番外編 誓い〜sideレオ
アリィシアは僕の妹だ。
「にぃちゃま、どこへ行くの?」
「別にどこでもいいだろ。」
「アリーもいっしょに行きたいよ。」
四歳になったアリィシアはいつも僕の後をついてきて、「どこに行くの?」が口癖だ。
生まれたばかりの頃は小さくて自分で動くこともなく寝てばかりだったのに、今では口うるさくてなんでも僕の真似をしようとする。
「僕はダニエルと森で釣りをしてくるから、ついてきちゃダメだよ。」
「アリーもつりしたい!」
「ダメだよ。森は危ないからと母様もきっとダメって言うからね。」
「えー。にいちゃまだけずるいわ。」
「とにかく、今日は母様と留守番してるんだよ。僕が森へ行ったことは秘密だからね。」
やっとのことでアリィシアの口撃をかわして、僕は友人のダニエルと待ち合わせをしている森へと出かけた。
「やあ。レオ!今日はうまくアリィシアを撒いてきたのか?」
「ダニエル!……何とかね。待たせたか?」
「いいや。俺も今来たとこだけど。さあ行こうぜ!」
このダニエルは父様の商会で働く従業員の息子で、同い年ということもあり仲の良い幼馴染だ。
「この前はあの湖で何匹もすっごく大きな魚が釣れたって街で噂になってたぞ。」
「一匹じゃないんだ。じゃあ今日僕も大きい魚を釣って帰ってアリーをびっくりさせてやろう。」
いつもは邸のそばの小さな池で釣りをするけれど、大きな魚の噂を聞いて今日は森へと向かったんだ。
ダニエルと二人湖で釣りを始めてまもなく、近くで『ウォーン……』という声が聞こえた。
「おい、レオ聞いたか?」
「うん。野犬かな?」
――グルルルルッッッグルルーッ……
近くの茂みから唸り声をあげながら黒い毛色の大きな狼が一匹姿を現した。
「やばい、狼だ……。」
「ダニエル……、どうする?」
「とりあえず、背中を見せずにゆっくり後ずさるんだ。目を合わせないようにな。」
「うん。」
僕とダニエルはそおっと後ずさるようにして狼から距離を取った。
――ガサガサッ……
「まずいぞ。こっちの茂みにも狼だ。」
ダニエルのそばの茂みがユサユサと揺れている。
「にいちゃま!」
茂みから飛び出してきたのは、顔に小さな擦り傷を作ったアリィシアだった。
「アリー!」
狼が唸り声を上げながらアリーの方へと体を向けた気がして、僕は咄嗟に近くにあった石を狼の方へと投げた。
――キャイイイン!
石はうまく狼の眉間に当たり、叫び声をあげて飛び上がったと思ったらガサガサと茂みの向こうへと逃げていった。
「アリー!大丈夫!?」
「にいちゃまー!おおきなイヌさんこわかったね。」
涙目でグスンと鼻を鳴らしながら抱きついてくるアリーの小さな身体が温かくて本当に安心した。
「おいおいアリィシア……本当焦らすなよ……。」
ダニエルも近くに寄ってきて、アリーの頭を撫でた。
「アリー、ここまで一人で来たの?」
「うん。にいちゃまが行ってしまったからあとから追いかけたの。」
「そっか。本当に大きな怪我がなくて良かった……。」
血も滲まないくらいのわずかな擦り傷が多くついてしまったほっぺを擦ると、目をつぶってくすぐったそうにするこの妹が、やっぱり可愛くて。
「もう二度と一人で邸を出たらダメだよ。僕もこれからはアリーを置いて行かないからね。」
「うん。ごめんなさい。」
「狼がウロウロしてるなら、しばらく森には来れないなー。」
「本当危なかった……。」
ダニエルと僕でアリーを真ん中にして、手を繋いで少し早足で森を出た。
「それで、アリーは一人でレオを追いかけて森へ入りましたのね。母様はとても心配しましたのよ!」
邸に帰ると母様がアリーを探していて、森でのことを話すと随分怒られた。
子どもたちだけで森に入ることは禁止されていたからだ。
「何ですって!?狼がいたんですの!?それで、みんなに怪我はなくて?もう、なんて事でしょう……。」
母様は、それでも心配からか最後にはポロリと涙を零したところで父様が帰って来て、母様の泣き顔をみた父様に僕はまた怒られることになった。
「にいちゃま、アリーのせいでごめんなさい。」
アリーが僕の上着の裾を引っ張りながら今にも泣きそうな顔で謝ってきた。
「アリー、僕が悪いんだよ。可愛いアリーを放って置いてごめんね。」
「にいちゃま……。」
とうとうアリーの瞳から透明の雫が溢れ出して、僕はもう二度とこの可愛らしい小さな妹を危険な目に遭わせないと誓った。
「アリー、大好きだよ。これからも僕がアリーを守るからね。
」