迫り来る運命の時。9
次の日の早朝。
斑鳩は、墓前に小さな花を添えて、手を合わせた。
『さあ、いつ敵の追手が来るやもしれぬ。急ごう!』
『『『はっ!』』』
『殿、このまま山伝いに奥日光まで出れば、もう一安心かと思います。』
『そうだな。
まだまだ道のりは険しいが、必ず辿り着くぞ!』
斑鳩達は櫃沢の城より更に奥の山中へと脚を踏み入れた。
これから斑鳩が使う道は、春の匂いを感じる季節と言えども、まだまだ何処も雪深い。
足尾から雪解け水で凍てつく大谷川を渡り、いろは坂を登って頂上の中禅寺湖から北に在る川俣の地を目指し、そこから西の湯西川まで行き、今で言う会津西街道を北上し、会津の地へ入る予定だ。
※足尾、 現在の栃木県日光市足尾町。
※大谷川、 華厳の滝から現在の栃木県日光市を流れる川。
※足尾、 現在の栃木県日光市足尾町。
※いろは坂、現在の栃木県日光市から中禅寺湖までの国道120号線の区間。
※中禅寺湖、現在の栃木県日光市に有る湖。
※川俣、 現在の栃木県日光市川俣
※湯西川、 現在の栃木県日光市湯西川
現代でこそ、整備されてるが、それでも細く険しい山道だ。
この時代に、しかも雪深い危険な山道を、敵を警戒しながら進むのは大変な事だ。
そうして敵の眼を掻い潜り、何とか会津まで残り十里の所に着いた頃には、もう四月になっていた。
もう皆んな、泥まみれで衣服もぼろぼろになっていた。
『何とか此処まで来ましたなあ。』
『この先、会津を抜けて猪苗代の湖を東に行けば田村の荘に辿り着来ますな。』
『ああ。
だが、私は暫し寄り道をせねばならぬ。
ここは二手に分かれ、私の共は一人を残し残りの者はこれより先の峠を抜けて、須賀川から田村の荘へと向かうのだ。
私の無事を、田村庄司殿へ伝えてくれ。
そして、共に戦ってくれる様に説得するのだ。』
『なっ!? その様な事など聞けませぬぞ!!
それでは殿が危のう御座います!!』
『そうですぞ!! 余りに危険!!
それに寄り道とは一体何なのですか!』
『殿が仰っていた、会津でやる事で御座いましょうか?』
『ああ、そうだ。
だが、会津を治める蘆名殿が、既に鎌倉公方の手先となり我等を散策している可能性も有る。
だから、会津の地を全員で越えて行くよりは安全だ。』
『その様な危険かも知れぬ場所に、殿を護衛一人のみだけしか付けてなど行かせられませぬ!』
『その通りですぞ!!
しかし、殿がそこまでして行く理由とは……。』
皆がざわつき出す。
『落ち着け。
私はこれより、会津の蘆名殿の元へ向かう。
どうしても、蘆名殿とお会いせねばならん!』
『な、何故に御座います??
それに、先程殿が申された様に、敵かも知れぬ相手の所へは行かせられませぬ!』
『今度の戦、鎌倉公方との最後の全面対決となろう。
田村庄司殿と力を合わせたとしても、こちらが圧倒的に兵力で劣る。
だから、私自ら赴いて蘆名殿に加勢を願うのだ。』
『危険過ぎますっ!
何処に味方になる確証が有るのですかっ!!
嫌、全く無いに等しいです!!』
『……私が何も考えずに今まで鎌倉公方と戦をして来たと思うか?』
『一体、どの様なお考えですかっ!?』
『それに、蘆名殿が関係しておるのですか?』
『当たらずとも遠からずだな。
私は戦をするにあたり、小田殿に力添えを頼んだだろう?』
『小田殿と蘆名殿に何の関係が??』
『小田殿、田村庄司殿、蘆名殿は臨済宗大光派の法統だ。
それに大光派開祖である復庵和尚は小田殿と血縁関係だ。』
『ま、まさかっ!』
『そうだ。
鎌倉公方に勝つ為に、私と小田殿は、大光派の大名豪族を味方に付けようとしたのだ。
小田殿の働き掛けが有れば、大光派に帰依する大名豪族は味方になる。』
『大光派による、反鎌倉公方の陣営が出来る……!』
『だが、肝心な小田殿が倒れてしまった以上、我等と田村庄司殿だけでは心許ない。
だから、以前として沈黙している蘆名殿を動かす必要が有るのだ。』
『し、しかし!!
殿自ら、共の者も一人しか付けずに赴くのは危険過ぎます!!』
『だが、もはや使者を遣わすだけでは、蘆名殿の真意も心を動かす事も出来ぬであろう。』
『た、確かに殿の申す通りですが、本当に蘆名殿はお味方致すでしょうか……??』
『全く分からん。
もしかしたら、我等に仇を成す敵かもしれん……。
だが、例え失敗したとしても、交渉しないよりは良い!』
『殿……。』
そして皆が黙って下を向く。
皆んな斑鳩の事が心配なのだろう。
だが、斑鳩の強い意志に何も言えない。
『心配を掛けさせてしまってすまぬな……。
それに、田村庄司殿が鎌倉公方に対して決起すれば、小山の者達も続々と田村の荘へと馳せ参じるだろう。
お主達には、その指揮を頼む。』
斑鳩は、皆を見つめながら謝罪した。
皆、顔を俯けたまま何かを堪える様に、身体が引きついて行く。
『ど、どうしたのだ??』
そして引きつきが次第に強くなって行く。
『く、くく……っ!』
『くくくっ!』
『はははっ!』
『『『わははははっ!!』』』
『な、何だお前達……!?』
堪えきれなくなった皆が大声で笑い出した。
『流石、我が殿です!』
『まさか、そんな壮大な構想がお有りだったとは!』
『皆、呆れを通り越して感服しておるのです!』
『全く、いつも殿には驚かされます。
我等の心配など、何処吹く風だ!』
『いつも諦める事を知らない。
それが、我が殿です!』
斑鳩は笑顔で皆を見つめた。
『お前達……。』
『やりましょう!
鎌倉公方に、一泡吹かせてやりましょうぞ!』
『ああ、それに私は必ず戻って来るさ。』
『はっ!
必ず田村庄司殿を説得して、小山党の者達と共にお待ちしております!』
『田村の荘でお待ちしておりますぞ!』
『なぁに、殿がお戻りの前に我等と田村庄司殿で、鎌倉公方を打ち破っているかもしれませんぞ!』
『うむ、頼もしいな。』
そして斑鳩は皆んなを笑顔で見つめた。
生きてまた会おうと、思いを込めて。
それを感じて、皆んなも斑鳩を笑顔で見つめた。
©︎2020 山咲




