第二話『見覚えのある美人』
孝平と佐倉さんがハンカチを買いに行ったその日の夜、オレは電話で孝平から恨み文句を言われていた。
『ほんと酷いよ! 見守ってくれるって話だったのに途中で帰っちゃうなんてさ!』
「いや、明らかにオレいらなかっただろ。めちゃくちゃ順調に仲良くなってたじゃんか」
『ま、まあ確かに、なんかすごい気が合った感じあったけど』
「だろ? 聞こえてた限りでは彼氏とかいなさそうだし、チャンスじゃん。これはもう行くしかないよな」
『う、うん……』
「んで、次の予定は取り付けたのか?」
『えっと……』
「流石に次の予定までは決められなかったか」
まあ、いくら気が合ったといっても、その日初めて会った人に対してそこまで積極的に行けないよな。
ましてや好きな人相手なんだし。
『で、でも連絡先は交換したよ!』
「よかった、最低限のノルマは達成だな。じゃあ早速連絡してもっと仲良くなっていこうぜ」
『で、でもいきなり話と言われても……』
「あー? なんでもいいだろ。今日楽しかったとか今日の話題に出たことについてとか。お互いの学校のこととかでもいいだろうし、話題は尽きないと思うが」
『そ、そうだけど……メッセージはメッセージですごい緊張するというか……』
「うん? らしくないな。最初だけだろそういう緊張は。その最初を乗り越えればあとはどんどん話しかけられるさ」
『が、頑張ってみる』
「おう、その意気だ。じゃ、そろそろ切るぞ」
『うん、今日は色々ありがとうね。また明日』
「また明日」
まああれだけ楽しそうにしてたんだし、人慣れしてなさそうな佐倉さんが連絡先渡したってことは少なくとも孝平のことを悪くは思ってないということだろう。
出だしは好調ってことでいいんじゃないかな。
〇▲□★
次の日の昼休み、弁当を食べるオレの前で孝平は頭を抱えていた。
「どう会話していいかわかんないよ……」
佐倉さんとのメッセージルームにはいまだに何も書かれていなかった。
「まだ言ってんのかよ。良い人そうだったし、気が合ったんだからただの世間話で十分だって」
「うー難しい」
おいおい……助けてもらってからすぐに会う約束して、その日のうちに連絡先までゲットした積極性はどこ行ったんだよ。
それができてメッセージでヘタレるのはよくわからんぜ。
いつもなら自分から話しかけに行ってるだろうに。
「難しいと思うのもわからんでもないが、メッセージ送りあって仲良くならないと次に繋がらんだろ。もうちょっとしたらGWなんだし、それまでに仲良くなって遊びに行くぐらいまで発展させようぜ」
「うっ……厳しい、んですけど」
「はぁ……」
その初々しさは見てる身からすれば面白いが、関係が疎遠になったらおしまいなんだが。
全く、仕方ねぇなぁ。
「あ、ちょ」
孝平の携帯を取り、カタカタと入力する。
「ほら、つべこべ言ってないでとりあえずなんか送れって。例えばだなぁ――」
『せっかく連絡先交換したのに昨日はメッセージ送れなくてごめん。メッセージ送るのって勇気がいるよね。ようやく送ることができたよ』
『俺の学校には学食があるんだけど、結構おいしいんだよね。今日は肉みそ炒め定食を食べたよ。佐倉さんはお昼ご飯はどうしてる?』
「――こんなもんでいいんだよ。こっから適当に話し続ければいいんだよ」
相槌しか返ってこなかったら困るが、多分それはないだろうし。
返答から情報拾って会話続ければそれだけである程度の交流にはなるだろ。
むしろあの感じだとむしろめっちゃ長文が返ってきそう。
「え゛、まさか送った?」
「おう、送ったぞ」
「うそでしょ!?」
「うそだ」
「うそかい!」
いくら親友相手でも流石に勝手にメッセージは送らんぞ?
メッセージじゃなくてメモにそう書いただけだ。
「で、送らないのか? ほんと、そんな感じでいいと思うぞ」
「う……じゃあ、使わせていただきます」
「うむ」
観念した孝平はオレの文言そのままでメッセージを送った。
ここから交流が始まればいいが「き、既読ついた!」はやっ。
女子はやっぱそういうのよく見てるもんなんだな。
「あ、あれ。既読はついたけど何も返ってこないや」
「うーん、オレの勝手な想像だが、佐倉さんは割と返信に時間をかけそうじゃないか?」
「……ぷっ、そうかも。俺も佐倉さんから返信きたとして、それに返すの時間かかりそうだし」
「なるほど、似た者同士なんだな」
行動が似通ってるのならなおさら気負いすることもない。
気楽に交流が進められそうだ。
その後、返信が来た! ど、どう返そうと慌てている孝平を眺めながら弁当を完食するのだった。
ちなみに案の定、佐倉さんからの返信はめちゃくちゃ長文だった。
〇▲□★
孝平が佐倉さんに初メッセージを送ってから3日が経過した。
「んで、その後どうなんだよ」
「なんとか会話は続いてるよ」
おお、それは何より。
量も大事かもしれんが一番は定期的にやり取りすることだからな。
「というか佐倉さんめっちゃ既読早いんだよね。携帯手元にない時とか以外はすぐ反応してくれてる」
「へぇ、マメなのかね」
「どうなんだろう。まあ返信内容は相変わらずだけどね」
孝平は苦笑いしていた。
ちょっとだけ会話内容を見せてもらう。
「こ、これは……」
うわぁ……なんかメッセージに慣れていない年配の方とやりとりしている気分だ。
絵文字とかめっちゃ使ってるし、頑張って文章考えてくれてるんだろうが……
「佐倉さんにメッセージよく使うのかとか聞いたことある?」
「ああ、あんまり使わないって言ってたね。同じ学校に通ってる友達がいるらしいんだけど、その人とは直接話すことが多いから逆にあんまりメッセージでやり取りしないんだって」
「なるほどなぁ」
やっぱ佐倉さん交友関係狭いんだな。
あのキョドり様からしてコミュニケーション得意じゃないんだろうなとは思ってたが。
「あんまりそういうところは突っついてあげるなよ?」
「わかってるよ。俺は話好きだし向こうが慣れてないってなら話しまくるだけだから!」
「おーとても第一声に悩んでた人の発言とは思えん」
「うるさいよ真人。人生最大の緊張と言っても過言じゃないレベルだったんだから仕方ないでしょ」
「ふーん? あの様はいつもの孝平と違ってて逆に面白かったわ」
孝平は本来初対面の人相手にも平気で話しかけられるヤツだからな。
オレと孝平が仲良くなるきっかけも孝平が話しかけてきてくれたからだし。
だからまさか惚れた相手だと急にコミュニケーションに難が生じるとは思わんかったぜ。
「でも直接会った時は最初以外普通に話してたろ?」
「あれは話さないといけないから頑張ってるんだよ。正直何話したとかあんまり覚えてないし」
「ほーとりあえず何か話さないと精神だったのか。それで楽しそうな会話作ってるんだから流石だよな」
「ほんと変なこと口走ってなかったみたいでよかったよ……」
「でもメッセージだと余計に考えちゃうから送れなかったと」
「そうそう。履歴に残っちゃうから会話以上に気を遣わないとだしね」
「なるほど、ちゃんと考えてるんだな」
「意外そうな顔しないでよ、失礼な!」
やべっ、顔に出てたか。
「すまんすまん」
「もうちょっと申し訳なさそうな顔してほしいんだけど。そういう時は顔に出していいんだよ?」
「いやぁ順調そうで何より「スルーしないで!?」いつ予定が立つか楽しみだ」
「いい風にまとめても誤魔化せないからな!」
その後はぎゃーぎゃー言う孝平をいなし続けた。
〇▲□★
孝平が佐倉さんとやり取りし始めてから2週間ぐらい経ったある日の夜、孝平からメッセージが届いた。
『やったよ真人! 佐倉さんと会うことになった!』
『おーよかったな。ついにデートだ!』
『デートじゃない! やめてよ!』
『(棒人間が怒っているスタンプ)』
なんだそのスタンプ、初めて見た。
佐倉さんの趣味か?
……悪くない趣味だな。
『いい感じに仲良くなれてるんだな』
『うん、好きとか抜きにしてもなんか話しやすくてさ』
この間やり取りが途切れることはなく、ずっとメッセージで交流し続けている。
最初はひたすら孝平が話を振ってそれに長文で佐倉さんが返すってのを続けていたが、最近は佐倉さんから始まる話も出てきてるらしい。
そして返信をめっちゃ頑張って一つの長文にするんじゃなくて、短く連続で返す手法を身につけていた。
前見たら長文返信がなくなっていて、見やすくなってよかったと思った半面あれはあれで面白かったからちょっと残念だったわ。
いくら行動が似通ってても趣味とかまで似ているとかはなかったようだが、孝平は聞き上手でもあるから互いが好きなことについて話すことで出かけるための理由作り自体はそこまで難しくなかったみたいだな。
しかし、なんだかんだコイツGWに間に合わせてやがる。
流石やるときはやるヤツだ。
『んで、今回は何するんだ?』
『GWの日曜日に前と同じところで映画見ようって話になってさ』
『へぇ、映画。二人で?』
『う、うん』
二人で映画、ねぇ……
なんかやってることがカップルと大差ない気がするのだが。
『それどっち提案なんだ?』
『提案は俺だけど話の流れでって感じ。俺が何か映画みたいなって話をしたら佐倉さんが気になってる映画あるって言ってさ。それで見に行く? って聞いたらOKしてくれたって感じ』
よく佐倉さんOKしたなそれ。
いくら仲良くなったとはいえ、付き合ってもない男女が休日に二人っきりで映画見に行くもんなのか?
なんか若干ずれている気がするぞ。
『なんか、あれだな。佐倉さんは人との距離感が若干独特な人って気がする』
『独特?』
『うん、ぎこちないなって思ってたら急に距離を詰めてくるみたいな』
コミュニケーションが苦手な人の特徴って感じ。
『あー言われてみればそういうことあるかも』
『やっぱりか。急にそれされたら驚いてしまうわ』
『確かに。今まではメッセージだったからあんまり意識してなかったけど』
『直接会って話するとなるとまた別だよな。ま、孝平ならなんだかんだうまく対応するんだろうけど』
『どうだろう? まあもっと仲良くなるためにも頑張るよ』
『孝平なら好きな人が何やろうがオールオッケーで受け入れてしまいそうだな』
『そ、そうかなぁ』
『(照れている棒人間のスタンプ)』
『や、今のは褒めてないぞ?』
孝平も孝平でなんかずれてるからな……やっぱ似た者同士だな。
佐倉さんと順調なのも納得できるわ。
それにしても、本当にセンスのあるスタンプだな、買おうかな。
〇▲□★
日曜日当日、オレは再び大型店舗に来ていた。
や、別に見持ってほしいとか頼まれたわけじゃないけど。
ほら、やっぱ気になるじゃん?
前回と違って1日デートなんだから二人の様子がどんなのかとか。
いや、マジでつける気はないから。最初の反応見たら退散するから!
……オレ誰に言い訳をしているんだ?
そう自問自答していると、孝平と佐倉さんが合流したのが見えた。
声は聞こえないが、孝平の所作と顔を縦横にぶるぶる振っている佐倉さんを見るに――
ごめん、早く来たつもりだったんだけど待たせちゃった?
いえ全然全然! 私もここに来たばかりでした!
ならよかった、今日の映画楽しみだね。
た、楽しみです。
映画までまだ時間あるし、お昼ご飯食べに行こうか。
い、行きましょう!
――みたいな感じかな?
相変わらず若干きょどってる佐倉さんだが、笑みは浮かべてるし孝平もリラックスできてるみたいだ。
これなら今回も心配なさそうかな。これを確認したかったんだ。
さて、いつまでも見ていては二人に悪いし、別のところに行くか……ん?
なんか二人の方をじっと見つめてる人がいる。
しかもなんかすっごいコソコソしてる。
前もこんなことあったような……?
そうだ、ハンカチの日か。
「あれ、しかも同じ人じゃね?」
一目でわかるほどの美人だったから覚えていた。
美人は記憶に残るんだな。
しかし、前回も今回も二人の方を見ているのはおかしいな。
隠れながら見てるのも怪しい。
少し近寄ってみる。
「ちょ、ちょっと。そんなに近づいていいと思ってんのあいつ」
なんか言ってる。
近づきすぎ? 二人のことか?
二人の方を見てみる。
……うん、普通の距離感だ。カップルとかじゃなければ大体あんなものだろう。
「ま、まさかそのまま行く気!? あの距離感普通じゃないわよ!?」
いや、普通じゃん、普通に歩いているだけじゃん。
なんだこの人。
「やっぱり直に話して説得しないと……」
やば、立ち上がった。マジで行く気かこの人。
「あの、ちょっといいd「ひぇあ!? ……な、なによ、今忙しいのよ!」……明らかに不審な行動をしてますが、何してるんですか?」
「……え、不審? あ、いやその……別に私は怪しい者ではなく……」
めっちゃキョドりだした。
「ちょ、ちょっと事情があるって言うか……」
美人がしどろもどろしている様を見て、さっきまで怪しいとか思ってたのになにやらほっこりとしてしまうオレであった。
これだから美人は。
オマケ
初メッセージに対する返信
「わ、返信来た!」
『メッセージ嬉しいです(にっこりマーク)(赤文字ビックリマーク)私もメッセージ送れなくてすみません。私も勇気が出ず(泣マーク)今後ともよろしくお願いいたします(笑顔マーク)さて、本日はお日柄も良く何をするにも気分が良くなる天気ですね(太陽マーク)こんな日に外でご飯を食べられたらとても気持ち良いのでしょうが、あいにく室内で食べています(不満げな顔マーク)藤本さんはお昼は学食なんですね(驚きマーク)肉みそ炒め定食美味しそうです(グッドマーク)私はお母さんが作ってくれた弁当を食べています。お母さんの弁当はおいしいですが、私もいつかは学食に挑戦してみたいです(気合顔マーク)(力こぶマーク)』
「……」
「……」