第十一話『緊張は一人ではほぐせない』
月曜日、本来ならいつもと変わらないただの週初め。
でも今日は違う、今日は特別な日。
普段なら真宵を家の前で待って二人で登校するけど、今日は一人。
流石に朝から真宵と過ごして平静でいられる気がしない。
一昨日にあんなことがあって、昨日一日しっかり考えて今日を迎えた。
私なりに覚悟はもう決めた。
私は今日、真宵と本当の親友になるのよ。
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ガタンゴトンと電車に揺られる。
一人で登校するって、虚しいものね。
予定があるなら別だけど、今日はただ私が一緒に登校する気分にならなかっただけ。
携帯見たり本を読んだりできればいいけど、後ろめたさがあるからかそれらもやる気にならない。
つり革を掴みながら辺りを見回す。
ほとんどの席は埋まっているけど、一人ぐらいなら座れるところがある。
いつもならあそこに真宵を座らせようとしてたわね。
そういうのも、今の真宵には迷惑だったのかな。
『アンタも佐倉さんも成長して、佐倉さんはただアンタに頼り続ける年齢ではなくなった』
あいつはそう言ってた。
成長、か。
私、真宵が成長してるなんて全然気づかなかったな。
いつまでも私の後ろをついてきて、調子のいいときだけ前に出て、また私の背の後ろに帰ってくる。
これからもずっとそんな真宵だと思ってたのに。
私自身それでいいと思ってたから、それ以外の真宵の姿なんて全然見てなかった。
ほんと、なんで何も知らないはずのあいつの方がよく見えてるんだか。
……そう、何も知らないはず。
本来ならそんな人が口にする言葉なんて内容があるわけないし、信ぴょう性もあるわけない。
なんで私はそんな男の言葉を鵜呑みにしているんだろう。
しかもあいつは男。
今までの男の言うことなんて適当なことばかりだった。
やれ私が心配だのやれ真宵とばかり一緒にいたらもったいないだの。
ほんと今思い出しても怒りがこみあげてくる。
でも、あいつは違った。
あいつの言うことはまごうことなきあいつ自身の本心だったように思えた。
私に気に入られようとするものでも自分の欲望を果たそうとするものでもない。
あいつは、何を思ってあんなことを私に言ってきたのかしら。
しばらくぼーっと窓の景色を眺める。
真宵のことや一昨日のことが浮かんでは消える。
思考が定まらないまま外を眺め続けていると電車が停車し、ドアが開いた。
『――駅――駅』
はっ、ここ降りる駅!
慌ててドアに向かい、電車を降りた。
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「はぁ、はぁ」
学校に近づくほど心臓の音がうるさくなってくる。
ただ登校してるだけなのに、不安や緊張感だけが高まっていく。
別に、学校で真宵とあの話をするつもりなんてないのに。
なんでこんなに早くから参ってるのよ。
……やっぱり真宵と登校しなくてよかった。
もし会ってもいつものように話せる気がしないし、登校中にすべてを話すわけにもいかない。
本人がいないのにもうこんななんだもの、絶対に登校中の間に耐えきれなかったわ。
でも私、こんなんで今日の学校を乗り越えられるのかな。
どんどん足取りが重くなっていき、ついには歩く気力すらなくなり道端で止まってしまう。
こんな調子じゃ、真宵と話すなんて……
……
『私、今日真宵に本音を打ち明けるわ』
「えっ、私ったらなにを」
気づいたらあいつにメッセージを送っていた。
何やってんだか、こんなことやっても何にもならないのに。
自分の行動に後悔していると、ぶるると携帯が震える。
『音声データが届きました』
なにこれ、音声?
ていうか、あいつ意外と返信早いのね。
音を聞くために耳をスピーカーにあてる。
『うぅ……ヒグッ、ヒ「~~~!!!!」』
画面を連打して再生を止める。
「ななな、なんでこれが!? あの時確かに消したはず! ま、まさかバックアップがあったの!?」
はっ!
保存されてるデータは消したけど、アプリの録音履歴は全く見てなかった。
あいつ……!
『ちょっと! なんでまだデータ持ってんのよ!』
『(ゲラゲラと笑っている動物のスタンプ)』
『いやぁ、オレもアプリの機能忘れててな。まさか残ってるとは』
『なによ、脅しに使おうってんの!?』
『そんなことはしない。こうやって一発かませたからもう十分だ。どうせなら直にアンタの表情見たかったけどな』
「~~~!!! あの男……!!!」
自分でも顔が真っ赤であろうことがわかる。
あの男、少しはまともだと思ったら結局……!
『ほら、今度こそちゃんと消したぞ。安心してくれ』
『(アプリの履歴のスクショ)(データ保存場所のスクショ)』
『今度こそ、ほんとでしょうね?』
『ああ、誓って本当だ。次会うことがあれば携帯を見せてもいい』
確かに画像には録音データはない。
……これなら、流石に大丈夫よね?
『なら良しとするわ』
『今日か。ま、包み隠さず話せば大丈夫さ』
『いわれるまでもないわよ!』
『(怒っている女の子のスタンプ)』
携帯の画面を切ってカバンにしまう。
ほっと息を吐く。
流石に今度ばかりは本当に消えたと思いたい。
「全く男ってのは本当すぐ調子乗るんだから」
こんないっぱいいっぱいの時ににあんなのを相手にする羽目になるなんて、ほんと最悪。
なんでメッセージ送ったのよ、ちょっと前の私。
「はぁ……あれ?」
ため息をこぼしながら歩いていると、いつの間にか足取りが軽くなっていることに気づいた。
荒れていた息も鼓動も、いつの間にか落ち着いている。
さっきまであんなに緊張や不安に押しつぶされそうだったのに。
なんでこんなにリラックスできてるんだろう。
まさか――
「――ふん、そんなわけない。ただの結果オーライよ。……よし!」
改めて気合を入れなおして、学校への歩みを進めた。
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SHRまで本を読んで時間を潰していると、真宵が登校してきた。
「……おはよう、真宵」
「……おはよう、咲希ちゃん」
あれからずっと変わらない。
しばらく、昔のように食い気味にあいさつを返してくれる真宵を見ていない。
「真宵、今日は昼ご飯は別でいいし、帰りも別でいいわ」
「……え?」
「その代わり、家に帰ってから私の家に来てほしいの。大事な話があるわ」
「大事な話?」
「ええ、学校だと話しづらいから家で話したいの。……嫌?」
つい視線をそらしてしまう。
ここで嫌と言われたら……
「……ううん、嫌じゃないよ。私も、咲希ちゃんに話が合ったんだ」
「え、真宵も?」
「うん、だから咲希ちゃんの家じゃなくて私の家で話さない? そっちの方がいいんだ」
「え、ええ! もちろんよ。じゃあ、放課後真宵の家に行くから」
「うん、じゃあ、放課後にね」
やった、嫌がられなかった。
これで真宵に話をすることができる!
……でも、真宵の話って何なんだろう。
さ、流石に絶交宣言はない、わよね……?
よ、弱気になるんじゃないわ私!
何があっても私の本音をぶつけることに変わりはないんだから。
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お昼休みになり、お弁当を開ける。
「いただきます」
お昼誘われたのに断ったのちょっと申し訳なかったわね。
珍しく一人でいる私を気遣ってくれたのかもしれないのに。
……流れで誘ってきた男には反吐が出たけど。
ワンチャンあるとか思ったのかしら、全く。
お母さんの弁当を食べ進める。
お母さん、か。
真宵に本音を話すと決めたのはいいけど、結局お母さんにもお父さんにも相談できなかったわね。
きっと話したら聞いてくれたんだろうけど、いきなり事情を聞かされても困惑するだけだろうし。
……なにより、自分の情けない部分を話すのが恥ずかしくて言えなかった。
今までそういう相談なんてしたことなかったから余計に。
これも私のダメな部分、よね。
相談できていればもう少し気持ちも軽くできたのかしら……
で、でもこの期間、違和感はあっただろうに何も言ってこなかったのもあんまりよくなかったと思うんだけど。
真宵が何かやったのか聞かれたぐらいだったし、私が何かしてる側とは思わなかったのかしら。
信頼してもらえるのはうれしいけど、誰かぐらい私に謝るように言ってくれればもっと早く行動できたかもしれないのに……
「はぁ……ごちそうさまでした」
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放課後になり、周りのクラスメイトに挨拶しながら一人で帰路につく。
朝と同じく、今度は家に近づくほどに緊張感が高まってくる。
せっかく学校にいる間は何もなかったのに……!
どうしよう、どうやったらリラックスできるかしら。
『不安だったら、シミュレーションぐらいは手伝ってやるぞ』
「……シミュレーション」
そういえば、結局昨日そういう話はしなかったわね。
シミュレーションに協力するとか言ってたけど。
いや、そんなこと言って、こっちがちょっと頼ろうとしたところでどうせ本性を――
『学校や警察に持っていけば厳重注意ぐらい入るかもしれないぞ』
『本当に不快に思っているのなら、アンタにはそれをする権利があるってだけだ』
――いや。
あいつは、あんな状況でも筋を通してくれた。
あれだけ行動で示してくれてるのに、いつまでも他の男と同じくくりで見るのは失礼、よね。
そもそも、事情を知っているのはあいつだけ。
だからこれは消去法、仕方がない行為。
携帯を取り出す。
『ねぇ、どうやって話を切り出せばいいかしら。本音を伝えるにしてもいきなりはなんか違う気がするわ』
画面を見つめているとすぐに返信が来た。
『いや、どういう状況になるのかすらわからないんだが』
『真宵の家で話すことになったわ。真宵も話があるとか』
『そうか。まあ周りを気にしなくていいんだし何でもいいと思うが?』
『その何でもでどうするか困ってんじゃない!』
『(ヤレヤレポーズをした男の子のスタンプ)』
『アンタは佐倉さんへの言動について思うことがあったんだよな?』
『なら、最初にやることなんてわかりきってるじゃん』
スタンプにむっとしていたが、その後の言葉にはっとさせられた。
そうだ、どう切り出したら話しやすいとかじゃない。
私がどう思ってたとかは関係ない。
その前に人としてやらないといけないことがあるんだ。
『あとはアンタの心をまっすぐに伝えればいいよ、なりふりなんて構わず。気持ちさえこもっていればどんな姿でも親友なら幻滅なんてしないからな。というか、そういう関係になるんだろ?』
『ええ』
『終わったら、結果を報告するわ』
『(グッドマーク)』
画面を切り、頬をパンと叩く。
やることは決まった。
今度こそ覚悟を決めた。
まずはやらなきゃいけないことを済ませよう。
それから、私の本音を真宵にぶつけるんだ。
そこからの私の歩みに、恐れや緊張はなかった。
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『来ていいよ』
『わかったわ』
真宵の家のインターフォンを鳴らす。
すぐに扉がガチャッと開く。
「こんにちわ」
「真宵から来るって聞いていたわ。さ、入って入って!」
「おじゃまします」
「ええ、どうぞ。なんだか久しぶりね、咲希ちゃんを家に入れるの」
真宵と仲違いしてから家に入ってないから当然ね。
「まあ……色々あったから」
「そう……」
「咲希ちゃん」
「……真宵、来たわよ」
「うん、いらっしゃい」
いつになく真剣な顔をしているわね。
まあ、きっと私の表情も強張っているんでしょうけど。
「ママ、今から咲希ちゃんと大事な話をするから。お茶とかも気にしなくていいから、私がいいよって言うまで部屋に近づかないで」
「大事な話? そうなの咲希ちゃん」
「ええ」
「明凛にもそう伝えておいて」
「……わかった。なら先にお茶とか持っていっていきなさい」
「うん、持っていくよ」
「明凛はまだ帰ってきてないのね」
「うん、多分今日も部活だよ。ややこしくされても困るからよかった」
「あの子、相変わらずなのね」
「うん。はい、入って」
「ええ」
真宵の部屋に入り、クッションの上に座る。
ちょっと前までは頻繁に出入りしてた部屋。
いくらちょっと間があいたとはいえ、一、二ヵ月程度じゃ変わらないわね。
「……」
「……」
重苦しい空気が漂う。
「えと、その……」
向かいからちらちらとこちらを伺っている気配が感じられる。
真宵も話があるって言ってたし、いきなり話してくる可能性もあるとか考えてたけど。
流石にそれはなかったわね。
「ふぅ」
「!」
真宵の方に目を向ける。
なぜか真宵がビクッとしたが気にしない。
「真宵」
「は、はい」
「私から大切な話があるわ」
「う、うん」
「まずはありがとう。話に応じてくれて、家に招いてくれて。おかげで何も気にせず話をすることができるわ」
「わ、私も咲希ちゃんに話があったから、大丈夫だよ」
「ええ。もちろん真宵の話は聞くけど、まずは私の話から聞いてほしいわ。でも、その前に言いたいことがあるの」
私はすぅと息を吸い込んだ。
「ごめんなさい!」
「――!」
誠心誠意真宵に謝る。
話の前に私はそれをしておかなければならなかった。
「私はあなたの話を聞こうともせず、私の意思を押し通そうとしたわ。確かにそこには私なりの理由があった。でも、相手の意見を無視して一方的に自分の意見を押し付けようとするなんて、たとえ真宵が相手でも許されることではなかったわ。本当に、本当にごめんなさい!」
「理由っていうのは後で説明する。でも今はただただ謝らせてほしいの。私の行動は人として間違っていたわ」
私は真宵の意見を全く尊重しようとしていなかった。
あの時は否定したけど、私の言動は確かに真宵を都合の良い人としかとらえていないようなものだった。
いや、わかっていたからこそ、ビンタなんて行動に出ちゃったのかもしれない。
……そういえば、ビンタのこと謝ってなかった。
「わ、私は本当にダメな人間だわ……」
「さ、咲希ちゃん落ち着いて」
「あ、その、急にごめんなさい。でも最初に謝っておきたくて……」
「うん、それはわかったから」
「ごめんなさい」
「もう、さっきからごめんなさいしか言ってないよ?」
真宵は苦笑いを浮かべていた。
「でも、意外だったな。咲希ちゃんが謝るなんて」
「え、私謝るときは謝ってたと思うけど」
私、そんな傲慢な女ではないわよ?
「まあそうだけど、それは咲希ちゃんが悪いと思っていたらでしょ? 今回のことは咲希ちゃんに悪気がないと思ってたから」
「うっ」
確かにあいつに言われるまで全く自覚していなかった。
「だから意外だなって。誰かにそう言われたりした?」
「ゔっ」
さ、流石真宵。鋭い……!
「へぇ、咲希ちゃんにそういう話する人いたんだね」
「ま、まあそれはいいのよ。とにかくまずはあなたの意思を無視してごめんなさい」
「うん、そうだね。何か言われるかなとは思ってたけど、あそこまで否定されるだけじゃなく何も言わせてもらえないとは思わなかったよ」
「……そうよね」
「もちろん、咲希ちゃんだから仕方ないとは思ってた。思ってたけど、でもやっぱり悲しかったなぁ……」
「真宵……」
ほんと、私は何も見ていなかったのね。
「あのね、私の話を聞いてほしいの。なんであんなことを真宵に言い続けたか」
「うん、聞くよ」
私は再度息を整えた。
【作者より】
ご拝読ありがとうございます。
この度タイトルとあらすじを変更しました。
何か印象変わっていれば幸いです。




