第六話『探偵?警察?』
「はぁ、なんだかんだ昨日めっちゃ勉強したし、今日はゆっくりするつもりだったんだけどな」
「もう契約を忘れたの? あんたに拒否権なんてないの」
「へいへい」
どっから聞きつけたのやら知らないが、孝平と佐倉さんが会うということでオレは呼び出されていた。
「……帽子に眼鏡? 前回両方ともなかったと思うが、おしゃれか?」
「違うわよ、これは変装。よくよく考えれば、このままでいたらいつ気づかれるかわからないわ」
なんだか得意げだ。
「なんというか、意外と形を大事にするタイプなんだな」
「は?」
「悪かったから、そんなギロリとした目を向けないでくれ」
まあでも流石美人、帽子も眼鏡も全く違和感がない。
最初おしゃれか聞いたのも普通に似合ってるからだしな。
「というか、あんたの恰好は何よ。そんなんでばれたらどうすんのよ」
「や、別にばれても「は?」いちいち凄むなよ……」
「いい? ばれたらその時点で失敗とみなして契約破棄よ」
「マジかよ……」
「マジよ。わかったら今から買いに行く」
「へーい」
とりあえず適当に安い帽子を買うか。
ええい、そんなんでいいのとか聞くな!
たかが変装アイテムにそんなお金かけられるか!
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二人の後を追いかける。
「……なんでそんなにコソコソしてるんだ?」
「馬鹿ね、気づかれるときは簡単に気付かれるのよ。リスクは減らすべきってドラマでも言ってたわ」
「ドラマ」
物陰に隠れながら孝平達の動向をを伺う様を眺める。
「……あんぱんと牛乳でも買ってくるか?」
「! ――ってあんた何言ってんのよ。そんなのいるわけないでしょ」
一瞬その気になったの見逃さなかったからな?
「うーん、気のせいかもしれないんだが」
「なによ」
「……なんか佐倉さんの様子が違わないか?」
「……癪だけど同感よ」
「だよな」
挙動不審と言えばいつもだろってなるが、違う気がする。
何を話してるのかはわからんが、何かを話してああ違う違うってのを何回もしてるって感じだ。
孝平も孝平で戸惑ってる雰囲気あるし、どうしたんだろ。
「なんか真宵の悪いところ出てそうだわ……」
「悪いところ?」
「なによ、あんたに教えるわけないでしょ」
「冷たいぜ……」
まあいいや、後で孝平に聞こう。
「お、フードコートか。ここで勉強をする気みたいだな」
「まあ勉強するとしたらここぐらいよね」
オレ達もなるべく近くの席で様子を見守りつつ勉強することにする。
よし、勉強利用許可エリアっと。
「全く、金曜にはこんな話聞いてなかったのに」
「ん、話したりはするのか」
「どういう意味よ。毎日ちゃんと話しているわ」
「ほう、毎日」
「……最近は休みの日は話してないけど」
おい、親友から学友レベルにダウンしてないか。
……いや、別にオレも話さないことはあるか。
「昨日とかに予定を取り付けたってことね、油断も隙もない」
「よく話してないのに気付いたな」
「母親伝いで聞いたのよ」
「……ちょっとはプライベートを尊重してやろうぜ」
佐倉さんの情報がいろんなところから漏れてるの可哀そすぎる。
「それにしても、なんで急に勉強することになったのかしら。他校同士でしょ。一緒に勉強して何か意味あるの?」
「内容よりも一緒に勉強するのが大事ってことだろ」
「なによそれ、一緒ってことなら私と……」
「私と?」
「……なんでもないわ」
まあ、そうよな。
一緒にやるのが難しいからそんな苦々しい表情を浮かべているんだろうし。
「暗記系とかは二人で問題出しあうだけで勉強になるしな。他校だろうがいるだけでメリットだろ」
「……そうね」
会話が途切れ、しばらく勉強に取り組む。
紙の擦れる音、シャーペンの書き込む音などがかき消される程度にはフードコートは喧騒に包まれていた。
「……あの男は勉強できるの?」
「いや、多分佐倉さんよりも成績は下だな」
「なにそれ、よくそれで誘えたわね」
「一人で勉強しても捗ってなかったらしくてな」
「そこにつけ込んだってわけ?」
「おい、人聞きの悪いことを言うなよ」
「ふん、少しでも隙を見せたらすぐこれよ。あの男もどうせそこらの野蛮な男と「おい」……!」
少し眉間に力が入る。
ほんと、コイツは言葉が強い。
「言い過ぎだ。第一、その隙を作らせたのはアンタだろうが」
「なんですって?」
「佐倉さんはアンタと勉強できないから一人で勉強するしかなく、いつもの形と違うから集中できていなかったんだ。それで悩んでいる佐倉さんに対して孝平が助けを差し伸べたとは思えないのか?」
「っ……」
「……はぁ」
ったく、そんな悲しそうな顔するなよ。
水を一口飲み、机に視線を落とす。
「……理由がわかってて、でもそれを解決することは出来なくて、ただただもどかしさだけが募ってつらくなる」
「……」
「そのつらさだけが増えていって、でもどうすることもできなくて、そのもどかしさを誰かにぶつけたくなる。……って、孝平から聞いたことがある」
「……それがなによ。わかってる風な口?」
「確かに風だな。オレの話じゃなくて孝平の話なんだから。そもそもそのつらさがわからんし」
席を立つ。
「ま、解決できないのならどうしようもないんだけどな。でも、それのはけ口があるだけで結構楽になる……らしいぞ。お手洗い行ってくる」
アイツは何も言い返さなかった。
15分経ったぐらいに席に戻った。
オレが席に着いても何も言ってこない。
弱々しい目ででぼーっと孝平たちの様子を眺めていた。
「ん」
持っていたイチゴ味スペシャルスムージーを置く。
「……なによこれ」
「目に入ったから」
「……いらないわ」
うそつけ、視線が釘付けだぞ。
「オレはもう飲んだからいらない。飲んでくれ」
「……仕方ないわね、いくら?」
「いらん」
「いくらなの」
「いらん」
しばしにらみ合う。
「……お礼は言わないわよ」
「いらん」
「ふん。んく……おいしい」
「ふっ」
流石、イチゴのパワーは絶大だな。
強張っていた表情が緩んで笑みすら浮かんでる。
甘いもの飲めば少しは悩みも晴れるだろ。
そこからはいったん気持ちを切り替えられたのか、力のこもった目で孝平たちを見るようになった。
「ちょっと」
「ん?」
「あれ」
顔をあげ、そのまま指さされた方を見る。
いつの間にやら孝平が佐倉さんの隣に座っている。
「あの男なにやってるのかしら。一緒の席に座るだけじゃ飽きたらず隣なんてどういう了見なわけ?」
「そりゃあ一緒の席には座るだろ……じゃなくてよく見ろよ。どう考えても勉強を教えてるだけだろ」
孝平は熱心な表情で佐倉さんの教科書やノートを指さしながら何かを伝えている。
「さっき学力は真宵の下って言ってなかった?」
「正直佐倉さんの学力は知らんが、素の学力で言えばそうだと思うぞ」
「じゃああれは何よ」
「孝平の方がよく勉強してたってことだ。オレがしっかり教えてるしな」
よかった、教えれる程度には身についていたんだな。
勉強頑張った甲斐があった。
「ふーん、あんたは勉強できるのね」
「ん-まあな、日頃からこまめにやっておけばある程度はできるようになるだろ」
一応中学の時は一桁順位まで行けたが、高校だとどうなるかわからん。
結局はテスト次第だしな。
「私だって日頃からやってるわよ。真宵にもそうするように言ってるんだけどね……」
「オレも孝平にコツコツやるよう言ってるんだけどな……」
はぁと二人でため息をつく。
「まあでも教えれば理解してくれるし、一緒ならちゃんと勉強もしてくれるからな」
「真宵もよ。今回は事情があったってだけで、普段ならあの男に教わるまでもないわ」
「普段って言われてもこれ高校最初のテストだしな。……なあ、佐倉さんの地力的に一人でやってて問題はなさそうなのか?」
「……」
「おい、自信をもって言い返してくれよ」
孝平、しっかり教えてあげるんだぞ!
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「腹が減ったな。孝平たちも昼食みたいだぞ」
「そうね、私たちもお昼にしましょうか」
フードコートだと昼食で気を使わなくていいからいいよな。
……てかアイツ、今帽子と眼鏡をつけ直して買いに行ってなかったか?
勉強の邪魔になって外してたのかよ意味ねーじゃん。
こほん、気を取り直してラーメンでも買いに行くか。
「いただきます」
ズルズルと麺をすする。
うん、ちゃんとうまいんだよな。フードコートでも。
「ちょっと」
「ん? どうした、こめかみ抑えて」
「あんたねぇ……私の目が確かならあの男もラーメンを食べてるように見えるんだけど?」
孝平の手元を見る。
「おう、孝平もラーメン買ってたからな」
「おう、じゃないわよ。ばれたら契約破棄なのよ? わかってる?」
「ちゃんと帽子被ってたから大丈夫だ。いちいち人の顔とか見てないし、堂々としてたら目につかないって」
「全く、意識が低いわね。私はわざわざスーパーでパンを買ってきたのよ。私の意識を見習うといいわ」
また得意げにしてる。
メロンパン、あんぱん、苺サンド。
見事に甘い系ばかりだな。また苺だし。
ふむ。
「牛乳は買ってこなかったのか」
「はっ――じゃない。だからいらないわよ」
「そのつもりのあんぱんではなかったんだな」
てっきり狙ってのものかと……おっと、早く食べないと伸びる。
「ごちそうさまでしたっと。随分しっかりと孝平たちの方見てたな。特に何もなかったと思うが」
「もし一口食べさせてあげるとかやろうものならすぐに殴りこむつもりだったけど」
「や、それはやらないだろ……」
流石に同性か恋人とかじゃないときついだろ。
というか
「ラーメンで一口あげるはちょっと難しくないか……?」
お互いにその光景を想像する。
「……シュールね」
「仮にやる気があったのならミスチョイスと言わざるを得ないな。どっちかといえばやるならオムライス食べてた佐倉さんだろ」
「はっ、真宵がそんなはしたないことするわけないでしょ。私にはしてくれるけどね!」
「張り合うな張り合うな」
幼馴染で親友だろ?
そりゃそれぐらいしても違和感ないわ。
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孝平たちを眺めていると、広げていた教科書やノートを片付け始めた。
「おい、勉強終えてどっか行くみたいだぞ」
「あら、もう集中力が切れてお遊びモードなの? 真宵がかわいそうね」
「いや、もう16時超えてるからな? 途中から集中してあっち見てなかったみたいだが」
「あ、結構時間すぎてたのね。こほん、でも真宵がか「ちなみに佐倉さんはさっきから集中力切れてぐてーっとしていたぞ」……」
流石親友。見てなくてもありありとその姿が想像できたみたいだ。
「1、2時間息抜きがてらぶらついて解散ってところだろ。ついていくんだよな?」
「当り前じゃない」
そう言ってすぐさま片付け、帽子と眼鏡を着用して立ち上がった。
「ま、ついていっても何もないと思うけどな」
「どうだか。もし真宵に触れようとしようものならすぐにとっ捕まえるんだから」
「探偵の次は警察か」
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ウィンドウショッピングをしている二人を追う。
また服見てるな、前も見てたが見飽きないんだろうか。
流石に今回は二人の会話の内容なんて予想つかん。
こういう服が流行なんだよ、とか言ってるのかね。
「なかなか尻尾を出さないわね」
「孝平は人間だぞ」
「は?」
「や、冗談ジョーダン」
「面白くない」
ストレートすぎて辛いぜ。
「だからつかまれて不味いようなもの孝平は出さないって」
「どうせその内つまらなさそうにするに決まってるわ。男はああいうの好まないって聞いたわよ」
「まあ確かに、あてもなくぶらぶらってのはオレも孝平もあんまりしないな。女の人ってそういうの好きなのか?」
「さあ? 真宵は服見るの好きなだけだし。私は別に」
「ふーん」
結局人によりけりってことか。
「まあ1、2時間ぐらいなら大丈夫だろ」
「残念ね、つまらなさそうにしているところを写真に撮って真宵を失望させようと思ったのに」
「こっわ」
文句言わない限りはそれぐらいで失望しないであげてほしいぜ……
「けどそれ尾行してるのばれるじゃん」
「……写真じゃ厳しいわね。現行犯で捕まえないと、か」
本格的に警察になってきちゃったよ。
「まあまあ、佐倉さんが楽しそうにしている限りは穏便にな? そういう契約だし」
「ふん、私が黒と言ったら黒よ。グレーな間だけあんたの言い分を聞いてやろうってだけで」
「でも強引な判断は佐倉さんを悲しませるだけだよな?」
「もちろん、真宵第一よ」
「ならしばらく様子見だな」
「しょうがないわね」
ふぅ、佐倉さんを引き合いに出せばチョロいのは良いことだ。
頼むぜ孝平よ。
こっちはなんとか抑えるから、あんまり佐倉さんの好感度は下げないでくれよ。
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「結局ただぶらついただけで何もなし。二人はずっと楽しそうだった。以上!」
「ふん、真宵も真宵よ。あんな男と話してるだけであんなに楽しそうにしちゃって」
最近そんな顔見せてくれないくせに。
そう呟いたのが聞こえてしまった。
「え、なに嫉妬?」
「は!? なわけないでしょ! そんなの抱くほどあの男と真宵が仲良いわけないわ!」
「ま、そりゃあそうだ。なんたって親友だもんな」
「ええそうよ!」
過剰とはいえ、コイツの行動はすべて佐倉さんのための思っての行動だ。
佐倉さんの内心がどうかはわからないが、コイツは常に彼女の身を案じている。
こんな短期間でもその気持ちはありありと感じさせられた。
「そう……私たちは親友、なのよ」
「……」
そのつぶやきはオレにではなく自分に言い聞かせているように聞こえた。
「んじゃ、また次の機会があれば」
「……ええ」
アイツの後ろ姿はとても小さく見えた。
孝平が前に言っていたな。
佐倉さんはきっかけさえあれば仲直りしたがってる、みたいなこと。
ここでアイツにそれを伝えれば、アイツと佐倉さんが仲直りすることもあるのかね。
……まあ、そんなことするつもりがないけど。
オレ達はそんなことをしていいような関係じゃないし。
そもそも、オレは意図せずそれぞれの裏情報を知ってしまっているだけだからな。
それを勝手に伝えるのはずるいことだし、そもそも簡単に他人の問題に踏み入っていいわけがない。
ただなぁ。
孝平はそれを分かったうえでお節介妬くんだろうなぁ。
嫌われても構わないと声をかけて、何を言われてもその人のことを励まして。
そして立ち直らせて問題解決に導くんだろう。
それがきっかけで仲良くなったりするのかもな。
そんな孝平を見習うべきなのかね。
……はっ、馬鹿みてぇ。
オレが誰かに寄り添ったり慰める?
できるわけねぇなそんなこと。
オレは孝平みたいな良いヤツではないんだから。
オマケ
今日以降のいつか
「なあ孝平、ラーメン一口食べさせてあげるから口開けてくれよ」
「は、ラーメンを? そのまま? 小皿とか使わず?」
「おう、このまま。ほら、あーん」
「ちょ、ちょっと真人! めっちゃ汁垂れてるって!」
「早く口開けてくれよ」
「ああもうっ、あー……あついあつい! 横からじゃ全然食べられない!」
結果下から覗き込むようにして頑張って食べた。
「うん、やっぱりラーメンであーんはないよなぁ」
「そりゃあそうでしょ……何がしたかったのさ」