォローになってないわよ。気づいてる?」


 呆れたようにジト目になったサラが言う。


「いいのいいの。僕、気にしてないし。だって僕が落ちこぼれなのは本当のことだからね」

「ルードは落ちこぼれじゃないもん……。名ばかり勇者じゃないもん」


 膨れるサラの頭を撫でて「ありがとう」と礼を言う。

 彼女だけだ。自分でさえ信じていないルードの才能を今でも信じてくれるのは。


「あ、ごめんなさいね、うちのパーティメンバーが。

まあ、でも内緒話は本人に聞こえないようにしたほうがいいですよ?」

「お、おお。悪かったな」


 サラの剣幕に少し気圧されたようにしていた男たちがそっと視線を逸らす。聞こえて困るなら言うなよ、とルードは思う。

 だがもう、馴れっこだ。こんなことに気分を害していたらキリがない。

 ルードは雰囲気を変えるべくパンっと手を叩いた。



「さ、ご飯でも食べよう、みんな」

「酒もっと飲んでいいか?」

「ほどほどにね、アーガス」

「了解ッ! ねえちゃん、ビール20本追加だ!」

「アーガスのほどほどと、君のほどほどはずいぶん違うようだね? ルード君。

 そこのお嬢さん、ワインを樽でくれたまえ」

「ドブロイが言う? それ」


 ドブロイが指を鳴らすと樽の蓋が吹き飛んだ。

 衝撃で飛び散ったワインは重力に逆らい、ドブロイの持つワイングラスへとくとくと流れ込んだ。

 無詠唱でここまで精密な制御をできる魔術師をルードは他に知らない。

 ギルドハウス中の魔術師が顔を青ざめているのを意に介さず、ドブロイが言う。


「ワインは魔力の源という説があってね。僕のは正当な補給だよリーダー」

「それドブロイがワイン飲む言い訳のために書いた論文でしょ」

「クハハハハ、手厳しいな」

 

 ドブロイが勧めるワインをやんわりと断り、さあ自分も何か食べようとルードが手を合わせたところで

 彼らの姫様サラがまだ不機嫌そうにしているのに気が付いた。


「ルードは落ちこぼれじゃないもん……」

「まだいうか。いいんだって、僕は気にしてないよ?」

「そうやって自分に嘘ついて傷つかないようにしてる。

昔は違ったのに……。自分は勇者だっていってたじゃない……」

「いつの話だよ……。出会ってすぐのころでしょ? 僕も大人になったんだよ。

現実が見えるようになってきた。それって悪いことかな」

「……」


 サラが複雑そうな顔でパクリとハンバーグを頬張る。


「おおぅ、悪いことじゃないともルード君。人は年を重ね、考えは変わっていくものさ。

 人間とはそういうものだ」

「でしょ。僕たちはこうして一緒に旅をできてる。それだけで僕はとても幸せだよ。

サラはそうじゃないの?」

「それはそうだけど……」

「ところでサラ君。先ほどの話だが、昔のルード君はどんな子供だったんだい?

興味がある」

「聞きたい? 聞きたいの!?」


 サラの顔がぱぁっと花が開くように明るくなった。

 ねえ、本人いる前で人の昔話とかやめてくれない? 恥ずかしいんだけど。ルードが顔を顰める。


「ドブロイ何回も聞いたことあるでしょ……」


 ドブロイがルードにウインクする。あ、わざとだな。ルードは悟る。

 『こうすれば姫の機嫌が直るだろう?』そう視線が物語っていた。

 やれやれ、とルードは首を振った。


「しょうがないわね、聞かせてあげるわ! ルードは昔ね……」


 その日はそれからたくさん話して、笑って、寝床に入った。

 それが最後になるとも知らずに。


****************


 血が噴き出した。

 時の流れがゆっくりになったような感覚の中、サラの身体がゆっくりと血だまりに沈む。


「へ……? サラ……」




「ルー……ドぉ、にげ……て」


 サラの震える唇から言葉が絞り出される。


 逃げて? 誰から? 僕が?

 サラは? サラは?


 なんで? 何が起きたんだ? 


 混乱混乱混乱。


 意味が、分からない。


「ど、どういうことなの!? サラ! 何が起きてるの!?

教えてよ、ねぇ!」

「ご……めん……ね」


 そう言って彼女はなにも言わなくなった。

 ダラリと垂れた腕。

 混乱した頭で必死に考える。血を、とにかく血を止めないと。

 血が流れだす胸を掌で押さえつける。だが血の流れはとどまることを知らず、

 指の隙間からドクドクとあふれ出てくる。


「サラ……? ちょ、ちょっと待ってよ……起きて! 死なないでよ!

 死んじゃだめだ! サラが死んだら僕は、くそっ! 血が止まらない。とまれよ!

 誰か! アーガス! ドブロイ! 助けてくれ」


 


「僕を呼んだか? ルード君」

「ドブローー」


 腹部に激痛が走った。力が抜け、膝から崩れ落ちる。

 腹を抑えた手を生温かい何かが伝う。鉄の臭い。


「アーガスは死んだよ。サラ君ももうすぐ死ぬだろう。

随分と待たされたが、やっとだ。これで君たちも晴れて、僕のものだ。

 せっかくだ。劇的に行こう。

 さあ、僕のために死んでくれ。ルード・ブレイバー」


 ルードを殺す仲間(悪魔)が笑った


****************


「ッッ!!! はぁっ、はぁっ、夢……か」


 汗でべっとりしたシーツを跳ね除け、ルードは飛び起きた。早鐘を打つ心臓が苦しい。


 まるで現実だったかのように鮮やかな夢。

 

 こんなの、初めてだ。


「何だか、嫌な予感がする……」

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