第十二話『何故男を嫌うのか』
「あの時、こんなやり取りをしたわよね――」
≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈
「おはよう!」
「あら真宵、ギリギリね。日直だったから私一人で早くに行ったけど、やっぱり早起きしてもらうべき「咲希ちゃん!」な、なに?」
「今日ね! 私知らない人と話すことができたよ!」
「え、し、知らない人? なんでそんなことに」
「あ、話したいけど時間ないから後で話すね!」
「そ、そう……」
朝からあんなにテンション高い真宵見るの久しぶりだったからほんと大困惑だったわ。
そのぐらい話したくて話したくて仕方がなかったんだよ。授業中とかずっとそわそわしてたんだから。
「朝言ってたことなんだけどね」
「ええ、知らない人と話したって話よね」
「うん、実は――」
「――っていうことがあってね!」
「ふーん、やっぱり真宵は優しいわね。そういう人に手を差し伸ばせるところ、尊敬するわ」
「えへへ、ありがとう」
「でも、全然まともに話せてるようには感じられないんだけど」
「い、いいの! 伝わってたし相手の男の人も引いたりしてなかったんだから」
「ふぅん、男がねぇ」
「多分あの人は咲希ちゃんが思う男の人とは違うよ! 明らかに飛び出してきた小学生が悪いのに、その人は嫌そうな顔とか一切見せず、自分よりも小学生の身を心配してたんだよ。私、すごいなと思っちゃった。だから助けたいって思えたんだと思う」
「……随分高評価じゃない」
「しかも手当の時汚れちゃったハンカチを弁償してくれるって言ってくれたんだよ。ほんと、他の人のことばかり気を遣えててすごいよね!」
「そ、そう……ってハンカチ? もしかしてそれ私がプレゼントしたやつ?」
「え、うん。小学生の時にくれたんだっけ。咲希ちゃんにはちょっと申し訳ないけど、人助けに使ったんだから後悔は「ちょ、ちょっと!」どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ! 小学生の時とは言えちゃんと私の想いを込めているものなのよ。それの代わりを男が用意するなんて冗談じゃないわ!」
「え……」
「私が新しいのプレゼントするから、男に弁償してもらうのはやめなさい」
「そ、そんなこと言われても、もう約束しちゃったし」
「約束? ……まさか一緒に買いに行くとか言わないわよね?」
「きょ、今日買いに行くつもり「うそでしょ!?」だ、けど……」
「私いつも言ってるわよね? 男と二人っきりになるなって。ましてや今日初めて会った男? あり得ないわ! もしかしたら今日あなたが見た一瞬は良い人かのように見えたかもしれないけど、二人っきりになった瞬間なにされるかわからないわ。どうせ真宵にひどいことしようとするだけよ」
「……」
「今日って言ったわね。何時の予定? 一緒に行ってあげるからその男との約束は断って私と新しいハンカチ買いに行きましょ」
「……」
「真宵、聞いてるの?」
「……知らない」
「え?」
「そんなひどいことばかり言う咲希ちゃんなんて知らない!」
「え、真宵? ちょっと!」
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「――思い返してみれば、私はあなたが知らない人と話せたこととか、二人っきりになろうとする意志を持ったこととか、本来は褒めるべき部分すら無視してあなたが助けた人のことを否定したのね」
「そうだよ。私としては大進歩だったのに、全然褒めてくれないばかりか藤本君のこと罵倒してさ。私の話聞いただけで咲希ちゃんからすれば全く知らない人なのに」
「そうね、本当に申し訳ないわ……」
「あの後も藤本君の良いところ伝えようとしてもさ――」
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結局放課後に真宵とその男が会うのを止められなかった次の日。
「おはよう真宵。ハンカチは無事に買えた? 何もされなかった? なんで昨日はメッセージ返してくれなかったのよ」
「……そんな気分じゃなかったの」
「やっぱり何かされたのね。……やっぱりあの距離では無理があったか」
「そうじゃないよ! あのね、咲希ちゃんの男嫌いは知ってるけど、藤本君はそんな人じゃないの!」
「……藤本」
「うん、昨日の人の名前。藤本君はね、二人っきりになっても優しかったよ。私がどんなに噛んだりどもったりしても笑わないで私の話をゆっくり聞いてくれた。どんなに私が目をそらしても諦めずに目をあわせようとしてくれた。あんなに私に向き合おうとしてくれたの、咲希ちゃん以外じゃ初めてだったよ」
「……」
「藤本君とは昨日初めて会ったけど、そうとは感じないぐらい藤本君とのお話は楽しかった。私、藤本君みたいな人となら友達になれそうって思ったの」
「と、友達?」
「うん。今までは作ろうとしても勇気が出なくて尻込みしてたけど、今回は違う。本当に心の底から藤本君と友達になりたいって思えたの。大丈夫だよ、藤本君は咲希ちゃんが心配しているようなことはし「ダメよ!」え……?」
「そんなの危険すぎるわ! なんでよりによって他校の男なのよ、そいつのことなんで全然わからないじゃない! たかが昨日会っただけよ? そんな短い間なんて簡単に取り繕えるわ。どうせ最初だけいい顔して後で豹変するのよ」
「咲希ちゃん……」
「お願いだからそんなのと友達になるのはやめておきなさい。せっかく高校に入って心機一転できるんだからこの高校で作りましょう? 私も精一杯サポートするから、そんなどこの馬の骨とも知らない男とは関係を切って「咲希ちゃん!!!」――!」
「……ねぇ、なんでそんなことが言えるの? なんで、私の言い分を信じてくれないの?」
「そんな、信じてないなんて」
「信じてないよ。……もういい。どうせ咲希ちゃんに何言っても信じてくれないんだろうから」
「ま、真宵?」
「咲希ちゃんの言うことなんて聞かない。私は藤本君と勝手に友達になる」
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「――ほんと、頑固すぎるよ。その後だって何度か藤本君は危険じゃないって言ったけど全然聞いてくれなかったし」
「そう、だったわね」
ずっと真宵からその男を遠ざけることしか考えていなかった。
その男のことなんて一つも聞いてなかったし、聞きたくもなかった。
「だから、流石に咲希ちゃんのことが嫌になったよ」
「う……本当にごめんなさい」
「うん。それで、咲希ちゃんはどういう思いで私にああ言い続けてたの?」
一度息を吐く。
「知っての通り、私は男が嫌いよ。近寄られる程度ならいいけど、話しかけられるだけである程度不快に感じるぐらいには嫌いだわ」
「中学生の頃に色々あったってのが大体の原因だよね。咲希ちゃん何があったかあんまり話してくれなかったけど」
中学の時に私が経験したこと。
真宵にも誰にも話すつもりなんてなかったのに、あいつにはその一部を漏らしてしまったから。
なら、真宵に黙っているわけにはいかない。
「……そう、今それを話したいの。いい?」
「うん、前から聞きたかった」
「真宵に嫌な思いしてほしくなくて具体的に話したことはなかったんだけど――」
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「白石さん好きです、付き合ってください!」
入学して一ヶ月ぐらいの時だったかな、最初はそんなただの告白だったわね。
ほんと咲希ちゃんモテモテだったよね。告白されたって何回聞いたことか。
「え、えっと……気持ちはうれしいけど、ごめんなさい」
でも、最初も含めて全部断ったわ。
元から咲希ちゃんあんまり男の人好きじゃなかったもんね。
そう、ここら一帯のふざけた決まりもあって男は少し苦手だったわ。昔から不躾な視線を浴びてきたし。
「白石さん、君の走る姿に惚れた! 俺と付き合ってほしい!」
「ご、ごめんなさい。先輩のことは尊敬する部活の先輩としか見ていないので……」
「そ、そんな。俺県大会で優勝とかしてるよ?」
「それはすごいと思います。でもそれとこれは違うので」
陸上部の先輩からも告白されて、正直部活がやりづらかった記憶もあるわ。
確か当時のキャプテンだったよね、ものすごく足速かった人。
ええ、でも足が速くても遅くても関係ないわよ。私はただ走るのが好きだっただけだし。
「白石さんって彼氏いないんだよね? なんで作らないの?」
何度か告白を断ったところで軽薄に話しかけられるようになった。
昔は今ほど厳しくなかったもんね。
そう、昔は丁寧に断っていたから向こうのダメージも少なかったと思うわ。でも、断ってばかりだったからチャラチャラしている男に目を付けられ始めた。
「えっと、彼氏いるのが当たり前ではないと思うのですが」
「えー、それもったいなくない? 今まで彼氏いたことないんでしょ?」
「そうですが、それは私が作りたくないからです」
「なら俺と付き合ってみようよ! 色々楽しませてあげるからさ!」
「い、いえ遠慮しておきます。先輩とか関係なく誰とも付き合う気ありませんので……」
「……ふーん」
ちゃんと誰とも付き合う気はないって断言してたんだけどね。結局その後も続いたわ。
それってまだ一年生の頃の話だよね。
ええ、というか全部一年生の時の話よ。二年生からは何も知らない後輩から告白されるぐらいだったわ。
「ねぇ白石さん。君っていつも同じ女の子といるよね。えっと、佐倉さん……だっけ? なんであんな暗い女の子と一緒にいるの?」
「……なんでと言われても真宵とは昔からの親友だからです。あと暗いとか言わないでください。真宵は人見知りが激しいだけです」
「ふぅん。でも俺にはその子と白石さんは似合っていないと思うなぁ。もっと白石さんは明るい人達と絡むべきだよ。俺みたいなね」
「……は?」
「やっぱり環境って大事だと思うんだよね。せっかく白石さんすごい可愛いのに一緒にいるのが暗くて芋っぽい子だと白石さんの評価が落ちるばかりだよ。だから「失礼します!」……だめか」
……初めて聞いた。
ええ、一年生の後半はずっとこんな感じだったわ。でもこれを真宵に聞かせたくはなかった。
確かにその頃は髪も長かったし、暗くて芋っぽかったと思うけどね。
それは今思えばって話でしょ? あの頃の自信なさげだった真宵に聞かせてたら相当落ち込んでたと思うわ。
それはそうだね。
でしょ? この辺から私の対応も変わり始めたわ。寄ってくる男から出てくる言葉に真宵のことが入り始めたから。
「白石、お前本当は佐倉と一緒にいたくないのに、親の言いつけで仕方なく佐倉と一緒にいるって本当か? 困ってるなら俺が力になるけど」
「は? 誰がそんなことを」
「い、いや聞いただけなんだけど、本当なら佐倉から離れられるように「ふざけないで」ひっ」
「私が無理して真宵と一緒にいるですって? 冗談じゃないわ! 何よ聞いた話って。普段の私達見てれば私が無理してるなんて思えるわけないと思うけど? なんで親が見てない学校で休み時間まで一緒にいるのよ、おかしいと思わないの?」
「い、いやだから俺はそういう話を聞いただけだって」
「あなたは聞いたことすべて信じるわけ?」
「そ、そういうわけじゃないけど、ただ俺は白石が心配だなーって思って」
「心配なんて余計なお世話よ! ちょっとは自分の目で判断することもできないの? あなたのような頭の悪い人断固拒否させてもらうわ」
……そんなこと言われてたんだ、私。
当然そんなわけがないわ。でもそれを聞いて万が一無理してるとでも思われたらと思って話さなかったの。
家族にはそれ言わなかったの?
言わないわよ、学校のことを家庭に持ち込んだって仕方がないわ。別に私に言われているだけだし、そういう噂が流れていても真宵自身には何もなかったでしょう?
確かに、虐めとかはなかったね。
だから話しても仕方がなかったのよ。結局それが真宵にも伝わって真宵が落ち込むだけ。ただただ余計よ。
「ね、ねぇ白石さん。君って僕のことが好きなんだよね? 僕も君のことが好きだよ、付き合おうよ」
「……はい? なんでそんなことになったの?」
「だって君、授業中に僕の消しゴム拾ってくれたじゃない。しかも渡すとき笑ってくれた。プリントだって笑って渡してくれた。それって僕のことを好きな証拠だよね?」
「いや、それだけで好きだとか思われても困るんだけど……」
「そ、そんな! 君って佐倉さんなんかと仲いいんだから暗くてもさっとしてる人が好きってことじゃないの? 佐倉さんがいいなら僕のことも好きになってくれると思ったのに! なんで僕と付き合って「うるさい」うっ……」
「……キモ、ちょっと笑っただけでそんな勘違いするとか、頭おかしいんじゃないの?」
「ぇ、ぇと……」
「ほんと気持ち悪い。人のこと貶すようなあんたを好きになる人がいるとでも? あんた生きてない方が人のためになるわよ、消えて」
……うわぁ。
まあそんな勘違い男もいたわけで。ただのコミュニケーションで勘違いされるとかどうしようもないわよ。
確かに途中から冷たくなったって言われてたよね。
仲が良い人は別だけど、それ以外、特に男に対しては笑顔すら浮かべないようにしてたわ。
私のイメチェンを提案してくれたのもそのあたりだよね。
そう。目立たない見た目してるだけでそんなに言われるのなら真宵に変わってもらおうと思って。
最初はすごい嫌だったけど、おかげで話しかけてくれる人増えたから本当咲希ちゃんには感謝してる。
でも人見知りは全く改善されなくて、その子達もかなり気を使ってくれてたけどね。
それは言わないでよぉ!
……コホン。そんな感じで私自身も相当のストレスを感じつつも周りの男をあしらっていたのよね。話にあげるほどでもないけど他にも何度かあったし。
で、一年生の最後。その時の一件で私は完全に男が大嫌いになったわ。
「よく来てくれた、白石」
「……呼び出したのって先輩でしたよね? なんで他の人がいるんですか」
「いやぁ一人だと心細くてな。友達に来てもらったんだよ」
「はぁ。手紙の内容的に告白だと思うのでもう断らせていただきます。告白程度一人で出来ない男と付き合う気なんてありません。では」
「おい」
すぐに帰ろうとしたけど、別の男に行く手を阻まれたわ。
ちょ、ちょっと、咲希ちゃん大丈夫だったの?
私に何かあった記憶はないでしょ? そういうことよ。
「……何のつもりですか?」
「いやぁ困るんだよね、そういうことされると。これに断るとかないの、わかる?」
「意味が分からないんですが」
「お前は俺と付き合うっていうまで帰れないってこと」
「……キモ、一人で告白もできないチキンのくせに脅してはいって言わせようっていうの? あんた男の中でも最低のクズね。心底軽蔑するわ」
「……おい、状況がわからねぇのか? 拒否権なんてないんだよ、おい」
「!? 何すんのよ!」
「そのまま掴んどけよ。付き合うって言わないのなら仕方がねぇ。まずは身体に教え込んでやらねぇとな。はいっていうまで腹をぶん殴る。足を攻撃してもいいな、確かお前陸上部だし。走れなくなりたくないのならさっさとはいって言った方が身のためだぞ?」
「お断りよ!」
「じゃあ仕方がねぇ、まずは一発目だな」
「くっ……」
さ、咲希ちゃん!
昔話に対してそんなに心配そうにしないでよ。
だ、だって……
その時は後ろの男に掴まれていたから逃げるに逃げれなかった。そこにじりじりと詰め寄ってくる呼び出した男。そのままじゃ本当に殴られると思った。だから私はやられる前に後ろの男の股間を蹴り上げたわ。
「っ! こんのぉ!」
「おぐぅ!」
「お、おい!」
そして近寄ってきた前の男の股間も。
「はぁぁ!」
「ぐっ」
「チッ、あんたらほんと最低! 金輪際近づかないで!」
私はその場から走り去った。
≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈
【作者より】
ご拝読ありがとうございます。
先日タイトルやあらすじを変えたことが影響しているのか、以前よりは読んでいただけるようになった気がします。
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