第十話『家族と親友』
アイツが泣いている姿を視界にいれながら、自分が同じ立場だったらどうなってたかを考える。
はたして、オレは孝平から嫌われるかもしれないってなった時にコイツみたいに泣いて嫌がることはできるのかね。
……無理だろうなぁ。
どうせオレのことだ、あっそみたいな淡白な反応してはい終わりなんだろうな。
酷いヤツだ。
ま、いくら親友相手でも向こうが嫌っていうのに無理やり関係維持しようとしてもいいことないからな。
そういう意味ではコイツは本当すごい。
何かをしないと変わるものも変わらない。
心の底から相手のことを大切に思ってないとできない行動なんだろうよ。
……別にオレも、大切に思っていないわけではないんだけどな。
そんなことを考えていると、アイツから聞こえる泣き声が小さくなってきた。
「……少しは落ち着いたか?」
「グスッ、グス……ええ、スン」
「そのハンカチ、使ってくれ」
アイツは無言でハンカチで目元をぬぐい始めた。
へぇ、いくら美人でも泣き顔はぐしゃぐしゃなんだな。
「グスッ、な、なによ、こっち見ないで」
「おっと、こりゃ失礼」
「もう大丈夫」
「ん、そうか」
「これ、今日返したハンカチ。……また洗って返す」
「おう、頼むわ」
元々持ってきてたものは飯の時使ったからな。
今日返してくれててちょうどよかったわ。
「……」
流石に泣き顔見られたからか恥ずかしそうだ。
まあそれはスルーして
「さて、そんだけ嫌がってるんだ。佐倉さんとは仲直りしたいってことでいいんだよな?」
「……そう」
「で、どうするんだよ」
「ど、どうするって言われても……」
何故かもじもじしている。
「……まさかとは思うが、こういう仲違いみたいなやつ、初めてか?」
「……うん、ちょっとした口論になることはあっても一日経てば元に戻ってたし、ここまで本格的な口喧嘩は初めてで」
「しかも結構な時間が経っていて、どう仲直りすればいいかわからない、と」
無言でうなずく。
「幼少期からの仲なんだろ? 小さいころなんて簡単のことで口喧嘩とかしそうなものだが」
「なんていうのかな、真宵は根っこが……暗い、から?」
「暗い? 確かに人とのコミュニケーションを苦手にしてそうだが、根暗な印象はなかったな」
暗いヤツが自分から孝平を誘うなんてあんまりしなさそうだが。
コイツ相手に暗いのなら孝平にそれを見せてないのはあんまりピンとこないな。
「うまく言えないんだけど、とりあえずあんまり自分の意見を通そうとしない子なの。言うことはあっても、私が同意しなかったらすぐに取り下げるというか」
「とりあえずあんまり我を通さないタイプってことか。だからアンタの意見に反対することなんてなかったってことだな」
「そういうこと」
で、今回初めて強く反対されて、それに対して余計にムキになってしまったからこんなにこじれてしまったと。
内容も内容だし、色々とタイミングが悪いことで。
「まあそれはいいや。それで仲直りする方法だっけ? んなもん簡単だ。さっきも言っただろ、気持ちは話して初めて伝わるんだよ」
「本音を伝えろってこと? ……でも、今まで真宵の前では頼れる親友の姿でいたし、そんな情けない姿見せたくない」
「自分で言うのかよそれ……」
「私だし」
「ソウデスカ」
ちょっと自信に満ち溢れすぎじゃないですかねぇ。
……てかなんかコイツ口調が変わってんな。
「はぁ、仮に今まで頼りになる存在だったとしても、もうそんなの崩れてるだろ。今回の一件でアンタは佐倉さんに期待に沿わない姿をたくさん見せてきただろうからな。そうでなくても、付き合いが長いんだからアンタの理想とは異なる姿を色々見せてると思うが」
「うっ……」
「そもそも、人間ずっと完璧でい続けるのは無理だろうよ。どこかでボロが出るだろうし、出さなくてもそれを維持するってだけで相当な負担のはずだ。ならよかったじゃねーか、今その完璧が崩れて」
「よくない」
「いいや、よかったんだ。だって、今がチャンスだぞ? 本当のアンタを佐倉さんに見せる」
「――!」
そうだチャンスだ。
今までが本当に頼れる完璧な姿だったのであれば、それを捨てる良い機会だ。
「はっきり言ってしまうが、オレが思うにアンタと佐倉さんは親友じゃなかったんだ」
「そ、そんな……うぅ」
「ま、まて、そんなショックを受けるな。話は最後まで聞いてくれ。アンタと佐倉さんは親友よりももっと近い、それこそ姉と妹という家族みたいな関係だったんだ。幼少期から一緒だったんだし、家族みたいな関係になるのはおかしくはないと思う」
「姉と妹……確かに、真宵のお姉ちゃんを自負したときもあった」
「だろ? 手のかかる妹に対して頼れる完璧なお姉ちゃんでいたい。多分そういうことだろ?」
再び無言でうなずく。
「でもアンタも佐倉さんも成長して、佐倉さんはただアンタに頼り続ける年齢ではなくなった。姉離れの時期が来たってことかね。だから今回みたいなことが起きてしまったんだろ」
「離れる……」
じわりとアイツの目が潤んでいく。
「だ、だから最後まで聞けって! まあそんなわけで、姉と妹の関係でいられる時間はもう終わりを迎えてきてるんだ。いくら幼少期からの仲って言われても姉と妹は近すぎる。そういうのは本当の家族じゃないときついだろ」
「……」
「どれだけ仲が良くてもアンタと佐倉さんは家族ではない。だからこそ、今、アンタと佐倉さんは親友になるんだ」
「!」
「アンタの本音を打ち明け、アンタから佐倉さんに歩み寄る。お互いの気持ちを再確認するんだ」
「今、ここで親友に…………でも、本音を打ち明けて、真宵は受け入れてくれるかな。こんな頼りない私と親友になってくれるのかな」
目をこすりながらそう言い、こちらに不安そうな目を向けてくる。
ふっ、愚問だな。
「さっきも言ったが、親友は別に何をしても許される関係でもないし、すべてをわかってくれるわけでもない。でも、どんな姿を見せたって受け入れてくれるのが親友なんだよ。もちろん、そこから意見されることはあるだろうが、その姿自体を拒絶することはない」
「……それがあんたの思う親友の形?」
「ああ、オレはそれが親友っていう関係性だと思っているし、実際オレと孝平はそういう関係だ。こういう時は親友って関係に甘えていいんだよ」
コイツと佐倉さんに比べればオレと孝平は短い付き合いだが、今までお互いに情けない姿見せあってきた。
それでも孝平はオレを否定することはなかったし、オレが孝平を嫌うこともなかった。
普段は一番親しい友達として遊ぶし、つらいことがあれば寄り添う。
お互いの意見が合わなくて多少ギスギスすることがあってもどちらかがすぐに謝ってまた仲良くなる。
親友ってのはそういうもんだと思う。
「なれる、かな。そんな関係に」
「ああ、なれるね。佐倉さんだってそうなりたいと思ってるだろうさ」
「なにそれ。真宵のこと知らないのに」
「まあ、勘だ」
そうだよな、佐倉さん。
考え込んでいたのでまた少し時間をあけた。
平静を取り戻したかな。
こっちを見る目にも力が戻ってきた感じだ。
「さて、オレは言いたいことを言い切ったわけだが」
「……」
「気分はどうだ? もう落ち着いたか?」
「……気分ですって? そんなの最悪に決まってるでしょ。私の行動は批判されるし、私と真宵の関係は否定されるし、あんたに泣き顔すら見られた。良い気分になる要素なんて一つもないわ」
お、おう……そういう心じゃなくて、泣き疲れたとか気持ち悪いとかの身体面のつもりで聞いたんだが、紛らわしかったな。
そりゃあメンタル的な気分は最悪だよな。
「ま、まあそうだよな」
とりあえずいつもの感じに戻ったようでよかった。
「……でも、あんなにはっきり言われたの初めてだったわ」
「!」
「真宵はもちろんそんなストレートに言ってこないし、両親だって真宵との関係に気を使って私にはただ仲良くしなさいというだけだった。真宵の家族だって、真宵に仲良くするよう言っておくからと私に何かを言うことはなかった」
今までの信頼ってことか。
今回はそれもまた逆効果だったわけだが。
「周りの男だってそう。普段は私にこびてくるか偉そうにしてくるだけでちょっとはっきりものを言ったらすぐに委縮する。しなかったとしても逆ギレしてくるだけで中身のある奴なんていなかった。……だから、あんたが初めてだった。あんなにはっきりとモノを言ってくる人」
「……オレもその偉そうなやつに該当してると思うが?」
「ふっ、そうかもね」
あ、ちょっと笑った。
少しは余裕が出てきたのかね。
「気分は最悪……でも、なんかちょっと楽になったかも」
「へぇ……そりゃよかった」
「だから、えっと、その……」
「ん、なんだ?」
「あの、あ、あ…………なんでもないわ」
「は、はぁ」
なんだこいつ。
「まあいいや、確かにオレは偉そうにアンタに物を言いまくったわけだ。別にアンタと親しいわけでもないのに」
「まあ、そうね」
「最初のアンタの様子からして、このシチュエーション自体が不快だったはず。そのうえ偉そうな物言いでアンタを追い詰め、アンタの気分を最悪にした」
「……確かにそうだけど、よくも自分のやったことをそこまで悪く言えるわね」
「事実だからな。少なくとも、あそこまで男を嫌っているアンタに対してやっていい行動ではなかった」
知らなかったとはいえ、予想は出来たわけだからな。
内容はどうあれキレた時点でオレが悪い。
落ち着けて話せるのなら人がいるところで話せばよかったんだからな。
「携帯、返してくれるか」
「あ、そうだったわね」
携帯を起動し、アプリを確認する。
「うん、ちゃんと録音できているな」
録音アプリには確かにオレ達の声が記録されていた。
「は? 録音?」
「ああ。携帯を渡したとき、録音アプリをつけてたんだ。会話内容が記録されていれば、オレがアンタに何かした時に証拠になるだろ?」
久しぶりに使ったが、こういうのは手慣れたもんだな。
「……なにそれ、そんなことやってもあんたにデメリットしかないじゃない。なんでそんなこと」
「オレはアンタ達の領域にずかずかと入り込んで言いたいことを言いまくったんだ。たとえオレの言い分にアンタが納得するところがあったとしても、とても褒められた行為じゃない。その罪悪感を少しでも軽くするための、ただの自己満足だ」
「あんた……」
携帯を操作する。
「今メッセージで録音データを送った。別にアンタに暴力をふるったとかではないが、アンタにキレているのは事実だ。学校や警察に持っていけば厳重注意ぐらい入るかもしれないぞ」
「……そうすれば少しは私の溜飲が下がるって言いたいわけ?」
「そうだ」
「馬鹿にしてるの? 私がそんな小さいことをするとでも思ってるわけ?」
「思ってねぇよ」
「!」
「でも、本当に不快に思っているのなら、アンタにはそれをする権利があるってだけだ」
ただえさえ佐倉さんのことでストレスと貯めているのに、これ以上オレのことでいらないストレスをためても仕方ないだろう。
それで佐倉さんとうまく話せなくなるぐらいならそれでいい。
「……ふふっ」
「え?」
『音声データの削除申請が届きました』
「これは……」
「いらないわ、そんなの。さっきも言ったけど私はあんたのおかげで少し楽になったの。結果として、あんたは私に害を与えなかった、だからそんなデータがあっても意味ないわ」
「……いいんだな?」
「ええ」
『削除申請を承諾しました。データが削除されました』
「これでデータはなくなったわね」
「そうだな」
「それにしても、あんたって筋を通すタイプなのね。見直したわ」
「そうか? というか、見直されるほど欠点を見せたつもりはないんだが」
「私にとって男は欠点の塊よ」
「へーそうですかい。あ、データの話だが、メッセージからは消えてもオレの携帯には残ってるぞ」
「え」
「……おお、アンタの泣き声もばっちり入ってる。これは記念に残しておくか」
「ちょ、ちょっと! 何聞いてんのよ! 消しなさい!」
「えーもったいないじゃん。多分これ貴重だろ?」
「もう、見直したとかいったらすぐこれなんだから! けーしーなーさーいー!!!」
「お、おい、ゆーらーすーなー」
結局その揺らし攻撃に耐えられず、無理やり音声データを削除されてしまった。
ちぇ、残念。
************
あの後孝平達の様子を見に行く気にならず、気晴らしにカフェに苺ジュースを飲みに行った。
それである程度気分が良くなるのは単純というかなんというか。
「今日は全然真宵のことを見守ることができなかったわ……」
「孝平が変なことしてないといいな?」
「……それも含めて、真宵と話をするわ」
「そうだな……お、孝平達だ」
特に探していたわけではないが、運よく二人を見つけられた。
向こうも解散の流れっぽいな。
「真宵、袋を抱えているわね。あれが真宵の買いたかったもの……結構大きい」
「確かに、何買ったんだろうな」
「ああいう時、男は持ってあげるべきなんじゃないかしら」
「まあ普通はそうだろうし、孝平もそう言ったとは思うが――」
楽しそうに会話している二人を見る。
「――自分で持っておきたい、大事なものだったんだろ」
「……あんたやっぱり何か知ってるんじゃないの?」
「ただの勘だ」
隣からのジトーとした視線は無視する。
「いつ仲直り大作戦を決行するのかは知らないが、まあせいぜい頑張れよ」
「ええ、言われるまでもないわ」
「不安だったら、シミュレーションぐらいは手伝ってやるぞ。何言うかとかはアンタ次第だが」
「……そうね、その時はお願いするわ」
「!」
その反応は意外だった。
さっきので何か心情に変化が生じたのだろうか。
……まあオレはコイツに対してキレただけなんだけど。
「……ああ、その時は精一杯アンタに悪態ついてやるよ」
「真宵はそんなこと言わないからシミュレーションにならないわね」
「ふっ、そうかもな」
「かもじゃないわよ」
「へいへい」
そんな抗議の言葉を聞き流しながらオレ達は別れるのだった。
仲直り達成報告、待ってるぜ。




