第八話『フードファイター現る』
日付は変わって土曜日。
「来たわね」
「どうも、今日もちゃんと変装セットつけてきてるんだな」
「もちろんよ。今回はあんたも帽子をかぶってきたようね。ようやく自覚が出てきたわね」
まあ前回あんだけ言われたら流石にな。
「お店予約してくれてるんだよな? サンキュー」
「こういう時は男が気を利かせて予約してくれるものじゃないかしら」
「今日呼ばれるかどうかもわからんのに予約しようがないだろ」
呼ばれなかったらオレここに来てないからな?
「あんた何度言えばわかるの?」
「契約だろ。それはわかってるが、アンタの予定や体調次第だろ」
「何よ、昨日今日の話なら別だけど、今回は事前にわかっていたのだから予定あっても調整するわよ。とってつけたように体調気にしてサボろうとしないで」
「ま、オレが誘ったら来ないのか? っていう煽りに受け取られそうだからな。それで都合悪いのに無理されても困るって思っただけだ」
「……ふん。口だけは達者なんだから」
「だからオレの予定とかも気遣ってくれると嬉しいんだが」
「お断りよ」
つらい。
「あんたの予定の有無なんてどうでもいいわ。今日もあの男が変なことしないか監視するわよ」
「……はぁ。頼むから今回も静かに見守ってくれよな」
「それはあの男次第よ」
いや、アンタ次第だと思うがな……
「少しは優しい目で見てくれてもいいと思うが」
「は? それで見逃したらどうするつもりよ。変な動きをした時にすぐ動けるよう警戒して監視しておくこと。それが親友である私の務めよ」
「ソウデスカ」
なんだかな。
「……あ、そう。その、これ」
「あん? ああ、ハンカチか」
「前に返せなかったから」
前回の勉強の日のあとに
『ごめんなさい、ハンカチ返しそびれたからまた今度返します』
ってメッセージが来ていたんだよな。
オレも忘れてたから催促しなかったし、別にいつでもいいから全く気にしていなかったが。
「おお、ちゃんと袋に入ってる。これはどうも丁寧に」
「借りを作ったなんて思わないでね」
「わかってるよ」
ハンカチ程度の借りって逆にどう返してもらえるのか気になるけどな。
「二人が合流したな。今回も両方とも遅刻していない。佐倉さんも孝平も流石だな」
「遅刻しないのは当然でしょ」
「んーまあ二人とも遅刻のイメージはないが……何かあった時はどうしようもないだろ。遅刻したとしてもリカバリーをどうするかじゃないか?」
「なにそれ、最悪遅刻してもいいって考えはやめてくれない?」
「理由次第だってば。ま、むしろどっちかが遅刻するってなった時のお互いの行動で二人の本質が見え隠れするかもな」
「……なるほどね。どうにかしてあの男を遅刻させて本性を暴くのは良い考えかも。あんた、あの男を遅刻させなさいよ」
「は? やるわけねーだろそんなこと。それならアンタが佐倉さんを遅刻させてくれよ。孝平の懐の深さが見られるぜ」
「やるわけないでしょ。第一、誰が相手でも真宵なら遅刻を相当申し訳なく思って……あれ、私の時そんな申し訳なさそうにしてたかしら」
「え、佐倉さん案外そういうの気にしないタイプ?」
むしろこっちの好感度が下がる可能性あんの?
「い、いや、そもそも遅刻した真宵を見たことが無さ過ぎて忘れただけよ。そうに決まってるわ。この話はこれでおしまい」
「逃げたな」
「うるさい。真宵たちについていくわよ」
「へいへい」
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「……マジでステーキ屋行くんだな。孝平から聞いたときは耳を疑ったわ」
昼からステーキって字面がまずすごいからな。
オレや孝平じゃ選択肢にすら挙がらん。
「真宵らしいチョイスね」
「へぇ、やっぱ佐倉さんってグルメな人なんだな。昼からじゃそんなに食えないだろうに」
「ふん、甘いわね。真宵はよく食べるわよ」
「それは女子の感覚で?」
「いや、男から見てもよく食べるほうだと思うわ」
「はっ?」
え、そんなに?
「つまり佐倉さんって大食い系女子ってことか? ……あんなに身体小さいのに?」
「ふっ、ステーキぐらいなら余裕ね」
「マジかよ」
なんでアンタがドヤ顔してるんだ。
「ステーキを、あの見た目で……はーすごいギャップだ」
「ほんとよね。食べた分の栄養はどこに行ってるのやら」
佐倉さんには申し訳ないが、どう見ても見た目高校生じゃないからな。
目の前のヤツが服次第じゃ大学生に見えるレベルなだけに余計に目立つ。
当然成長期だから一気に大きくなる可能性もあるんだろうが……なんか想像できんな。
ま、孝平はそういったギャップにやられまくってるわけだが。
「って、悪い、佐倉さんを貶す意図はなかったんだが」
「流石にそこに突っ込むなとは言わないわよ。本人に言ってたら別だけど」
「なるほど、佐倉さんは気にしてるんだな。気を付ける」
こういうのはデリケートな部分だろうしな。
「アンタも佐倉さんとこういう店来てるのか?」
「行くことはあるけど、私がそんなに食べられないから頻度は少ないわね」
「てことは今回のは孝平の方が都合がよかったのか。良かったな、仲違いが理由じゃなくて」
「……うっさい。どんな理由があろうが、私が誘われなくてあの男が誘われた時点でむかつくわ」
「仲良くなってきてるってこったな」
「……認めないわよ」
「おい、流石に現実を受け入れてほしいんだが? 目の前の光景を見たらそれはわかりきってるだろ」
「黙って、そんなの関係ないのよ。親友の私が絶対に認めない」
「コイツ……」
またかよ。
なんでこんなに頑固なんだこの女。
「ほら行くわよ。どさくさに紛れてあの男が何するかわからないわ」
「ステーキ屋でなにやるってんだよ」
「男の考えなんて知るわけないでしょう」
「じゃあ少しは知るために歩み寄ってほしいんだが」
「ふん」
おい、知らんぷりするなよ。
はぁ……
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席に案内される途中にすでに食べている人のメニューを覗いてみる。
うわぁ、あれとか結構ボリュームあるな。
もちろん食える人だからここに来てるんだろうが、ほんと昼からすごい。
食おうと思えば食えるんだろうが、昼からわざわざあんなに食わなくてもいいだろうに。
「こちらメニューでございます。お決まりになりましたら及び下さい。ごゆっくりどうぞー」
「さて、アンタ小食なんだろ、どうするんだ」
「真宵たちの監視が主なんだし、食に集中するつもりはないわ。適当にサラダだけでいいわよ」
いやもったいな。
「理由はどうあれせっかくステーキ屋来たんだし、ちょっとぐらい食ってもいいんじゃないか?」
予約までしたのにサラダだけってのも寂しいしなぁ。
ちゃんとレディース向けのメニューもあるし、食えないことはないだろ。
「ほら、これとかどうだ? セットが難しそうなら肉だけでいいと思うし、最悪オレが食うぞ」
「え、なに食いかけ狙ってるの? 気持ち悪いんだけど」
「そうじゃねぇよ……」
なんか頭いてぇ……オレが悪いのか?
「はぁ……ほら、佐倉さんが気になってた店なんだろ? 自分も行ってきたって話題に出せるだろ。アンタが美味しいと感じたのなら次は誘ってくれるかもだろ?」
「――! メニュー見せなさい」
「はいはい」
やれやれ。
「サラダでございます」
「オレもサラダ頼めばよかったかな」
サラダセット頼めばよかったか?
でもちょっとでも抑えたいしなぁ。
「食前にサラダは基本よ」
「栄養の吸収を抑えられるんだっけか。その辺り気にしてるんだな」
「一応ね」
与えられたままの見た目っていうわけではなく、ちゃんと気を使ってのそれってことか。
見えないところで努力はしてるんだろうな。
お、来た来た。
うん、うまそうだ。
「ん、オレ達のメニューが先に来たな。まだ佐倉さんのは来てないみたいだが」
先に注文してたよな?
孝平のはもう届いてるんだが。
「言ったでしょ、あの子は食べるのよ」
「え、まさか」
そう思ったところで佐倉さんの前に大皿が置かれた。
「は、何あのサイズ。オレが頼んだやつの倍ないか?」
「あると思うわよ。それを食べてなおあの体系なのだから、ある意味女の敵ではあると思うわ」
確かにあれだけ食べてスレンダーな体系維持できるのは嫉妬の的だよな……
まあ縦にも伸びてないみたいだが、横に伸びないだけで御の字だろ。
流石の孝平もそのサイズに圧倒されているようだ。
「佐倉さんいい笑顔だな。お気に召したのかね」
「真宵が推す店はだいたい当たりよ」
「ほう、それは楽しみだ。オレ達も食うか」
「ええ、いただきます」
「いただきます」
ん、ナイフの通りがいい。
そんなに高いメニューでもないのにこの柔らかさはすごいな。
一口サイズに切り分け、口に運ぶ。
当然その柔らかさを失うはずがなく、筋を感じさせないその肉はあっという間に形をなくし、肉汁とともに喉を流れていく。
「――うまい!」
「――美味しい。油もくどくなくて食べやすいわ」
「行列ができるだけあるってことか。ランチなら手を出しやすいし、こりゃあ良い店だな」
普通にリピートするレベルだ。
「はふっはふっ」
肉汁の量もすごい。
こうも肉汁が多いとご飯をかきこむのをやめられない。
「ずずずず……ふぅ」
そして味噌汁で流し込む。
やっぱり白ご飯に味噌汁は外せない。
これにプラスサラダはちょっと金銭的にきつかったな。
同じ流れをもう数回無言で繰り返す。
「ふぅ……」
一旦息を吐く。
一気に食べすぎて疲れた。
「なんだかんだ食べれてるみたいだな」
「そうね、意外と重くないからさらっと食べられそうだわ」
向こうもうまいステーキのおかげで機嫌がよさそうだ。
「そりゃあよかった。ってあれ、眼鏡外したのか」
「曇って邪魔だったのよ。眼鏡って不便ね」
ならもうそれつけなくていいんじゃないか?
「何よその目」
「いえ、何でも。そういえば佐倉さんの食いっぷりはどうだ……は?」
佐倉さんには大皿でステーキが提供されていたはずだ。
確かに見た、それが今はどうだ。
大皿に乗っていたどでかいステーキの堂々たる姿は見る影もなく、今もなおその物量をどんどん減らしていっている。
……時が飛んだ?
「オレ、そんなに夢中になっていたか?」
「いや、5分も経ってないわよ。量も食べるし食べるのも早い。全く、あの俊敏さを他の時でも見せてほしいっていつも言ってるのに」
「ガチのフードファイターかよ……」
なんか孝平も諦めた表情をしている気がする。
多分最初は食いっぷりについていこうとしてたんだろうなぁ。
「うーん、見てて気持ちよくなる食いっぷりだ。契約とか関係なく見てたいレベル」
「私はもう見飽きたわ」
「おおーご飯もあんなに……っと、自分のを食わないと」
佐倉さんを見てる場合じゃない。
折角うまいんだから美味しいうちに。
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「いやぁ美味かった。ステーキ自体久しぶりだったが、こんなのが食えるなんて思ってなかったわ」
「流石真宵ね」
「ああ、佐倉さんには感謝だ」
監視目的でついてきただけってのがなんだが、こんなのが食えるのなら佐倉さんおすすめの店に行こうの回は全部ついていきたいと思うレベル。
「……しっかし、佐倉さんペース落ちなかったな」
「いつもあんな感じよ」
「すげぇなぁ」
結局あの程度の物量では佐倉さんを押し返すことなぞ出来ず、あっという間にその形は崩れていき最終的には孝平と同じぐらいに食べ終わっていた。
他のお客さんも佐倉さんの食いっぷりには一目置いてたしな。
マジであの道で食っていけるレベル。
「大食いだけにな!」
「……」
隣から冷たい視線がつき刺さるぜ……
「あれをペロッと食べるんだし、どこかの大食いメニューとか佐倉さん行けるんじゃないか?」
「挑戦したいとは言ってたわね。高校生になったんだし、どこか良い店があればすぐ行くんじゃないかしら」
「へぇ、その時はぜひ観客として同席したいな」
「ついてこないでよ」
「いや、アンタと行くとは決まってないだろ?」
「親友の私を置いてそんな大舞台に立たせるわけにはいかないわよ」
「……」
今日だけで何回も聞いたその言葉。
でも、どうにも引っかかる。
「……親友」
その違和感を飲み込めず、思わず口からこぼれる。
「――っ、親友よ!」
その言葉に過剰に反応してくる。
ステーキで上がっていたテンションが冷める。
「……なぁ」
「ふんっ」
オレの話なんて聞くつもりはないとアイツは一人で孝平たちを追っていった。
なぁ、なんでそんなに親友親友言ってんのにいつまで経っても仲直りしねぇんだよ。
親友ならどんなに仲違いしようが乗り越えていけるものだろ。
……本当に親友なんだよな、アンタら。
今まで感じた親友への想い、オレの勘違いなんかじゃないよな?
オマケ
ステーキ屋にて
「メニュー決まった?」
「う、うん……その、笑わないでね?」
「?」
「僕はこのステーキセットをお願いします。はい、佐倉さん」
「あ、えと、この、デラックスステーキセット、ご飯大盛りで、お願いしまひゅ」
「「!?」」
「で、デラックスセットお持ちいたしましたー」
「きゃーすごい!」
「うわぁ、すごいね。食べられるん、だよね?」
「もちろんだよ! いただきまーす!」
「いただきまーす」
「はぐ、はむ、ん~おいしい~!」
「うん、おいしい、ね……」
がつがつもりもりばくばくむしゃむしゃ(※比喩です)
「ん~とまらない~」
「お、俺も負けないぞ!」
もぐもぐ
がつがつもりもりばくばくむしゃむしゃ
「ご飯おかわりお願いします!」
「……(ポカーン)」
がつがつがつ
「……大食いな佐倉さんもいいな」
「んぐ? なにかひった?(お口パンパン)」
「なんでもないよ、いっぱい食べてね」
「うん!」
【作者から】
いつもご拝読ありがとうございます。
この度、活動報告というものを始めてみました。
特に中身のあるものではないと思いますが、更新する話に関することを報告してると思いますので、よければ活動報告の方にも訪れていただけたらと思います。