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第十三話『私は咲希ちゃんのお人形ではないんだよ?』

「――そんな感じでそこから逃げることができたってわけ」

「……咲希ちゃんってほんとすごいんだねぇ」

「でも、しばらく走り続けて安全そうなところまで逃げれた後、その場にへたり込んで動けなくなってしまったわ。情けないけどね」


あのままだったら殴られていた、もしかしたらそれ以上のことも。

その実感が湧いてきて、震えが止まらなかった。


「情けなくなんてないよ! そんなの当り前だよ!」

「ありがとう。大体これが私が男嫌いになった具体的な経緯よ」

「しつこく言い寄られてたとかは聞いてたけど、そんな暴力沙汰まであったんだ……ごめんね、気づいてあげられなくて」

「私が言わなかったんだから仕方がないわよ

「うん……」

「その件の後しばらくはすごい周囲を警戒してたけど、真宵には伝わらないようにしてたからね」


それからは呼び出しに応じる気はなかったし、人気のない場所に移動しないようにも心掛けていた。


「先生とか家族とか、そういう大人には相談しなかったの? 確かに私に話しても何もできなかったと思うけど、大人なら別でしょ?」

「確かに相談するべきだったと思うわ。でも一年生残り一ヶ月ぐらいだったから先生には相談しづらいし、親に相談するにしても結局学校を経由することになる。タイミングが少し悪いからもう一度何かない限りは黙っておこうかなって」

「じゃあ何もなかったってこと?」

「そうなのよ」


コケにされた復讐とかもっと大人数で迫られるとか何かあると思っていた。

だからこそ最大限の警戒をしていたのに、意外にもその後誰からも呼び出されなかったし、他の柄に悪い男どもに絡まれるということもなかった。


「一年生が終わった時も内心心配だったわ。春休みが終わった後、二年生になってからもこういうことが起きたらどうしようと。でも、なぜか知らないけどその後そういうことは一切なかった。普通に告白が何度かあっただけね。なぜか不良と言われてた男達がおとなしくなったのよ」

「へぇ? なんでだろうね」

「喧嘩でボロボロにされたとか警察に捕まったとか噂されてたけど定かではないわ。とりあえずそういう連中がおとなしくなったことでその後は平穏に過ごせたと思うわ。でも、その一年をなかったことにするには色々とありすぎたと思うわ……」


その一年をなかったことにするには、受けたものが大きすぎた。


「咲希ちゃん……」

「何の言い訳にもならないと思うけど、私はこんな思いを真宵にしてほしくなかった。万が一にでも私が出会ってきたような男に当たって真宵が傷ついたり心を折られたりするかもしれないと思うと耐えられなかった。だから私は真宵を止め続けたのよ」


……確かに藤本という男はまだ何もしていない。

監視している中では真宵を傷つけそうな素振りは見えなかったし、あいつからも真宵からも危険そうなことは言われていない。


それでも、信じることができない。


「そっか。ありがとう、話してくれて」

「ごめんなさい、聞いてて不快だったわよね」

「ううん、大丈夫。わかってるつもりでいたんだけど、全然咲希ちゃんのことわかってなかったね。それに関してはごめんなさい」

「いや、真宵は謝らなくても……」

「いいや、ごめんなさいだよ。一番咲希ちゃんと関わってきた私が気づいてあげないといけなかった」

「真宵……」

「でも、謝るのはそれについてだけだよ。咲希ちゃんの事情は分かったけど、それでも私から言いたいことがあるの」

「……」


唾を飲み込もうとして喉がカラカラになっていることに気づく。

一旦お茶を飲んで喉を潤わせる。


私がお茶を置いたのを見て真宵は話し始めた。


「……私ね、さっきも言ったけどとても悲しかったの。いくら男嫌いの咲希ちゃんでも、藤本君ほどの良い人であればすぐに認めてくれると思ってた。確かに咲希ちゃんの男嫌いは私が思ってたよりも深かった。でも、それでも私が大丈夫って言えば咲希ちゃんも安心してくれると思っていたの」

「でも、咲希ちゃんはいくら私が言ってもまったく聞いてくれなかったよね。私が藤本君の話を出すたびにそんな男との交流はすぐにやめなさいって。メッセージすら送らないように言われたときは本当にびっくりしたよ。いくら咲希ちゃんでもそんな部分まで干渉されると思ってなかったから」

「干渉……」

「確かに中学生までの私は咲希ちゃんがいないと何もできなかったよ? 先生とか店員さんとかにも咲希ちゃん介さないと話せないし、咲希ちゃんがいないときに話さないといけないときはぷるぷる震えて話せなかった。勉強だって質問できないから沙希ちゃんに聞くしかないし、頭の良さ的にも咲希ちゃんがいないと今の高校には入れてなかっただろうね。……あれ、ほんと日常生活含めて咲希ちゃんがいないとどうしようもなかったな、私」


ま、真宵……


「そ、そんな残念なものを見る目をしないで! 今は大事な話なの!」


ご、ごめんなさい。


「コホン。そ、そんな私だったわけだけど、高校生になって成長して藤本君と出会って勇気を出せるようになったんだよ」

「……」

「咲希ちゃんはそんな私に気づいてくれなかったけどね」

「……返す言葉がないわ」


うぅ、真宵のジト目をまっすぐ見られない……


「私ね、咲希ちゃんに認めてもらえなかったって話、お母さん達にしてたんだ」

「え、そうなの?」

「そう。でもお母さん達はもっとちゃんと咲希ちゃんと話しなさいっていうだけだった。全然私に同情してくれなかったよ。……まあ中学までの私を見てればそりゃあ咲希ちゃんの肩持つよね」


じゃあ多分真宵の家族だけじゃなくて私の両親にも事情の一部ぐらいは伝わっていたのね。

前ダメ元で真宵の行先聞いて知ってたのびっくりしたけど、私と真宵の仲を取り持つためになにかしら動いてくれてたってことなのかな。


「おかげで相談できる人は当の本人である藤本君だけ。まあそのおかげで仲良くなれたと思うけどね」

「ぐっ」


ま、まさか逆効果になって二人の仲を深める要因になってただなんて……


「藤本君と話せば話すほどもっと仲良くなりたいと思った。咲希ちゃんに認めてもらいたかった。でも、咲希ちゃんは聞く耳を持っていなかったから話す気にもなれなかった。今回の件で私、今後もずっと私のすることすべてに口出しされて咲希ちゃんの思うがままに過ごしていくことになるのかなって、そう考えるようになったの」

「え」

「中学の時はそれでよかったし、実際そうだった。でも、藤本君と初めて会った時、藤本君に手を差し伸ばすことができた時、私は自分の中の一線を越えることができたの。自分で一歩踏み出すことの大事さを理解できたような気がするの」


真宵の口は止まらない。


「でも、咲希ちゃんは藤本君の存在にばかり目が行って私の成長に気づかないばかりかその大事な一歩をなかったことにしようとした。ねぇ咲希ちゃん。咲希ちゃんは私のすべてを管理したいと思ってるの? 私が誰と仲良くなって、何をして、何になるのかを全部自分の意のままにしたいと思ってるの?」

「ち、ちが……」

「じゃあなんであの時全然私の話を聞いてくれなかったの? 私が咲希ちゃんの思うように行動していなかったからでしょ? ねぇ咲希ちゃん。私は咲希ちゃんのお人形ではないんだよ?」

「っ!」

「私にだって意思がある。今までは咲希ちゃん主導じゃないとそれを表に出せなかったけど、今の私は昔とは違う。咲希ちゃんはそんな私は認められない? 今までのような私じゃないとダメ?」

「違う!」


視界がにじむ。


「!」

「私にとって真宵は真宵よ! 私の思い通りとかそういうのじゃない、真宵だから大好きだし、ずっと傍にいたいと思っている!」


涙が頬を流れるのなんか気にしない。

今はただ叫ぶ。


「確かに最近は私のエゴを押し付けようとするだけだった! でも、それも元は真宵への心配があってのことで真宵を束縛しようとも強制しようともしたわけじゃない! ただ、真宵があの男のせいで笑えなくなったらと思っての行動だった。それが一番真宵にとっての幸せになると、本気でそう思っていたの……」

「咲希ちゃん……」

「でも、それは間違いだった。私の行為は真宵の成長を邪魔するものでしかなかった。私に指摘した人が言ってたわ、私と真宵は親友じゃなかったって。姉と妹のような関係だったって」

「……うん、そうかも」

「私と真宵は親友よりももっと近しい関係でいたの。でもそのせいで見えるものも見えていなかったんだと思う。別にお人形とかだと思ってたわけじゃない、意思がないとも思っていない。でも、真宵は私の背中にくっついていて、私が道を示さないと進むこともできない子だと思っていたわ。それはこれからも続くって」

「でも、そうじゃないのよね。真宵は自分で道を選べるようになった「うっ」……選べるようになろうとしている。それに気づけなかった私じゃ頼りないと思うけど、成長した真宵とも今までと同じように仲良くしていきたいと思っているわ」

「その、この件の中で何度も幻滅させてしまったと思う。真宵からの心象はとても悪かっただろうし、情けない姿も見せたと思うわ」

「まあ、そうだね」

「うぅ」


ちょっとぐらいオブラートに包んでくれてもいいのに。


「と、とにかくこんな頼りない私では真宵の姉的存在なんて名乗れないわ。真宵と姉と妹のような関係ではいられないと思う」

「え」

「でも! こんな頼りない、情けない私でもあなたと親友になることができると思うの!」

「咲希ちゃん」

「だ、だから……これからは親友として真宵と仲良くしていきたいの。……ダメ、かな?」


真宵が顔をうつむける。


何も話してくれない、場が沈黙に支配される。


ダメか、と視線をそらしそうになった時に真宵が顔をあげた。

その表情は笑顔だった。


「うん、いいよ」

「ほ、本当!?」

「何度も幻滅したし何度も咲希ちゃんのことをいやに思った。でも嫌いにはなれなかった。やっぱり私は咲希ちゃんのことが大好きだよ」

「!」

「だからこれから、またよろしくね」


そう言う真宵はしばらく私に向けてくれなかった満面の笑みを浮かべていた。


「ま、まよい~!」

「わわ」

「本当に、本当にごめんね~!」

「もう、そんなに泣かないでよ」

「大好きだからね! 真宵のこと嫌いなんかじゃないからね!」

「うん、私もだから、大丈夫大丈夫」

「うぅぅ……」


真宵は縋りつく私の頭を優しく撫でてくれた。

そんな真宵の目からも涙がこぼれていた。



************



「落ち着いた?」

「え、ええ……恥ずかしいところを見せたわね」

「咲希ちゃんがこんな感じで泣いてるところ見るのなんて幼稚園以来かも。ほんと、今までの咲希ちゃんのイメージが全部崩れちゃった」


ひたすら恥ずかしい。

真宵が嫌そうにしていないのが救いだ。


「これだけずっと一緒にいるのに、お互い全然知らない一面があるんだね」

「そうね。別に隠していたつもりはなかったけど、真宵の前ではいつも以上にしっかりしようとしててちょっと取り繕ってたんだと思う」

「私の場合はいきなりすぎたんだろうね。まあ話聞いてくれればよかっただけだけど」

「うぅ」

「でも、これからはお互いの一面を知ったうえで仲良くすることができる。まさしく雨降って地固まるだね!」

「あら、難しい言葉知ってるわね」

「馬鹿にしすぎじゃないかな!? そういうところも含めて成長したんだよ!」


ものすごい得意げにしてるけど、それ高校生が威張れる言葉ではないわよ。


「精神面はそうかもだけど、勉学面はそうでもないと思うんだけど。前のテスト、酷かったわよね?」

「……」

「はい、目をそらさない」

「うぅ……」

「私のせいって目で見ないでよ、それはちょっと話が違うわ。次はちゃんと教えてあげるから」

「そうそう、ちゃんと教えてよね!」

「全くもう……」


久しぶりにいつもの調子の良い真宵が戻ってきた。

すぐ調子に乗るし馬鹿っぽいけど可愛くて憎めない子、それが真宵なんだから。


親友ならどんな姿でも受け入れてくれる、か。

全部あいつの言うとおりだったわね。


「そういえば咲希ちゃんに指摘したって人誰だったの? 私の知ってる人?」

「ご、ゴホン!」

「さ、咲希ちゃん?」


あいつのことを思い出していた時だったから思わずむせてしまった。


「いや、知らないと思うわ。うちの学校の生徒ではないから」

「え、なんでそんな人に? 事情を知っててかつそれを指摘できるほどの仲の人なのに私知らないの?」

「仲なんてよくないわよ」


あいつとはただの契約関係よ。


「ど、どういうこと……?」


ひたすら混乱させてしまっているけど、流石にあいつの存在を正直に明かすわけにはいかない。

そのままずるずると監視までばれる可能性がある。


「……ごめんなさい、真宵には教えられないわ。私が話したくないの、ごめんなさい」

「ふぅん……まあ咲希ちゃんにもそういうことあるよね。仕方がないとしてあげよう」


調子が完全に戻ったわね。

話しててちょっとイラっとするこの感じ、なんだか懐かしい。


「というか真宵、さっきは口挟めなかったから言わなかったんだけど」

「なに?」

「高校に入ってから成長したって言ってたけど、あなた高校に入って二週間、いくら私が間に入ってもクラスメイトとうまく話せなかったじゃない」

「……」

「せっかく料理部に入ったのに、料理することばかりに気を取られて他の部員とは全然話そうとしないし」

「うっ」

「その藤本君とやらと仲良くしたいと思ったってところ以外あなたの成長を感じられる部分がないというか「ちょ、ちょっと!」なに?」

「な、なんでさっきまであんなに謝ったり泣いたりしてたのに、こんなすぐ私が責められる立場に変わってるのかな!? おかしくない?」

「それは反論の余地があるってことよね? 真宵の言い分聞きたいわ」

「……知らないもーん」

「こら、ちゃんとこっちを見なさい」


都合が悪くなるとすぐに目をそらしてだんまりを決め込む。

そんな本来の真宵の姿を見て、いつもの日常が戻ってきたんだと安心して笑うのだった。



オマケ


料理部にて。


「……(真剣に野菜を切っている)」

「佐倉さん」

「……(野菜以外何も入ってきていない)」

「さ、佐倉さーん?」

「ちょっと真宵、呼ばれているわよ」

「ひゃい!?」

「えっと、うまく切れてないみたいだけど、そこをこうした方が――」

「え、その、あの、だ、大丈夫です!」

「は、はい?」

「どこが大丈夫なのよ……ちゃんと聞きなさい。ごめんなさい、お願いします」

「あ、うん。そうじゃなくてここに手を添えて――」

「あわわわわ」

「え、なんで逃げるの」

「……はぁ」


佐倉さんは食べるのは得意だが作るのは苦手。

でも教えようと近づくと逃げる。

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