祇園の城を目指して。5
『斑鳩〜〜!!』
あれから数週間たったある日、花月が慌てて斑鳩の元へとやって来た。
『どうした花月!?』
『ついに来たわよ! 小田殿からの返事が!!』
『何っ!! 誠かっ!』
『ほら! 確かにっ!』
花月は興奮した顔で、慌てて書状を斑鳩に渡した。
『おお、ついに来たか。
だが、どう返事を返して来たのかが問題だな。
藤井殿の所に行くぞ! よしっ、サクラも呼ぼうっ!』
いつの日か来るとは分かっていたけど。
ついに来てしまったのね。
この日が……。
どんな返事が来ようとも、この平和が崩れる瞬間だ。
それから急いで三人で藤井さんの元へ集まった。
『ついに来ましたか! 若犬丸殿、して小田殿の返事は?』
『これから読みますので、少々お待ち下され。』
すると、斑鳩は手紙を凝視する。
『……。』
『若犬丸殿?』
『斑鳩?』
『早く教えなさいって!』
皆んなが喉を鳴らせて固唾を飲む中、やっと斑鳩が口を開く。
『皆んな喜べっ! 小田殿は陰ながら、我等に力を貸すと言う事だ!!』
『おおっ!』
『ついに反撃開始ねっ!』
皆んなは歓喜して喜び合った。
だけど、私だけは素直に喜べなかった。
『して、どう動かれる?』
『先ずはここに落ち延びた兵達、各地に潜伏している者達、それに小田殿の兵をお借りして、必ずや取り戻してみせます!』
『『『とりもどす?』』』
三人共声が重ねて、斑鳩を覗き込む。
斑鳩が、真っ白な歯を出して笑みを浮かべる。
『もちろん、祇園の城だっ!!』
『『『ええぇぇぇーーっ!!!』』』
一同が斑鳩の考えに驚愕した。
『若犬丸殿っ!
それは余りに無謀な策だぞっ!』
『そーーよ! 藤井様の言う通りよ!!
鎌倉公方が直轄で管理してる、今の祇園の城なんて取り戻せやしないって!!』
『例え上手く祇園の城を取り戻したとしても、直ぐに鎌倉から大軍が攻めて来るぞ!?
攻めて来たらひとたまりも無いぞ!』
『祇園の城は、何としてでも取り戻しさなければならん!
再び小山の地を取り戻し、我らと小田が立ち上がれば、必ずや鎌倉公方に不満を持つモノが呼応し、各地で反旗を翻す筈だ。
先の父上の戦でも分かっている通り、新田殿南朝の者達も我等に呼応する筈だ。
それに、私には秘策が有るからな……。』
『秘策っ!?
アンタそりゃあ、一体……??』
『若犬丸殿、秘策とはどういう事だ??』
『小田殿と組んだのには他にも訳が御座います。
まあ、見ていて下され!
それは、いずれのお楽しみにしましょう。
そして各地で火の手が上がれば、京の室町殿も停戦に動こう。』
※室町殿 3代将軍、足利義満
私達が幾ら尋ねても、斑鳩はその秘策とやらを教えてはくれなかった。
一体何なんだろ??
でも、斑鳩の眼は自信に満ち溢れていた。
『もし、若犬丸殿の申す様に事が運べば、流れは一気に変わりますな。』
『そう言う事で御座います。』
『で、出立はいつ?』
『卯月の頭には。』
もう半月も無い。
私の前に途端に戦風が吹き込んで来た。
ここから斑鳩と……、いや、小山若犬丸と鎌倉公方との戦、後の世に伝わる小山若犬丸の乱が、ついに始まるのだ……。
そして、半月という歳月はあっと言う前にやって来た。
いよいよ出立の時だ。
私は、舞姫の衣を久しぶりに羽織った。
舞姫の衣は、櫃沢の戦の時に返り血で真っ紅に染まりこの菊田の荘へ着く頃には、既にぼろぼろになっていた。
だが元々はただの制服だったのに、須佐之男命の神通力のお陰か、破邪の剣の光を浴びた為か、いつのまにか汚れも傷も解れも無くなっていていた。
そして私は破邪の剣を背中に携える。
門まで辿り着くと、私達の門出を藤井さんや、藤井さんの家中の者が総出で迎えてくれた。
『長い間有難う御座いました。それではこれにて!』
『若犬丸殿、どうかご武運を……。』
『藤井殿こそ、長きに渡り我等を匿って頂き本当に辱い。』
『藤井さん。長い間、本当に有難う御座いました。』
私は深々と頭を下げて、満面の笑みでお礼を伝えた。
『藤井様も、どうかお達者で。』
『舞姫殿も花月殿もな。』
『はい……。』
そして藤井さんは、私達の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
菊田の荘を後にした私達は、三人だけで常陸の国を目指して、南下しながら祇園の城を目指した。
先ず、私達三人は常陸の小田さんの所まで行き、兵を借りる手筈になっている。
もちろん、大人数で動けば見つかる恐れが有るからの三人での行動だ。
決行の日に、須賀神社で小山の人達と集結する手筈になっている。
歴史が正しく進めば、この戦いは必ず勝つ筈。
でも私は、その後の事が余り良く覚えて無かった。
つくづく勉強しておけばと後悔した。
それと、破邪の剣の力の使い方を解き明かす為に、小山の地へ帰ったら、どうしても調べたい場所が有った。
私が破邪の剣の舞姫となった須賀神社。
そこにきっと何か手掛かりが有る筈。
『アンタ、そーーやって、ぼけぇっとして歩いてると転ぶわよ。』
『えっ? 私、そんな顔してた?』
『してたしてた!
まあ、心配だろうけど何とかなるわよ!』
『うん。
それは分かってる。』
『それは分かっている……か。
そうサクラが言うので有れば間違い無いだろうな!』
海沿いを歩いているから、潮風の匂いがする。
だが最早、菊田の荘の様な平和な潮風の匂いでは無かった。
少し肌寒く、どこかしら戦の匂いを乗せている様に感じた。
『そう言えば、いつの間にか常陸の国に入っておったな。』
『ならもう少しね。』
『いや、筑波郡はまだまだだ。』
筑波郡?
『って、あの筑波山がある?』
『良く知っていたな。
その通りだ、小田殿の城は筑波の山の麓に在る。』
小山とそう遠く無い場所だ。
車で一時間位の距離だ。
『街道は使えぬからな。
少し遠回りだが辛抱してくれ。』
そうして日も暮れて、暫く人通りの少ない寂しい道を歩いていると、廃墟になった寺があった。
『今宵は此処に泊まるとしよう。』
私達は今晩の寝床に決め、床についた。
暫くして、うとうとと寝ていると、外に人の気配を感じて眼が覚めた。
建て付けも悪くなってしまい、ぼろぼろの襖を静かに開けると、外には斑鳩が一人佇み月を眺めていた。
『……眠れないの?』
『サクラか。』
『大丈夫よ。
きっと上手く行くから。』
『それもサクラの知ってる歴史か?』
この戦いは勝つのが正しい歴史。
まあ、勝つのは本当の歴史なのだから、喋っても大丈夫かな?
『ええ。大丈夫、きっと勝つわ。』
『最近、未来を語る様になったな。』
『うん。
そう言う歴史なのだから、教えても大丈夫かな? って。』
『そうか……。
だが、歴史を変える事だけはするな。』
『うん、それは分かってる。』
そう言って、二人で夜空を眺めた。
©︎2020 山咲




