マーニラマニラマーニラ求人!
新作だで!
感想くれると嬉しいよぉ!!!
「あっつ……」
八月の初旬、立秋──と、今朝のニュースキャスターは言っていたが、秋という季節から想像されるあの涼し気な気温ではない、日に日に暑さが増す休日の午後。
涼真は、額を汗で湿らせながら、西武新宿駅を出てすぐに見える堂々としたモニターを掲げた家電量販店の下をノロノロと歩いていた。
「もぉー、相変わらずお兄ちゃんは体力無いんだから~」
暑さに当てられ、重い足取りをした涼真に歩く速さを合わせている妹の心は、少し呆れた声音で兄をからかう。
今を輝く現役女子高生兼、女子バスケットボール部エースのお前と体力値を一緒にするなよ……と、ツッコミを入れたいところだが、生憎今の涼真には重りがついているんじゃないかと思わせる自身の足を、一歩、また一歩と前に進ませるので精一杯だった。
「名前に涼しいって漢字入ってるんだから、もっとクールにしないと!」
「それに関しては、冬生まれで見るからに暑いのが苦手そうな俺に、『涼真』っていういつでも涼し気でクールそうな名前をつけた両親に文句言ってくれ……」
いかにも訝しいといった表情で、名前と性格の相違にケチをつけてきた妹に視線を向けた涼真。
心は、「赤ちゃんの時から死んだ目してたの~?」とくすっと笑った。
花宮心──日本では珍しい金髪の地毛に碧い瞳をした十七歳の女の子。
親の再婚によって涼真とは半強制的に家族となった腹違いの妹で、日本とロシアの混血らしいが、生まれてからのほとんどを日本で過ごしていたり、ロシア人である母親が日常的に発している言語が日本語であったりで、本人は日本語以外話せないという生粋の日本人っ子。
だが、外見に関しては外国人の血をしっかりと引き継いでおり、反則的なまでに豊かに実ったその胸と、スラーっと無駄がない腰回り。身長は小さめで心自身は気にしているようだが、逆にその小ささが小動物のような可愛らしさを引き立てているため、普通に生活しているだけでスカウトされてしまうという誰がどう見ても絶世の美少女だ。
そして、そんな芸能人顔負け美女の形式上兄にあたる存在──花宮涼真。
見てくれだけで言うなら、涼真も磨けば光りそうな恵まれた顔立ちをしているが、如何せん死んだ魚のような目と、覇気のない表情、社交性は人並みにあるものの人と関わるのをそこまで好まない性格が災って友達がほとんどいない──否、一人もいない正真正銘のボッチである。
「ふぁ……ぶわくしょんっ!」
「大丈夫?クーラーつけっぱなしで寝てるから、風邪ひいたの?」
「いや、何か一瞬寒気した……」
「暑いって言ったり寒いって言ったり、変なお兄ちゃん」
「うっさいほっとけ」
涼真は鼻をさすりながらそっぽを向き、それを見て楽しそうにいたずらな笑みを浮かべる心。
今二人が向かっているのは、ゴジラが顔を覗かせている比較的大型な映画館TOHOシネマズ新宿であり、急遽として放映が決まったある一本の映画を目的にこの大都市に足を運んでいた。
一見性格が真逆の花宮兄妹だが、一つだけ共通の趣味があったりする。
それは、この国が誇るオタク産業の絶対的大黒柱であるアニメだ。
何故か今日だけ限定で、二人が大好きな『リ・リ・林道』というアニメの続編映画が、何故かこの映画館でのみ放映され、何故か花宮宅に当選という形でその上映チケットが二枚届いたため、インドアで不要な外出は基本しない涼真ではあるが、心から一緒に見に行きたいと強く頼まれたのもあり、渋々腰を上げて今に至る。
「それにしても、すっごい運良いよね!今日限定の劇場版リリドのチケットが、良く分かんないけど当選してるなんて!しかも、二枚分!!」
「そうか?俺は未だにちょっと怪しんでるけど……」
「もぉ~まだ言ってるの?」
「いやいや!あのチケット二枚だけが来てすんなり信じる、心の疑わなさがちょっと怖いわ……」
「でもあの後、結局公式まで電話かけて当選の確認したじゃん!……きっとあれだよ!心忘れっぽいから、何かで応募したの忘れてたんだ!」
「リリドの続編が劇場版になってるって知ったの、俺と同じタイミングだったのにか?」
「うぐ……っ。こ、細かいこと気にしてたら楽しめないし!?お兄ちゃんそんなだから、彼女はおろか友達すらいないんだよ!」
「なッ!と、友達いないことは関係ないだろ!?」
必死に言いあっていた涼真と心だったが、興奮して声がだんだんと大きくなっていたのだろう、周囲にいる人達の視線を集めていることに気が付き、お互いに頬を紅潮させて押し黙る。
前を歩いていた女子高生二人組からは、「え、何なに?痴話喧嘩!?」とチラチラ見られる始末だ。
聞えてるし、俺と心は兄妹だっつーの!
そんなことを思いながら、得意の悪い目つきで睨み返したら、女子高生二人は危機感を感じたのか逃げるようにサッと前を向いてしまった。
「こ、こほん……。ま、まぁ、とにかく、心は久し振りにお兄ちゃんとお出掛け出来て嬉しいってわけ!理解した?」
「あの文脈からどうそこに辿り着くのか謎だけど、分かったよ。……まぁ、その俺も……心と久々に出掛けるのは、楽しいし……」
「ほ、ほんと!?そ、そうなんだー。ふ、ふ~ん」
何か言いたげだが、もうめんどくさいし放っておこう。
別に嘘は言ってないしな。
他愛もない話をしているうちに、涼真と心は目当ての映画館に続く大きな開けた道に出てきていた。
映画館まではまだ多少歩かなければならないのだが、上階へと続く露出したエスカレーターや、この施設の目玉といってもいいゴジラの頭が目視できたりと、そこまでの距離はさほど遠くない。
……そういえば、子供の頃俺と心で初めて二人だけで遠出してきたのも、ここの映画館だったなぁ。あの時は、心が迷子になって、探してたら見たかった映画終わっちゃってたんだっけ。
少しずつ変化していくこの街の街並み。変わらないもの。
懐かしい記憶に思いを馳せていると、遠くの方で変に耳馴染みのあるあの曲が流れているのが、突っ立ている涼真の耳に入ってきた。
──マーニラマニラマーニラ求人!
空気程度の雑音だが、この曲はなんか耳に残る。
「何してるのお兄ちゃん?早く行こ!」
我慢ならないといった様子の心は、何故かその場で突っ立ていた涼真の手を引っ張った。
「あ、あぁ……」
──マーニラマニラ高収入ー!
だんだんと距離が縮まっていく、求人の広告を掲げたトラック。
きっとこの続きのフレーズは!
──マーニラマニラで
「アルバイトー」
ぼーっとしながら、何となく呟く。
別に注意深く聞き入ったことがあるわけじゃないが、何故か口ずさめるフレーズ。
「ね、ねぇお兄ちゃん……あのトラック、おかしくない……?」
──マーニラマニラマーニラ求人!
何だか周りの人が騒がしい。
小ぶりな悲鳴をあげてる者もいる。
「お兄ちゃん!あのトラック、心達の方に突っ込んできてない!?」
青ざめた表情の心が、心ここにあらずといった様子の涼真を抓り、慌てて後方を指さす。
抓られてやっと意識がこの場に戻ってきた涼真は、やっと起こっていることの重大さに気付く。
見た先にはマニラ求人のテーマソングを流したトラックが、目を見張るような速さで暴走しており、しかも、涼真と心目掛けて突っ込んできているのだ。
人間本当に命の危機に瀕すると、案外体が動かないものらしく、涼真と心はその位置から棒のように固まって動けなくなってしまった。
そんな二人に対し、非情にもどんどんスピードを上げて突っ込んでくるトラック。
これを今さら避けるのは不可能。
──マーニラマニラ高収入!
「きゃぁぁああああ!!」
心の悲鳴が昼間の新宿に響き渡ったのを最後に、涼真は何とか心を庇う形で間に入ったものの、それで衝撃が和らぐことなどはもちろんなく、二人は痛みを感じさせないほど一瞬で轢かれて、この世を去ってしまったのだった。
去った、はずだった。
「……ここ、どこ?」