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2話:状況にどう対応し、突破口を見出すか

 ロギは領内の人間ではないが、シグラの手前にあるマシャの村に知人がいるので、ソルと同行したいと言うことだった。

 魔法要員二人に抜けられては困るはずだったが、テーベは快く応じてくれた。僅かではあるが食料も分けてもらい、ソルとロギは一路、シグラへと折り返すのだった。



 ***



「…キリがないわね。次はどっち?!」

「東の大通りに向かってくれ!」

「…了解ッ!!」


 一方その頃、ライラは剣を振るっていた。街を囲う城壁をよじ登って来るスライム、空から降下攻撃して来る大コウモリ、建物を燃やす火サソリといった怪物達を、逐一駆除しては走る。また走る。

 ライラ達この街の戦士団は善戦していた。兵数は少なく、魔法要員は更に少なかったが、一般市民の協力もあって持ちこたえている。しかし多勢に無勢なのは誰に目にも明らかだった。


「……よし、ここはもういい。中央砦に一旦下がって休んでくれ」

 ライラは血に染まった剣を降ろし、頬の汗と返り血を拭った。言われた通りに街の中央に立つ城砦へと歩くが、その足取りもやや重い。…こんな時、ソルがいてくれたらと何度も思ったが、いないものは仕方がない。むしろこんな負け戦に彼まで巻き込まれてなくて良かったとさえ考えるようにしていた。やがて砦に至り、その石造りの階段を上るライラの目は、しかし、自然と東の方を追ってしまう。そこへ


「……手の空いている者、動ける者は中央門へ集まれ。急げッ!!」

 突然の呼集。鐘の音。何だろう。…あれは……!


 砦の岩壁に空いた狭間から覗き込んだライラの目に、破壊槌を門に打ち付けようとするオークの群れが見えた。



 ***



 運良く、とある集落にて主を失っていた馬を確保したソル達は、最低限だけ馬を休ませての強行軍でマシャの村にたどり着いていた。シグラまではもう目と鼻の先である。

 ロギは隊商の仕事明けに、この村へと寄る約束があったのだという。

 村は殆ど壊滅していた。人影はなく、代わりにオークと魔犬がたむろしている。


「すみませんが、耳を固く塞いでいてください」

 ロギはソルにそう告げてからリュートを構え、歌った。静かに、微かに、しかし風と共に空を満たすような歌を。その途端、眠り込む魔物達。


「…催眠呪文を歌に乗せて拡散させました。耳の良い魔物にほど効果があります。周囲が静かで不意討ちできるケースでしか使えませんが…」


 当面の危険を排除し、ソルが馬に回復魔法を施しつつ水を飲ませている間、ロギはある農家の屋根裏部屋から手製のリュートを見つけ出して来た。


「…それは?」ソルが問うと、

「弟子の物です」とロギは言う。

 そのリュートには殴り書きのメモが添えてあった。


『師匠へ シグラへ向かいます』と。


「恐らく、余計な荷物は一切持って行けなかったんでしょう。私が約束通り村に来たならきっとこのリュートを見つけるだろうと思って、弟子はこのメモを残したんだと思います」

「つまり、シグラはまだ陥ちてない?」

「少なくとも、弟子が避難先として向かう気になる程度には健在なのかも知れません。急ぎましょう」



 ***



 その日の夕刻、ついに二人はシグラへと辿り着くが、街門は既に破壊されていた。

 ただし、シグラは地方都市とはいえ城砦を有している。門が破壊されていても、立て篭るべき砦はまだ残っていた。

 無論、砦のどの壁にも怪物が殺到している。この喧騒では先程の呪文歌は使えない。


「どうしましょうか…」

「とりあえず、僕は不可視呪文で乗り込むよ」 砦を真っ直ぐに見つめて、ソルは言う。

「危険です」

「解ってる」


 ロギは少し考えたが、ここで問答していていても時間が無駄になるだけと考えたのか、反論をすぐ切り上げると

「なら、私は外から援護します」と言った。


 手筈は整った。

 ソルはそれまで装備していた槍を置き、短刀に持ち替えてから、自分自身に不可視呪文を唱えた。ソルの周辺の空気が陽炎の様に歪み、やがてソルの姿もその陽炎の中に溶けていく。


「いいですか、私は門の正面から攻撃します。その射線だけは避けて、振り返らずに進んでください」とロギが言うと

「分かった」と、ソルが声だけで応えた。


 ロギの目の前を、草を踏み鳴らす足音だけが駆けていき、やがてその足音は、崩壊した門の隅から街の中へと走り込んで行った。

 ソルは息を極力乱さないよう慎重に、しかし素早く走った。目でものを見ないスライムや鼻のきく魔犬を避けつつ、短刀でオークやゴブリンの急所を掻き切り、混乱に乗じて城砦へと向かう。


 その頃ロギは堂々と正面から歩を進め、砦の壁に殺到するオーク達にピンポイントで混乱魔法をかけていた。途端に統率を乱す化け物たち。

 ロギの姿を確認し、慌てて戦いを挑もうとするものもいたが、見計らったようにロギは最大威力の爆裂呪文を唱え、何十体ものオーク共を一気に屠る。


 その瞬間だった。ソルは聴いた。


「…援軍だッ! 団長! 門の正面に援軍らしき魔導師が!」


 妻の声だった。声の方向をソルが見上げると、砦の上階で、大コウモリと戦っているライラの姿がはっきりと見えた。その剣が煌めき、目の前のコウモリを切り裂く。


「………あ…ッ!」


 しかし、コウモリの背には別の影が乗っていた。

 ……弓を構えたゴブリンだった。その弓から放たれた矢は、一直線に彼女の喉を射抜いてしまった。


「ライラーーッ!!!」


 ソルの叫びは届いたろうか。ライラは血を吐き、視点の定まらない目で遥か下の地面を一瞬見つめ、体勢を崩し、そして落下した。

 その姿を、オークの群れの中からソルの目は捉えていた。反射的に駆け出す足。間に合うはずは無い。しかし、ライラが叩きつけられる筈の地面が、爆ぜた。


 ロギの魔法だった。周囲の化け物たちは吹き飛ばされ、ライラは反動で軽く浮いてから地面に倒れ落ち、ソルに抱き上げられた。


「まだ……生きてる!」

 ソルは震える手に必死で力を込め、矢を取り除く。噴き出す血に怯まず、不可視呪文が切れるのにも構わず、全力で回復魔法を唱える。


「………げはっ!……ご……ソ……ル……」

「喋らないで!!」

 光の中、凄まじい速度で回復していくライラ。その間完全に無防備な二人を、ロギが駆けつけつつ援護する。

 しかし、


「…ぐうっ?!」

 ロギの足元に燃えるような激痛が走った。右足首に、火サソリの針が深く刺さっている。

「こ…の……雑魚がッ!!」

 そう叫んだロギの足下から冷気が迸り、凍りついた火サソリは杖で粉々に砕かれた。

 膝を着くロギ。周囲の魔物たちは、当然彼を最優先に叩くべき目標と見定め、襲い掛かろうとしている。


「…ライラ、走れる?!」

「……うんっ!!」

 足の速いゴブリンとオークが、ロギの周囲に殺到する。しかし前から来たものはロギの呪文で、後ろから来たものはライラの剣で屠られ、ソルの張った破邪呪文の結界内には一匹も入り込めなかった。


「毒消しは?」結界を維持させつつソルが二人に問う。

「あたし、持ってる」

「ありがとう。…あなたがライラ?」

「ええ。…あなたは?」

「会えて嬉しいです。私はロギ。ご主人の友人です。……凄いですね、あの高さを落ちながら、剣を離さないなんて」


 ロギはそう言って微笑んだが、額から流れる汗が足の苦痛を物語っていた。


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