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3話:残された武器と力を、いかに最大活用するか

「さて、どうしようか…」ソルが問う。

「そうですね……とりあえず、皆殺しにしましょうか」ロギはそう答えた。

「……っ?」目を丸くするライラ。


「いい考えだね。……行けそう? ロギ」

「おそらくは。まあ何にしても、砦に入る前にこの周囲の雑魚共を掃除しないワケにいかないでしょう。……それに貴方も、もう魔力を温存する必要はないはずです」

 ロギは立ち上がると、ライラが手当してくれた足で石畳を軽く蹴って見せ、杖を構えた。


「……そうだね。行こうか、ライラ」

 ソルは足元に落ちていた槍を拾い、顔を上げる。

「……この数を、全滅させるっての?」

 ライラは訝し気に問う。

「大丈夫ですよ。貴女は麗しい女戦士。あなたの愛するご主人は聡明なる僧侶。不祥私は魔法使い。ほら、古よりの習いで最高とされる編成ですしね」

 ロギはそんな軽口を叩いて見せながら、真顔で城砦の上階に視線を向けた。

「あ……」

 その視線を追い、何かに気づいたのか。ライラは反論を止めて剣を構え、横目で夫の顔を見る。ソルは頷き、ライラは彼らの考えを悟った。


「じゃあ……行くよ!!」

 ソルが結界を解くと同時に、ロギは爆裂呪文を放ち、ライラは剣を手に躍り出る。ソルはロギとライラに補助魔法を重ね掛けしつつ、自らも槍を振るう。

 互いの背中を守りながらの近接戦闘と、強力な攻撃魔法による火力支援。オーク達は怯み、恐れた。

(「こいつ等は、強い!」)

 囲みの一角が崩れる。


「ソル、ライラ、走って!」すかさずロギが叫ぶ。

「あんたは?!」

 ライラが振り返って問うが、ソルがその手を掴んで囲みの崩れへ向かうよう引っ張る。

「ロギは大丈夫だ。行こうライラ!」

「そうです。それでいい!」

 ソル達に背を向け、ロギは混乱魔法を速唱する。次の瞬間、囲みを保っていた最前面のオークとゴブリン達はあらぬ方向へ攻撃を始めた。弓矢や投石による間接攻撃を試みようとした文字通り矢先に、である。当然それらの狙いは定まらず、ソル達の背には届かない。


「……ぐぅっ!!」

 しかし当然、敵の攻撃全てを逸らせるわけではない。ロギは、狂ったように雄叫びを上げながら殴りかかってきたオークの棍棒を頭部に食らってしまった。

「でも…残念。その程度の力では、ソルの物理保護呪文は抜けません……よっ!」

 至近からの爆裂呪文が数体のオークを爆ぜさせた。その衝撃は後に続いていたオークの集団をそのまま押し返し、圧搾する。


(「化け物だ! こいつは普通の魔導師ではない!」)

 オーク達のその推測は半分当たっている。ロギは戦闘の技法のみを磨きぬいた魔導師だった。日常使いできる数多の便利な魔法など彼は使えない。乱戦を勝ち抜き、生き抜くためにのみ必要な最低限の魔法を練り上げていたのだ。


 前面の魔物達が怯む。その怯みが群れ全体へと伝播し、攻撃の手が一瞬止まったその隙を的確に突いて

「おおぉおおりゃぁ!!!」

 ライラの剣が走った。


 囲みを抜けていたソルとライラは折り返して、ロギへと殺到していた群れの背後を突いた。つまり挟撃である。

 ライラの剣は鋭く冴えた。スライムの柔軟性も、オークの剛力も、何の役にもたたない。彼女の前に立ったものは例外無く斬り伏された。そして側面や背後を取ろうと目論んだものは、破邪の理力を付与されたソルの槍にて散った。


 こうなると後は時間と物量の問題のみとなる。魔物達は成す術なく屠られていったが、その数は群れ全体の規模からいうとまだ致命的ではなかった。このまま戦闘が継続するなら、ロギやソルの魔力が切れてしまうはずだ。しかし魔物達にはそこまで考えが及ばない。


(「!!……こっちは空いている。逃げられるぞ!」)

 ロギとソルとライラ、それに砦の石壁とで包囲されていたかに思えた魔物達であったが、人間達は所詮小勢だ。包囲には穴があった。当然、それに気づいた者はそちらへ逃れようとする。それを見て、後に続こうとする者も現れる。あっという間に、群れは壊走を始める。


「……そう、それで終わりです」

「団長、今よ!!」

 ライラの叫びと共に、砦の階上から大量の油が巻かれた。籠城の備えであり、本来壁を上ってくる寄せ手への対抗手段であったが、一ヶ所に押し詰められ一斉に逃げようとした魔物の群れは、満遍なく油の洗礼を被った。

 続いて投げられる大量の松明。業火は熱に強い火サソリを除くほぼ全ての魔物を焼き払った後も燃え続けていたが、ソルの魔法によって消され、「燃え残り」の魔物も隈無く潰された。


 こうして、その場にいた魔物の群れは一匹残らず全滅したのだった。



 ***



 かくしてソルは、ロギとライラを伴って城砦へと足を踏み入れた。周囲を脅かしていた魔物達を全滅させた事で、兵士達からは歓喜と感謝の声が上がっていたが、にも拘らず砦内の空気は重苦しかった。


 兵士、一般市民を問わず、多くの死傷者が出ていた。薬も回復要員も、食料も水も乏しい。物見の兵士は街の内外に未だ多くの魔物が徘徊していると告げていた。先刻の戦闘で組織的な攻城の脅威は一旦無くなったが、そう時を置かずに第二、第三の魔物群が押し寄せて来るだろう事は容易に想像できる。こうなると頼みの綱はロギの強力な魔法だが、


「……ぐっ……すみません。少し休みます」

「ロギ、大丈夫か?」

「貴方こそ、よく立っていられますね……」

 半ば呆れたように呟きながら、ロギは崩れるようにへたり込んだ。長い髪の下に隠れているが、その端正な顔は紙の様に白くなっている。

「僧侶の魔力切れは全滅と同意だからね、流石に使い切ってはいないよ。……君は無茶し過ぎだ。魔力、殆ど空なんだろう?」

「……魔物に、交渉は通じませんからね。圧倒的な力の差を見せつけないと……」

 そこまで話して、ロギはソルに耳を貸すよう手招きした。屈み込むソル。ロギは一旦呼吸を整えてから

「逃げるなら今です」と囁いた。


「逃げる……?」

「はい……ここで、このまま籠城戦を続けるよりは、奥さんを連れて東へ向かうべきです」

 と続けたロギの言葉は、背後からの

「却下!」

 という凛と響く声によって切り捨てられた。ライラの声である。

「私はこの街の戦士。逃げるのは一番最後よ」と、ライラはにべもなく断じた。

「……そうだね。今はとにかく時間を稼ごう。諦めずに耐えれば、きっと討伐隊が来てくれる」

「そうですか。……でも、それなら何か策が必要ですよ」

 ソルの提案に否定こそしないが、肯定もせずにロギは現実的な意見を述べる。その時、人混みの中から若い男が一人、駆け寄って来た。


「師匠!!」

「ああ、生きてましたか。良かった。……お二人に紹介します。弟子の吟遊詩人、ニトル君です」

 そう告げてから、ロギは持って来たリュートを弟子に手渡すと

「メモをありがとう。だけど楽器は持ってないとね。辛い時こそ、人には歌が必要なんだから。……例え、それで食えなくても」と戒めた。


 その所作を目で追っていたソルは、ふと思い当たったように

「…ねえロギ、こんな策は可能かな?」と言った。



 ***



「ある意味間一髪だったぞ」

 第一次討伐隊に参加していたテーベは後にそう語った。

「すみません。まあ賭けでしたけれど、他に方法も思い付きませんでしたし……」


 至極単純な策だった。まずニトルがロギに教わり催眠魔法の歌を吟う。彼に魔力はないが、ソルが傍らに立ってその歌に魔力を付与することにより、砦周辺が催眠魔法の効果で満たされる。結果、近づいてくるオークや魔犬、大コウモリ等はことごとく眠りに落ち、城壁を越えられる魔物は耳で音を聴かないスライムのみとなる。


「結構大変だったんだから。……スライムばっかり300は倒したわよ」

 ライラ達戦士は固く耳栓をし、剣を振るった。眠らなかった魔物は彼等によって全て片付けられた。

 後は、しっかり休息を取り魔力を回復したロギが歌を交代し、討伐隊の到着まで二交代制で「催眠の結界」を断続的に張り続けたという訳だ。

 ただし、歌が聴こえる=眠ってしまうというのは、ソル達を助けに来た討伐隊にも当てはまる。

「…でも、貴方なら私のあの歌の意味を知っているから、すぐに全員の耳を塞がせると信じてましたよ」

 ロギは茶を啜りながらそう言って笑ったが、言われた側のテーベは苦い顔をした。何でも、隊の前列は門の手前で眠りに落ち、スライムに襲われる寸前だったという。



 ***



 テーベは今、ロギと組んでこの騒動の「黒幕」探しに走り回っているのだという。

 今日はシグラの近くまで来たので、ソルの家の居間に皆で集まって歓談に興じていたのだった。


「あれだけの規模でコトを起こしたんだ。魔物を先導した奴等が必ずどこかにいる。上位の魔物か、魔族か、盗賊か…あるいは…」

「今日ここに寄ったのは、ソル、貴方もこの探索行に誘おうかと意図してのことでした。どうですか? テーベの人脈ならきっと何か良い情報が得られるはずです。乗りませんか?」


 良い話だとは思う。しかし、もうそれは国や領主に直接仕えるような英雄然とした者達の仕事だ。ソルは辞退した。

 Lv23の僧侶には、その力量に見合う仕事がまだまだ山積している。


「では…またいずれ」

 ロギはそう言ってソルと固く握手すると、友人の家を辞した。客が引き上げた居間のソファに、ソルは気の抜けたような表情で深くもたれこんだ。ライラも夫の隣に腰掛け、

「少し休んだら?」と問う。

「…そうするよ」


 ソルは妻の膝に頭を乗せて目を閉じる。

 ライラは微笑むと夫の頭に手を軽く添え、ロギから教わった歌を小さく口ずさみ始めた。

 自分達の命を救ってくれた、その歌を。


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