前日譚:明日もまた生きる為に
吟遊詩人ロギと、その弟子ニトルの出会い。
歌で食っていくのも楽な話ではなく、案外と世知辛いファンタジー世界の現実とどう向き合うのか。
本編前の軽いショートショートです。
「弟子にしてください!!」
「いいよ」
こうして俺は、ここ周辺では有名な若い吟遊詩人の弟子になった。師匠は懇切丁寧にリュートの弾き方と詩の歌い方を教えてくれた。俺は天才だったのでそれらをスラスラと覚え、やがてそれなりの吟遊詩人になれた。はずだった。
「教えられる事は全部教えたんで、後は頑張んなさい。じゃあね」
「ちょまっ……待ってください師匠!!」
「何?」
「確かに演奏とか詩吟とかは教えてもらいましたけど、それで終わりですか?」
「うん。他に何が?」
「いやその……アレです。食っていく方法です。ぶっちゃけると、就職の斡旋とかしてもらえませんか?」
「職業:『吟遊詩人』。以上でしょ? 街角や旅先ででも歌えば?」
「無理です。コマンド:『うたう』で怪物と戦ったりとかできるワケじゃないんですよ。旅とかするにしても装備とか仲間とか要るでしょ。つまりお金が要るでしょ。ほら、就職先が必要でしょ?!」
「でも僕は一人で歌って生きてるよ。まあ何とかなるって」
それ以上問答しても無駄っぽかったので、俺は一旦実家に帰り、親のスネを齧りながら王宮公認吟遊詩人の試験を受けたり、冒険者酒場に登録とかもした。試験は一次で落ちて、酒場はなしのつぶて。それから一年が経過……。
俺は街角で、師匠と再び顔を合わせた。
「久しぶり。食えてる?」
「……食えてましぇん」
「いや、食えてないなら死んでるよ。生きてるんだから食えてるでしょ」
「親のスネは齧り尽くしました!! お願いです。家を追い出される前に就職させてくださいッ!!」
「就職ねぇ…」
師匠はそう言うと、リュートを奏で始めた。
「君は僕に習って、何を歌いたかったの?」
リュートの音を伴奏に、師匠が問う。
「それは勿論、詩です」
「何の詩?」
「…例えば英雄譚とか、悲恋の詩とか…」
「流行りモノだね。…まあ確かに人気のある詩歌だからって悪いとは思わない。ならそれを歌いなよ」
「街角で歌っても、お金になりません……」
「でも歌えるよ。歌いたいなら、どこでだって歌えばいいんだ。…例えばこんな風に」
師匠はそのままリュートを奏で続けた。少し物寂しいフレーズの、初めて聴く曲だった。一曲丸々弾き終えると、
「……君のお陰で新しい曲が出来た。詩は後で考えるけど、さしずめ『就職哀歌』って所かな。うん、世相に合いそうだ」
と言った。
続いて軽く拍手が沸き起こる。いつの間にか、俺と師匠の周囲には数人の見物客が集まって来ていた。
「正直な話をしようか。就職先は紹介できないし、食っていく方法も教えられない。何故なら僕自身、食っていくのが難しいからだ。競争相手は増やしたくない。演奏とかの技術は教えてあげられるけどね。詩吟の人気が広まるのは助かるし、何より謝礼は貴重な収入だから」
「……そんな」
「落胆したかい? いいね。じゃあ今度はそれを歌おうか。何なら君が歌うといい。……聴いてください『家を追い出される前に』」
師匠はからからと笑いながら、再びリュートを奏でる。いいぞ歌えと、周囲の見物客。
ああもうヤケだ。俺はこの一年の不平不満を朗々とがなり立てた。
***
俺は今、郊外の農村で働いて、その日その日を食い繋いでいる。
もう何年前になるだろうか。あの街角で師匠と歌った時に得た、二束三文の投げ銭の分け前が、俺の唯一の保有資産であり宝物だ。
仕事が終わってまだ身体が動く貴重な夜。俺は手製のリュートを握って村の酒場の舞台に立つ。そして歌うのだ、日々の不平不満を。世の哀愁を。収穫の喜びを。
出番が終わり、カウンターでマスターからのオゴリを一杯引っ掛けていると、誰かが俺の肩を叩いた。
「……食えてる?」
「……生きてく分は」
俺は苦い笑顔で答える。それを聞くと懐かしい顔もまた笑い、リュートを構えてこう言った。
「いいね。じゃあ今日は君の為に歌おう。……聴いてください『明日もまた生きる為に』」