第三話『その美人は障壁で』
違う場所で話そうと思ったが彼女は孝平達から離れる気はないようで、仕方なく同じ店で昼食がてら話を聞くことにした。
「ふむ、白石咲希、同い年、か」
「なによ、気安く呼ばないで」
「いや、名前を確認しただけなんだけど……」
なんか気難しい人だな。
ってかこの人タメなの?
大学生と思うぐらいには私服姿大人っぽいな。
とりあえず敬語じゃなくていいか。
「で、なんで孝平達をつけてたのかな?」
「つけてたなんて人聞きの悪い。私は真宵に悪い虫がつかないように監視していただけよ」
「は? 悪い虫だぁ?」
初っ端からなんだコイツ。
コップを握る手に力が入る。
「そうよ、ちょっと真宵が優しさを見せたらすぐに寄ってきて、ちょっと目を離した隙に二人っきりの場なんて作っちゃって。害虫というほかないわ」
……このくそアマが。
「はっ、だからなんだってんだ。事実がどうであろうが、それはあの二人の問題だろ? お前には関係ないはずだ」
「関係あるわ。私は真宵の親友だもの。真宵に男なんてまだ早いし、私のチェックすら通っていない。あんな男の存在を許すわけにはいかないわ」
「は? なんでお前が判断するんだよ、過保護すぎだろ」
「親友だから当然よ」
いや、それは親友じゃなくて父親がすることだろ最早。
「はぁ……色々言いたいことはあるが、一番許せないのは孝平のことを害虫と言い放ったことだ」
「ふん、あの子に付きまとおうとしているのなら関係ないわ」
「勝手に判断してんじゃねぇよ。お前孝平のことなんか知ってるのか?」
「知らないわよ。でもあの男真宵のこと好きでしょう? その時点で悪い虫よ」
チッ、好意をもって近づいた時点で害虫ってか?
親友を馬鹿にしやがって、腹が立つ。
「ふっ、じゃあその悪い虫を寄せてるあの女は害虫を呼び寄せる食虫植物か? 甘い優しさ振りまいて、寄ってきた害虫とやらを食い物にするってか。随分と良い身分だな」
「あんた、真宵を馬鹿にしてるの!?」
「お前に言われたのを同じように言い返しただけだ。……人の親友馬鹿にされてんだぞ? それでどんな気分になるか、アンタだってわかるはずだ」
「っ……」
バツの悪そうな顔をして押し黙る。
流石にその辺りの分別はつくらしい。
水を飲んで一息つく。
「……悪かった、本気で言ってはいない。聞いただけだが佐倉さんは良い人だと思ってる」
「ふん……私は前言を撤回する気はないわよ」
はぁ……
「そうかい、佐倉さんのことを大切に思うのは大層な事だが、彼女が孝平を嫌がってる風には見えんぞ」
孝平達の方へちらりと視線を向ける。
ほら、今も楽しそうに話している。
こっちの声が聞こえてたらどうしようと思ったが、大丈夫だったみたいだ。
「それはそうだけど……あの男がどんな人かもわからないわ」
「それはアンタが知ったってどうしようもないだろ。佐倉さんが判断することだ」
「あの子はいい子だけど世間知らずだわ。悪い男に引っかかりかねない」
いや、どう考えてもその過保護さが原因だろ。
「だからアンタが判断すると?」
「そうよ。私はあの子の親友なんだから」
いよいよをもっていってることが過保護な父親だな。全く理解できねーけど。
「言いたいことはわかった。つまりアンタにとっては佐倉さんが孝平と仲良くすること自体が駄目だと」
「ええ、そうよ」
「だが、アンタが今更行動してるってことは佐倉さんが自分で判断して行動しているからだろう? それでもやめさせようとするのか」
前回二人が会った時からそれなりの時間が経っているのにもかかわらず、今回のを止められてないのがよい証拠だ。
「うっ……」
ものすごく顔を歪めて下を向いてしまった。
「あー……すまん、余計なことを言った」
触れられたくなかったのな……
「いいわよ……なんか最近距離間わかんないし……」
やっべ、完全に地雷踏んだ。
さっきまであれだけ険悪な雰囲気だったのに。
「えと……その……」
なんとかせねば……そうだ!
「い、いい考えがある。佐倉さんが自分でやりたいからアンタに相談しないで今に至ってるんだ。それを見守ってみようと思わないか?」
「……見守るって何よ。私はあの男を認める気はないわよ」
「それはアンタが孝平のことを知らないからだろ? オレはあいつの親友だ」
「だから何よ」
「オレが孝平のことを教える。それなら直接話さなくても孝平のことを知れるだろ?」
「本人じゃないと意味ないわよ。だってあんたが本当のことを言うとは限らないじゃない」
「なら佐倉さんに聞いて確かめればいい。彼女の言い分なら受け入れられるだろ?」
「……本人じゃないとわからないことだってあるでしょう」
「馬鹿にすんなよ。ちゃんとオレ達は親友なんだ。肉親を除けばオレが一番わかる自信がある。アンタだって佐倉さんのことをわかっている自負があるだろ?」
「当り前よ。幼稚園からの親友よ? 私以上に真宵のことをわかってる人なんて「わかったわかった」……むぅ」
佐倉さんが絡むととたんに必死になるのを見て笑いが漏れる。
「ふっ、なら問題ないはずだ。オレが隣で孝平のことを教えてやる。それで判断してくれたらいい。佐倉さんにも迷惑かけないし悪くない考えだと思わないか?」
「ま、真宵に迷惑……なら今日とりあえず同行しなさい。それで判断するわ」
「ああ、了解した」
「触れたりするもんなら殴って通報するから」
「こわ。そんなことやらないって」
ふう、なんとかフォローしつつ邪魔を阻止できたな。
オレは必要以上の負担を背負ってしまったが……
まあ、親友の恋路を応援するためなら仕方ない。むしろこの壁をとっぱらって援護してやろうじゃないか。
よかった、この後予定入れてなくて。
あと、なんかコイツから残念臭が漂い始めた気がする。
気品あふれるクールビューティだと思っていたんだけどなぁ。
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「さて、白石、サン?」
「なによ、あんたさん付けなんてするタイプじゃないでしょ。気持ち悪いからそのさん付けやめなさい」
「あーそう。なら呼び捨てさせてもらうわ」
佐倉さんはまだ会ったことないしさん付けのままにさせてもらうが。
「孝平のことを教えるといったがまず初めに言っておくことがある。孝平はとても良い奴だ。あの二人が出会ったきっかけは孝平を佐倉さんが助けたっていうものだったが、その立場が逆だったとしても孝平は手を差し伸べてたさ」
まあ佐倉さんみたいに消毒液とかは持ってなかっただろうが。
「随分と高評価ね」
「当然だ。むしろそんなヤツとじゃないとなかなか親友にはなれないだろ」
「まあそれには同意するわ。でも、仮に素が良かったとしても異性が絡むと男はダメになるものよ。少なくとも私の経験上ではね」
「む……」
確かに最初の時の孝平はなんか変なこと言ってたし、今後想いが暴走しないとも限らない、か。
「男は野蛮よ。見た目がいいってだけで軽薄に寄ってくるし、ちょっとでも隙を見せればそこに付け込もうとする。同じクラスとかならまだしも、ポッと出の男に真宵を渡すわけにはいかないわ」
「……」
そう語る彼女の表情は怒りに満ちていた。
なるほど、コイツの異常な過保護さや偏見は何かしらの経験から来たものなんだな。
それが何なのか、オレには一ミリたりとも踏み込む権利はないが。
孝平には気を付けるように釘を刺しとくか。
「まあ……アンタほどの美人なら言い寄る男も多いだろうな」
「ふん、そんな言葉飽きるぐらい言われてきたわ。良い反応を期待したって無駄よ」
「んなもん期待してない」
わかってますって、この現状がコイツにとって不本意であることは。
孝平と佐倉さんがいなけりゃ生まれようのない接点なんだ。
あわよくばなんて欠片も思ってねーよ。
オレは孝平のためにアンタと行動を共にするんだ。
ん、そろそろ移動するみたいだな。
「じゃ、行くか」
「あの男が変な行動をとろうとしたらすぐに引き剥がすからね」
「そんなことしないから安心しろ」
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服屋や雑貨屋の店頭を眺めながら映画館へと進む二人の後を追う。
おそらく、ああいうの可愛いとかああいうのどうかみたいな話しているのだろう。
それか、映画の後に行こうみたいな話をしているのかもな。
「やっぱ楽しそうじゃないか、二人とも」
「……そうね」
「あ、一応言っておくが、孝平は今まで恋愛経験ないからな。二人が仲よさそうなのも相性の話であって、孝平が女慣れしてるってわけじゃないぞ」
「前回を知ってるから流石にそれぐらいは予想つくわ。あの時は見てられないほどに挙動不審だったし」
コイツ最初からいたのかよ。
「あーあれね……ちゃんと見てたのな。よくあの時介入しなかったもんだ」
「あの時はあれで終わると思ってたからよ。汚したから弁償って流れは自然な流れだし、邪魔する理由もないわ」
今の状況も邪魔する理由はないと思うんだが、というのは言わないでおく。
「そしたらあの男と連絡先を交換して、次の日にメッセージが送られてきて。しかも真宵はなんか嬉しそうにしてるし。交流をやめるよう言ったら真宵に知らないって言われるし、はぁ……」
「……」
なんか愚痴って勝手に落ち込んでいるが、流石に初対面の人間にかけられる言葉なんてない。
「映画館につくぞ」
「え、あ、そう」
「……そういえば何見るか聞いてなかった。アンタは聞いてるか?」
「もちろんよ」
映画名を聞き、それのパネルを見る。
どこからどう見ても完全なる少女漫画系恋愛映画だ。
「……佐倉さん、これを男相手に二人で見に行こうって言ったのマジ?」
「ええ……マジよ」
「よくもまあ孝平も冷静でいられるもんだ」
付き合ってもない男女二人で見る映画とは到底思えないんだが……やっぱ佐倉さんの感覚はちょっとずれてる。
「――!」
二人してため息をついていると、二人がチケットを買おうとしていることに気づいたアイツがものすごい俊敏な動きで操作パネルを覗きに行った。
「はい、これ」
「あ、ああ。はい、オレの分」
「どうも」
そして二人の少し後ろの席を購入して帰ってきた。
すさまじい執念だ。
孝平達の行方を追う。
「二人はポップコーンとかを買うみたいだな」
「……なによあの男、自分で全部払おうとして。懐深いアピールなわけ?」
「いや、孝平がポップコーン食べたいって言ったんだろ。あいつが食べたいって言ったのならポップコーンセットの支払いを孝平がやるのは当然だと思うが」
「むぅ……」
おい、指摘に失敗したからって不満そうにするなし。
「真宵達入っていったわ。私達も行くわよ」
「入るのはいいが……何かないと寂しくないか?」
「別に何もいらないわよ。いいから行く……あ、イチゴ味のポップコーンだ。なにあれすごい惹かれる」
「え?」
めっちゃコイツ目をキラキラさせてるな。
イチゴ味好きなのか。
……そういえば、ハンカチの日もカフェで苺ショートケーキ頼んでた気がするな。
なんでそんなの覚えてるんだオレ。
「……買うか? 半分出すけど」
「え、いいわよ。私が食べたいんだし……あ」
「くふっ、さっきオレが言ったまんまじゃねーか。アンタも同じだな」
「うっ」
「ふふ、いいよ、半分出すから食べようぜ。ほら行こう」
「むぐぐ……」
なんだ、正直嫌なヤツと思ってたんだが、意外と根は優しいのかもな。
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「ふん、変なことしてる様子はなさそうね」
「おい、二人の様子を見るのは良いが、せっかく映画館にいてポップコーン買ってるんだ。それらも楽しまないと損だぞ」
「今日の本分は真宵とあの男の監視よ、忘れないで」
「まあまあ、ほら、イチゴ味ポップコーン食べてみようぜ」
「全く……いただきます。ん~おいしい~」
「いただきまーす。……うん、意外とうまいな」
キャラメルとはまた違ったこの甘じょっぱさ。癖になりそうだ。
次の、と手を伸ばすが、さっきに比べてポップコーンの量がやけに少ない。
「はむ、はむ、ん~。はむ、はむ」
「あ、あの? おーい」
こっちの声は聞こえていないようで、一心不乱にポップコーンを食べている。
……まあ気に入ったのならよかった、好きなだけ食べてくれ。
お隣さんがポップコーンの半分を平らげたころに映画の本編が始まった。
本編もいいけど、それまでの予告を見るのも面白いよな。
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オレ個人の映画の感想だが、ちょっと見てるのが恥ずかしくなるぐらいには少女漫画系の恋愛映画だった。
正直こんなジャンル見たことなかったけど、男だけで見るってのもちょっと恥ずかしいのに、ましてや男女二人となると……
一応オレは孝平達の様子をちらちら伺っていたんだが、案の定恥ずかしそうにしながら映画を見ていた。
でも、少女漫画風の描写だけではなくヒーローのカッコイイシーンもあり、少女漫画好きでない人にも楽しめる一面はあったと思う。
そう、なんだかんだ映画を楽しみつつもオレは一応二人の様子を見ていたんだよ。
でもお隣さんは――
「ふん、やはり男は勝手ね。こちらの気持ちなんか全然考えていないのよ」
「なんでこの男度々現れるのよ。あんな口叩くならどっか行けばいいのに」
「ああそんな! そんな事情があったなんて……」
「うぅ……彼女も彼女よ! なんで寄り添って……うぅ」
このあたりでボロ泣きし始めた。
涙をぬぐおうとハンカチを探していたが、暗さもあってすぐに見つからないようで
「お、おい。これを使え。今日一回も使ってないから」
「うぅ、ありがとう」
そしてエンディングを迎え
「よかった。二人の思いは通じたのね」
――とまあ大層映画に集中しておられました。
あーうん、楽しむのが一番だよな。
オマケ
『平常コイん! 恋のオモテとウラ』
絶賛上映中!
今日から私も高校生。花のJKとして青春を楽しむぞ~。
そう意気込んでいるとクラスメイトにはすごいイケメンがいて、こんなイケメンと学校生活を送れるなんて夢見たいって大歓喜した。
でもそのイケメンから私に吐かれたの罵倒の嵐で。
会ってもひたすら罵られるだけだから会いたくないのに同じクラスだから会っちゃうし、学校以外でも何故か会ってしまってやっぱり馬鹿にされる。
何この男、もしかしてストーカー? でもそれなら会って拒絶されるのよくわからないし、もうなんなのよ~!
あの子が幼少の時に施された封印。それの影響で俺のことは忘れてしまっている。
封印を解く鍵は俺と再び仲良くなり、とあることを思い出すこと。
だが、彼女の封印が解かれてしまえばまたあの悲劇が起きてしまう。
そんなことを許すわけにはいかない、あの子に傷ついてほしくない。
だから二度とあの子と会わなければいいと思ったのに、ならばとかの者たちは彼女に直接危害を加えようとして来ている。
もうあの子と昔の関係に戻ることはできない。でも、彼女に手を出すものは許さない。
俺があの子を守ってみせる。