第九話『親友って関係に甘えてんじゃねぇよ』
ステーキの余韻に浸っていたのか、孝平達は店を出たところでずっと立ち話をしていた。
しかしそれも区切りがついたようで、二人が歩き出す。
「……」
「……」
すっかり冷めてしまったテンションを戻す気にもなれない。
オレ達はしばらく黙って二人を追うのだった。
さて、今から佐倉さんの買いたいものを買いに行くということだが、何を買いに行くんだろう。
「……あんた、これから何するのか聞いてる?」
「……いや、アンタが知らないのにオレが知るわけないだろ。ステーキは知ってたのに何でその後を知らないんだ」
「教えてくれなかったのよ。随分かたくなな様子だったわ。何をするつもりなのかしら」
「かたくな、ねぇ」
コイツには教えないのに孝平には教えてよくて、なんなら買うのに同行してほしいもの。
孝平と一緒の時に買いに行くってことは孝平関連ではないのだろうか。
うーん、でも孝平への何かしらのプレゼントって考えれば、そもそも買うのに反対しそうなコイツには教えなさそうだし納得はいくんだよな。
何かをプレゼントするようなイベントなんてあったか?
チラリと隣を見る。
あるとすれば何かへのお礼か。
コイツ関連の相談にのってたりしてたとか言ってた、し……
――!
「……はぁ~」
「な、何よ、急に大きなため息ついちゃって」
「んーなんでもない。めんどいなぁと思っただけ」
「なに面倒くさがってんのよ。契約を反故にする気?」
「あーいや、そんなつもりはねぇよ」
思わず頭をガシガシかく。
ほんとめんどくせぇ……
でもこの可能性に気づいちまったんだから、オレのやることは一つしかない。
「……なぁ、アンタ未だに佐倉さんと微妙らしいが、ちょっとぐらいは改善したのかよ」
「なによ改善って。普段も話しているし一緒に登下校もしてる。ただ休日に遊ばなくなっただけよ」
「じゃあなんで仲直りしたって言い切らないんだよ」
「それは……」
「遊ばなくなったぐらいなら佐倉さんが多忙になったからとかいろいろあるだろう。でも普段話してるのに仲が良くないってことはまだ違和感があるってことだろ」
「……」
「なんでその違和感を持ったままアンタも佐倉さんも話したりできてるんだよ」
普通は話したくない相手とは話さないはずだ。
でも話してる。でも仲は微妙。
意味が分からん。
「私たちは親友よ。多少微妙になったところで話さないとまではいかないわ」
「親友だったのが友達レベルになろうが話すだろってことか? 気まずいことに変わりはないと思うがな」
「うるさいわね、話しかけたら返してくれるから問題ないのよ!」
「あん? ……つまり佐倉さんからは全然話してくれてないってことか?」
「――っ」
なるほど、佐倉さんは若干距離を置きたいがコイツがそれをさせてないってことか。
佐倉さん自身に断る力や遠ざける力がないから曖昧な関係のまま進んでるのな。
「ふん、つまりアンタがひたすら話しかけて関係を維持してたってか」
「……」
「佐倉さんも佐倉さんだが……アンタ、いったん距離を置いて佐倉さんが落ち着くのを待とうって思わなかったのか?」
「……思ったわよ」
「なら「ええ、思ったしやったわよ!」……!」
「だからあの男がまとわりつくのを止められなくて、もう待ってる余裕がないからずっと話しかけてるんじゃない!!!」
流石にその激しい剣幕にはびっくりした。
孝平達が行った先を見るが二人の姿はない。
よし。
「そうだったか」
気をそらすためとはいえちょっと踏み込みすぎた。
この話はここらで切ろう。
「すまんな、余計なことを――」
「ええ、何よわかったような口をきいて! 私がどんな気持ちで真宵に話しかけているのかあんたにはわかるわけないでしょうね!」
「――は?」
気持ち?
コイツ今気持ちっつったか?
「……どんな気持ちだったんだよ」
「真宵を心配してに決まってんでしょ!? あの男が何をしてくるかわからない。でも私がそばにいることを許してくれない。そんな中私がどれだけ心配して「おい」――!」
眉間にしわが寄るのを感じる。
「さっきから気持ちだの心配だの言ってるが、アンタさ。佐倉さんの気持ちは考えたことあんの?」
「――」
コイツ……!
驚きで目を丸くしたその表情を見て拳に力が入る。
しかし、一歩足を踏み出したところで周りの注目を集めてしまっていることに気づいた。
沸騰しかけた勢いが鎮火する。
「……チッ。おい、ついてこい。ここじゃ人の目につく」
「え、で、でも」
「いいからこい」
無理やり手を掴み、人のいなさそうな所へ引っ張る。
孝平達がどうとか、コイツとの関係とか、そんなのはもうどうだっていい。
今はただ、コイツがひたすらムカつく。
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屋内から移動し、屋外にあるテーブルと椅子が並ぶ区画に向かう。
人がいても全然おかしくなかったが、都合の良いことにそこには誰もいなかった。
移動の時間で少しだけ気持ちが落ち着いた。
というか落ち着かされた。
掴んでいる手から震えが伝わってきたから。
掴んでいた手を離して椅子に座らせ、向かい側に座る。
「さてと、ここなら周りを気にせずに話すことが出来るな」
「な、何をする気よ」
「そんな警戒すんなよ……って、無理な話か」
ま、そりゃあ怖いよな。
急にこんなところに連れてこられたんだから。
携帯と財布を取り出し、携帯を弄ってから相手の前に置く。
「まあ人質みたいなもののつもりだ。何の保証にもならんと思うが、預けておく」
「……」
「オレは今から真面目な話をするつもりだ。どうか警戒せずに応じてほしい」
「……わかったわ」
一旦息を吐く。
「さっきアンタに聞いたことは覚えてるか」
「……真宵の気持ちを考えてるのかって」
「ああ、それだ。あの反応じゃ、アンタ考えてなかったんだろ」
「そ、そんなことはないわ。私は真宵のことを想って「想ってとかじゃねぇんだよ」……」
コイツはさっきから何か勘違いをしている。
「アンタが佐倉さんを心配してたってのは何度も聞いた。だがそうじゃねぇよ。アンタの言動に対して佐倉さんがどう思っていたのか、アンタは少しでも考えたかって聞いてんだよ」
「ふ、ふん。どうせ嫌に思ってたんでしょうよ! あの男と仲良くするのを止めようとした私はさぞ邪魔だったでしょうね! で、でも私は――!」
思わずテーブルに拳をたたきつける。
「だから、そうじゃねぇだろ……! なんで、なんで話したこともないオレがわかるのに、アンタはそんなに見当違いな思いをしてるんだよ」
「見当違いですって?」
「……オレはアンタの親友さんのことを全く知らない。でも、オレにだって孝平っていう親友がいる。親友に対してどんな気持ちになるか、少しは理解できる。だから見当違いだって言ったんだ」
「じゃあ何よ、真宵は何を思っていたのよ。私のことを煩わしく思う以外何があるっていうのよ!」
「ほんとにわからないのか!?」
再度、テーブルを叩く音が響いた。
「そんなの……」
テーブルについた手を握りこむ。
「悲しかったに、決まってるだろ?」
「――」
沈黙が流れる。
座りなおして顔をあげると、アイツはポカンとしていた。
「か、悲しい、ですって……?」
「そうだ」
「な、なによ。私はさっきからそう言って「違う!」――!」
「うざかったとか、邪魔だった、そりゃあちょっとはそう思ったかもしれないな。でも一番大きかったのは、自分のことを理解してくれない、話を聞いてくれない親友への悲しみだったはずだ」
「え……」
「オレは今までの佐倉さんを知らないけども、アンタは佐倉さんの願望に対して、共感も同調もすることなく、ましてや論理的に反対するとかでもなく、ただアンタ自身の感情でそれを一方的に否定した」
「聞いてる限り、佐倉さんの友達はアンタだけだ。そんな佐倉さんにとって友達というのは人並み以上に大切な存在だったはずだ。そんな大切な存在が増えるかもしれない、増やしたいっていう大事な願望に対して、自分の唯一であり一番の友達が全く話を聞いてくれずひたすらに否定してきたんだ。そんなのただただ悲しいに決まっている」
「……」
茫然としてやがるな。
でも気遣ってやるつもりはない。
「いくら佐倉さんが気持ちを訴えてもアンタは聞き入れなかったんだろうな。男は危険というアンタの考えで佐倉さんの気持ちはずっとないがしろにされてきた」
「なのにアンタはどうだ? オレの問いにはてんで的外れなことしか返さねぇし、詰められたら逆切れだ。傍から見たら気に入らないと癇癪を起こしてるガキにしか見えねぇ」
「オレはこの短期間の中でもアンタの親友への強い想いを感じていたつもりだ。だがアンタは親友の気持ちを考えていなかった。……なぁ、オレが感じた、アンタが佐倉さんのことが大好きって気持ちは勘違いだったのか? アンタは佐倉さんのことをただの都合のいい者としか思って「――」っ……」
叩かれた頬に触れる。
オレをひっぱたいたアイツの眼には涙が溜まっていた。
「都合のいいですって? そんなわけないじゃない! 黙って聞いてたら言いたい放題。アンタに何がわかるの! 私がどれだけ男を危険に思っているか!」
……確かに、コイツは男への偏見がすごいとは思っていた。
そして、それが過去の何かに関係しているであろうことも。
「男なんて野蛮で低俗で、人の話を聞かない自己中心的な存在よ! 何もしてないのに寄ってきてつきまとうし、突き放してもしつこく絡んでくる。ちょっと優しい対応をしたらつけあがって、自分のことが好きなんだろとか彼女になれとか迫ってくる! 断ったら最悪暴力をふるってこようとするのよ!?」
「おい暴力って」
「ふん、私がそんなのに屈するわけないでしょ。思いっきり蹴ってやったわ。でも真宵にそんなことができるわけがない。野蛮な男に迫られたとき真宵じゃ抵抗できない。だから私がそばにいて、そんな男は振り払わなきゃいけなかったの!」
「わかる!? 真宵には私が味わったような思いはしてほしくないの! 別に真宵に恋愛をさせたくないわけじゃない、真宵に嫌な思いをさせない男じゃないと近づいてほしくないってだけなのよ!」
こっちを睨む目から涙がこぼれる。
「……辛い目にあってきたんだな」
「なに、ここにきて慰め? いらないわそんなの。弱みにつけ込んだら絆されるなんて思ってたら大間違いよ!」
その涙を拭いながらもこちらを睨むのはやめなかった。
なるほどな。
コイツの周りにはコイツの外見だけ見て寄ってくる男しかおらず、しかも質の悪い男しかいなかったんだな。
そんな状況から救ってくれる人も現れず、自分でそれを切り抜けた結果、男への恨みだけが解消されずに残ってしまったってわけか。
「……アンタがやけに男に当たりが強い理由は分かった。何も知らないのに悪かった、話してくれてありがとうな」
「グス……ふん」
「じゃあ、オレと一緒に行動するだけで苦痛だったってことか」
「……ええ、いつ正体を現すかわからないと警戒してたわ。でも真宵のためなら私はどうなろうとかまわない。アンタとぐらい一緒に行動してやるわよ」
「ふぅん。やっぱり、アンタは佐倉さんのことが大好きなんだな」
「当り前よ。私は真宵のことを誰よりも好きで、誰よりも大事に思っているわ」
「そっか」
よかった、コイツの想いが偽物じゃなくて。
いくら佐倉さんと通じ合えてないとしても、その気持ちは本物だ。
だが、本物だからいいよねって話じゃない。
「アンタの事情はわかった。だが、アンタのその気持ち、佐倉さんには伝えたのか?」
「え?」
「アンタの親友への想いは理解できたよ。だが、アンタはその考えをちゃんと佐倉さんに話したのか? 話してから否定したのか? そうじゃないだろ?」
「……でも、真宵なら私の気持ちぐらいわかって「アンタは佐倉さんの気持ちをわかっていなかったじゃねぇか」うっ……」
「アンタが佐倉さんの気持ちをわかっていなかったように、佐倉さんだってアンタの気持ちを完璧に理解してはいなかったはずだ。佐倉さんにとってはただ自分の願望を否定された、その結果だけが色濃く残っただろうな」
「……確かに私は真宵の気持ちを思いやれてなかったわよ、それは認めるわ。でも真宵は違う。あの子は人の気持ちに寄り添える優しい子よ。あの子の方は私の気持ちをわかっていたはずよ」
「なら、佐倉さんはもう一度話をしようとしたはずだ。時間をおいてアンタが落ち着いてから改めて。でも、佐倉さんはそれをしなかった。アンタを頼らず自分で行動し、孝平と仲良くなった」
「それは」
「親友だろうが恋人だろうが家族だろうが関係ねぇよ。いくら関係が深かろうが血が通ってようがそいつらは別の人間同士なんだ。人と人が気持ちを通じ合わせるには、お互いの気持ちを打ち明けあうしかないんだよ……」
「……」
話さなきゃ、どんなに近くても相手の気持ちなんかわかんねぇんだよ。
「親友だから気持ちを分かってくれる。親友だから何をしても許される……んなわけねぇだろ。親友って関係に甘えてんじゃねぇよ」
「っ!」
「アンタこのまま時間が何とかしてくれると思ってんのか? いつか佐倉さんがアンタの考えを受け入れてまた元に戻れると? んなもん無理だ。このまま少しずつ離れていって、いつかは本当に佐倉さんに拒絶されるだけだ」
「ぅ……」
「それとも佐倉さんに嫌われる覚悟でずっと孝平の存在を否定し続けるか?」
「……ぃや」
「アンタ、親友を失う覚悟ができてるのかよ」
「……いや」
「あん?」
テーブルに涙が落ちる。
「いやよ! いやに決まっているでしょう!? 真宵を失うなんて……そんなの……グスッ」
「……」
「ううぅぅ……グスッ、ヒグッ」
頭をボリボリとかく。
多分コイツも気づかないふりをしていただけで薄々はわかってたんだと思う。
でもオレがそれを突き付け、認めざるを得なくしてしまった。
そして耐えきれなくなってしまったんだろう。
男は野蛮、か。
はっ、やっぱオレも例に漏れてねぇもんだなぁ。
もっと別の言い方はあっただろうに。
オレにはハンカチを広げてアイツの頭に被せてやることしかできなかった。
【作者より】
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