第十四話『これからのこと』
しばらく真宵と世間話に花を咲かせた。
「一昨日食べに行ったステーキなんだけど、咲希ちゃんにもおすすめできるものだったよ! 全然油が重くなかったから、あれなら咲希ちゃんでも一枚ペロッと行けると思うよ」
「へ、へぇそうなんだ。まあ真宵行ったばかりなんだし、今度また行きたいときに誘ってちょうだい」
私も一緒に食べてたとは言えないお約束。
まあ確かにあれならまた食べてみたいと思うけど、真宵がたくさん食べてるのを見ながら食べるのは胸焼けしそう……あんまり歓迎できないわね。
「そうだね。いっぱい食べちゃったからしばらくはセーブしないとだし」
「そ、そんなに食べたのね」
「うん、勉強のストレスすごかったから思いっきり食べた! 流石の藤本君も驚いてたよ」
「へ、へぇ藤本孝平が……まあそこらの男の数倍食べるものね」
「え、なんでフルネーム?」
「あの男だと有象無象の男と混ざってしまうでしょ。それぐらいは区別してあげようと思っただけよ」
いくら真宵の話だからといって鵜呑みにはできないけど、今のところ怪しい一面を見せてない以上少しはまともだと扱うしかないから。
「もう……まあこれでも進展した方かな」
「で、その藤本孝平が何よ」
「そうそう。最初はポカーンとしてたけど途中からはすごいニコニコしてくれてたよ。藤本君もおいしかったって言ってたし、ステーキ喜んでくれたみたい!」
「よ、よかったわね」
どうせ真宵を見てニヤニヤしてただけでしょう。
……まあ、あいつも真宵の食べる姿を褒めてたし、私も見てて楽しいと思うから同じだったのかもしれないけど。
というか、今日はもう藤本孝平の話はしたくないのだけど。
さっきので十分すぎるわ。
「……むぅ」
「あはは……。あ、そういえば苺を使った美味しそうなメニュー見つけたんだよね」
「今から行きましょう」
「いやいや、もう夕方過ぎてるからね!?」
ついつい長話をしてしまい、もう遅い時間になってしまった。
急いで帰ろうとしたところ晩御飯をご馳走してくれると言ってくれたため、久しぶりに真宵の家でご飯を食べさせてもらうことになった。
晩御飯を食べているときに少しだけ事情を説明した。
「ふぅん、じゃあバカ姉が何かやったんじゃなくて咲希さんが暴走してたってことなんだ。珍しい」
「そうね。本当、真宵には申し訳ないことをしたわ」
「ずっと言ってたでしょ! たまには咲希ちゃんが悪いことだってあるの!」
「今までのバカ姉の行いが悪い。あんな姿見てきてるのに今更バカ姉を信用できるわけないでしょ」
「ちょっと明凛! もう少しオブラートに包みなさい」
「それママも若干私を責めてるからね!?」
「あはは……」
「ふん、バカ姉にはもっとはっきり言わないと。ごちそうさま。咲希さん、たまには仲違いだってしたっていいんだから、そんなに気に病むことはないと思うよ。これからもバカ姉と仲良くしてあげてね」
「な、何様だー!」
「ふふ、ありがとう」
ぎゃーぎゃーと叫ぶ真宵を無視して明凛は部屋へと戻っていった。
相変わらず明凛は真宵に厳しかったわね。
「あ、咲希ちゃん。帰る前に私の部屋来てよ」
ご飯を食べ終わり、そろそろ帰ろうとしていたところで真宵の部屋に呼ばれた。
「えっと……こ、これ、仲直りの印」
「え、これって」
緊張した面持ちの真宵が何かを渡してくる。
真宵の手には見覚えのあるラッピングがされた袋があった。
袋を開けると、中から腕に抱えられるサイズのクマのぬいぐるみが顔を覗かせた。
「……」
茫然としてしまう。
じゃあ、あの日買いたかった物って私へのプレゼントだったってこと?
「一昨日藤本君と遊びに行ったって言ったけど、その時に買ったんだ。本当は一人で選びたかったんだけど自信がなくてさ。相談してた藤本君からアドバイス貰って選んだの」
「……つまり、藤本孝平の意思が入っているのかしら?」
「藤本君の名前出しただけで嫌そうにしすぎじゃない!? 違うよ、どんなものがいいかってアドバイス貰っただけで最終的には私だけで選んだんだから! ……嫌、だった?」
「ふふ、冗談よ。真宵からのプレゼントだもん。たとえ藤本孝平のアドバイスありきだとしても、なんでもうれしいわ」
『自分で持っておきたい、大事なものだったんだろ』
あいつ、わかっていたのね。
そっか、それだけ大事に私のプレゼントを選んでくれたんだ。
ぬいぐるみに顔を押し付ける。
「咲希ちゃん?」
「グスッ……流石にもう、見られたくないわ」
「! ……咲希ちゃんたらもう~♪」
真宵に抱きつかれながら、しばらく静かに涙を流した。
************
家に帰ると泣きはらして赤くなった目を見られて両親から驚かれた。
でも真宵の家でご飯を食べてきたこと、プレゼントを抱えてることから仲直りできたと察してくれてたようで、二人とも何も聞かず、良かったねとだけ言ってくれた。
お風呂に入り、色々やって落ち着いたところでベッドに腰掛ける。
真宵からもらったぬいぐるみを抱きながらメッセージを送る。
『報告をしたいのだけど、今いいかしら?』
『ああ、いつでもいいよ』
メッセージだと量が多いので電話をかける。
「もしもし?」
『あーもしもし? すまん、電話かけてくるとは思わなかった』
あいつの電話からはいろんな人の話し声などの雑音が聞こえてきた。
「……外にいるの? こんな時間なのに」
『ああ、用事があってな』
「ふーん、明日にした方がいいかしら?」
『いや、大丈夫だ。ただちょっと静かなところに移動するから待ってくれ』
あいつから再度声がかかるのを待つ。
まったく、こんな遅くまで外にいる用事って何よ。
……バイトとか?
でも高校生ってバイト禁止よね?
あいつのところはそうでもないのかしら。
『お待たせ。ここならうるさくないと思うが、問題なさそうか?』
「ええ、大丈夫よ」
『よかった、なら報告頼むわ』
「ええ。それで真宵と話した結果なんだけど、無事仲直りして親友になることができたわ」
「おお! よかったな!」
「……」
いやーよかったなとひたすら喜んでいる声が聞こえてきて驚いた。
もっと淡白な反応が返ってくると思ってたのに。
「一応、あんたは話の流れを知る権利があると思うから話しておくわ」
「え? ああ、それも話してくれるのか。わかった、聞くよ」
「まず真宵の家に行って――」
そこからあいつに真宵の家でのことを大まかに伝えた。
「――みたいな流れで仲直りすることができたわ」
『へぇ、結構ぶっちゃけたな。でも佐倉さん何も変わらなかったろ?』
「……ええ、悔しいけど全部あんたの言うとおりだったわ」
『……ふふん、オレの親友観は間違ってなかっただろ?』
「遺憾だけどね」
『おい、うまくいったんだから認めろよ』
「認めてるじゃない。気に食わないだけで」
『そ、そうか……』
「ふん。……ええと、その」
こいつには言わなければいけないことがある。
今まで、私はこいつに対していろいろやってきたんだから。
……でも、なかなか口に出せない。
「どうしたよ」
「え、えと……そういえば! あんた本当に何も知らなかったんでしょうね?」
『えっと、何のことだ?』
「プレゼントのことよ。今日の最後に真宵が私にプレゼントしてくれたの。あの日買ったやつだったわ」
『おーやっぱそうだったのか。いや、マジで知らなかったよ。でももしかしたらその可能性があるかなって』
「にしては自信ありげだったけど」
『そうだったらいいなって思っただけだ』
「くっ、得意げそうな表情してるのが目に浮かぶわ……」
『おう、今めっちゃドヤ顔してるぞ』
「くぅぅ」
ぬいぐるみを抱く力を強める。
ムカつく!
でも全部こいつの言うとおりだったから何も否定できないのがもっとムカつく。
……違う、こんなことを言いたいんじゃない。
もっと他に言いたいことが――
『佐倉さんと仲直りしたことだし、じゃあこれで契約関係は解消かね』
「え?」
『まだ孝平のことを認めていないのは残念だが』
「当然よ、まだ藤本孝平のことを信じられていないわよ」
『ふ、フルネーム……? まあいいや。これからは佐倉さんからちゃんと話聞けるだろ? いちいち探らなくてよくなったし、佐倉さんが嫌がってたらとめるし嫌がってなかったらとめないってことでいいと思うが』
「ま、まあそれはそうね……」
『だろ?』
確かに私の考えを知った真宵は少なくとも今までよりかは藤本孝平のことを注意しながら接するだろうし、別にこいつがいなくても一人で尾行して、何かあれば間にはいればいい。
わざわざこいつと一緒に行動し、いちいち藤本孝平のことを聞かなくても私だけで判断すれば……
……
「ダメよ」
『え?』
「何勝手に契約解消しようとしてるのよ、依頼主は私であんたは受注者よ? 受注者から契約関係を破棄するなんて許されるわけないでしょ」
『いやまあそうだが、オレといるの不快なんだろ? 無理しなくても……」
「物事を判断するための情報は多い方がいいわ。私一人で判断した結果間違っていて、真宵から嫌われたらどうしてくれるつもり?」
『んーそれは確かに』
「真宵のためならどんなことでもするって言ったはずよ」
そうよ、私の判断が正しいわけではないことは今回のでよく思い知ったじゃない。
少しでもまた真宵からの心象を悪くしないためにもこいつの存在は許容しないといけないわ。
それに、今ここで関係を解消したらこいつから受けた辱めやイライラを晴らすことができないじゃない!
それこそ認められないわ。
「やることは今までと一切変わらないわ。今後もあの二人が遊びに行くときは一緒に見守って藤本孝平の行動についてあんたが説明するの。いいわね?」
『へいへい……』
「ふん。とりあえず報告はこんな感じよ」
本番はこれから、こいつにはまだ言いたいことが――
『そうか、こんなに詳しく話してくれるなんて思っていなかった。おかげでモヤモヤすることはなさそうだ、ありがとうな』
「……なんで、先に言うのよ」
ぬいぐるみを抱く力がより強くなる。
『はい?』
「なんでさっきから言うタイミングを計っている私を差し置いてさらっと先に言うのって言ったの!」
『え、えーと?』
こいつのおかげで真宵と仲直りするきっかけを作ることが出来た。
本音をぶつけるべきということを知れた。
今日真宵に謝ることができた。
こいつには大きすぎる感謝があるはずなのになかなかそれを言えなくて。
でもこいつは簡単に私が言えなかった言葉を言ってきて。
本当にムカつくんだから!
「……あんたがいなければ私はずっと真宵の行動を否定するだけだったわ。あんたがいなければ今日真宵と仲直りなんて絶対できなかったし、なんなら真宵ともう仲良くできなかったかもしれない。……あんたは恩人よ」
『あーオレはそんなつもりじゃなかったから別に「だから!」お、おう』
「……ありがとう。本当にありがとう。あんたにはとても感謝しているわ」
『……』
「なによ、何か言いなさいよ」
『いやぁ……ククッ。アンタ、お礼言えるんだなって』
「ちょっとそれどういう意味よ! 私がお礼も言えない女とでも思ってたわけ?」
『ぷくく……い、いや、そんなことは』
「笑ってんじゃないわよ!」
もう~!!!
ぬいぐるみを抱く力がさらに強まる。
『ハハハ! ……はぁ、おもしろ。マジな話、アンタから初めてお礼言われたからな?』
「うっ……確かに言った記憶はないわ」
『だろ? 何回か会ってんのに一度も聞いたことなかったのを今急に言われたんだ。そりゃあ面白いだろ、ははっ』
「むぐぐ……!」
『どういたしまして。でもそのきっかけをものにしたのはアンタだ。お疲れさん』
「なによ、かっこつけちゃって」
『男はいつでもかっこつけたい生物なんだよ』
「キモ、何言ってんだか。……あと、一昨日のビンタのこと謝れてなかった。ごめんなさい」
『あーそれに関しては謝らなくていい。明らかにオレの言葉が悪かったしな』
「でも『いいんだって、たかがビンタぐらいで目くじら立てねーよ』……それでもごめんなさい」
『はいはい』
「……ふぅ」
ようやく、言いたいことを言うことが出来た。
その達成感に思わず息が漏れる。
『その様子だと、今の二つが言うタイミングを計ってたってやつか。もっとフランクに言ってくれても良かったんだぞ』
「ぐっ、軽薄なあんたと一緒にしないでくれる? 私はちゃんと思いを込めて言ってるの。そんな簡単に軽々しく言えないわよ」
『ふーん? そんなに重い思いを伝えてくれたのか。そりゃあこっちも感謝しないとな。ありがとうな』
「っ~~~!!! もういい! これで話は終わりよ! 切るからね!」
『おう、おやすみ』
「おやすみ!」
通話終了のボタンを連打し、ベッドに倒れこんだ。
全く、あいつと話してるとペースが乱される。
こんなの真宵相手にも感じたことないし、胸糞悪い今までの男達にも感じたことがなかった。
こんな私誰にも見せたことないのに。
ほんと、ムカつく。
……
『あんた、橘真人って言ったわよね』
『おう、それがどうした』
『何でもないわ、確認しただけ』
『(男の子が敬礼しているポーズのスタンプ)』
橘、か。
+====→
電話が切れたのを確認して画面を切る。
ふぅ、まさか電話で話すことになるとは思わなかったな。
なんだかんだ一時間。
孝平以外でこんなに話すのは初めてだ。
にしてもアイツの行動力はすごいよな。
いくら一昨日オレがキレたとは言え、その二日後にもう行動に移すなんて。
オレにはそんなことできないわ。
携帯が震える。
……?
俺の名前を確認して何がしたかったんだ?
ま、まあいいか。
お礼と謝罪を言ってくれたし、佐倉さんのことが解決して心に余裕が出たってことなのかね。
ってことは今後のアイツが本来の姿ってことになるのか。
まあ孝平が好きになった佐倉さんの親友なんだ、アイツもきっと根は良い人なんだろう。
できれば早めに孝平のことを認めてほしいものだが……まあ過去の経験ってのは根強いよな。
少しずつ孝平が過去に出会った男とは違うと理解していってほしいものだ。
さて――
「――あ、もう営業時間過ぎてる」
そりゃあ一時間も話してたらそんな時間になるか。
荷物持ってきておいてよかった。
……じゃあ戻るか。
空を見上げる。
別にオレが仲直りしたとかではないけど、なぜか気分がよく、夜空もいつもよりきれいに見えた。
オマケ
頑張れクマ君
「えっと……こ、これ、仲直りの印」
「(どうも、クマ君ですわ。うっひょ、美人な嬢ちゃんやで)」
「グスッ……流石にもう、見られたくないわ」
「(背中冷た!? まあ美人の涙と思えば)」
お風呂上り
「(ええ匂いやなぁ。ほんま役得ですわ)」
抱きしめレベル1
「くぅぅ」
「(む、情熱的なハグやなぁ。まあ密着度上がるからええんやけど)」
抱きしめレベル2
「……なんで、先に言うのよ」
「(ちょ、ちょっと痛いんやけど。いくら嬢ちゃんでもこれは流石に。もうちょっと優しく扱ってや)」
抱きしめレベル3
「笑ってんじゃないわよ!」
「(ぎ、ギブ! ギブです、ほんま堪忍して! 中身出ちゃうから!)」
「(た、助けて~!)」




