表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/69

祇園の城を目指して。2

私は逸る気持ちを抑えられず、我武者羅に山を登って行った。



草を掻き分けて、無言で必死に登り続けた。



でも、流石にもう体力も尽きかけている。



斑鳩に会いたい。



その意思の力だけで、何とか山の頂上へと辿り着いた。




菊田の荘を一望出来た。





『ここが菊田荘……。』




風が心地良い。



疲れた身体を包み込む様に、優しく癒やしてくれる。



山の上から見た菊田荘は、山と海に囲まれてとても美しく、悠久の実りを与えてくれる大地と呼ぶに相応しい光景だった。



まるで、外界から閉ざされた楽園の様。



『やっと着いたわね!

さあ、斑鳩はこの地の領主の藤井って人の所にいるはずだから、後もう少し頑張るよ!』







山を下りて暫く進むと、領主だけあって藤井さんの館が見えて来た。



とても大きくて、誰が見ても直ぐに分かる、周囲に掘りと塀を巡らせた典型的な武家屋敷。




『……何者だっ!!』



館の門に近づくと案の定、門番が私達を足止める。




『あ、あの!!

藤井さんに……、い、斑鳩に!』



私は斑鳩に会いたい一心で、上手く言葉が出て来なかった。




『……なんだ? お前は??

それにしても小汚い娘どもだな、帰れっ!!』




『ああ、アタシ達はここに来た小山若犬丸様の縁の者よ。

アタシ達の名は破邪の剣の舞姫、如月サクラとその従者の花月。

それを伝えれば若殿は分かる筈……。

若殿は何処に??』



私がまごまごしてる隣で、花月が冷静に説明してくれた。




『なっ、なに!? 誠かっ!?』


『だが、た、確かに聞いている特徴と似ているな……。』



門番達がこそこそと相談して、一人が中に入って行った。



『し、暫し待たれよ!』




暫くすると、慌てる様に走って戻って来た。




『これは、大変なご無礼を致しましたっ!!

ささっ! お二人共、早う中へっ!!』




『良かったね! 花月!』




私が喜んでいる所を、花月が耳打ちしてくる。




『良ーーい?? サクラ。

まだその藤井って人が味方かどうか分からないわ。

十分警戒するのよ!?』



『えっ!?』



『我が身可愛さに、私達や斑鳩を裏切ったとも考えられるでしょーーが!!

だけども、中に入らない限りは斑鳩がここに匿われているのか、はたまた捕われているのか分からないわ。』



『う……、うん。』



私は急に不安になった。


もしそうだったら、斑鳩は無事なのっ!?





『ささっ! どうぞ!』



門番に連れられて、館の入り口にやって来た。



だ、大丈夫かな……。




すると奥からドタドタと誰かが走って来る音がする。




『……。』




『……。』





私と花月は警戒を解かずに、屋敷の奥から走って来る人を待つ。




『サクラーーっ!!』




『い、斑鳩っ!?』




私の眼の前に映る人は、紛れもなく大好きな斑鳩だった。



斑鳩は人目も憚らず、私を抱き締める。




『良かった……。

本当に無事で良かった!』



『ああ、斑鳩……。』




私はポロポロと涙が出てしまった。



斑鳩がこそ無事で良かった。



本当に。





『はいはい。

二人共、感動の再会はその位にしなさい。

皆んな見てるわよ!』




斑鳩は我に返り、途端に顔が真っ赤になって恥ずかしそうに頭を掻いていた。




この人の、こういう時の仕草が本当に愛おしい。




『あ、ああ。

花月、お前も無事で良かった。

大変な道のりであったろう。』



『取り敢えず、アンタも無事で良かったわ。

ったく、変に警戒して損した。』



斑鳩と花月は、お互いの無事を確認して笑顔で見つめ合った。





『ははは!

若犬丸殿、良かったのう!』



奥から初老の品の良い雰囲気の人がやって来た。



『こ、これは藤井殿。

お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました。』



あ、この人が藤井さんか。


親戚筋だけあって、何処か斑鳩に似ている。




『しかしサクラ、こんなに傷だらけになって……。

それに、こんなにも窶れてしまって。

直ぐに私が手当てをしてやるからな。』



『それはアタシの仕事。

それに少しはアタシの傷の心配もしなさいよ。』



『す、すまぬ……。

頭の中がサクラで一杯であった。』



『ったく、このお殿様はね〜〜。』




なんかホッとするな、このやり取り。



やっとまた皆んな一緒になれたんだね。



根拠は無いけど、やっぱり三人揃えば何だって出来るよ!



心からそう感じる。




『さっ! お二人共、旅の汚れを落とされよ。

それに傷の手当てと、精の出る食事もな。』




そうして、直ぐに藤井さんに館の中に案内された。





私達は傷の手当てが済むと、戦や旅の汚れを落としてから別室に案内され、女中さん達に用意されていた衣に着替えをさせられた。



『この衣は我が主、藤井が舞姫様と花月様の為にご用意なされたのですよ。』



『うわっ! とても綺麗……。』



触れた事も無い様な滑らかな肌触りの衣には、透き通り輝いた白地の生地に、艶やかな青紫と金の刺繍が入っていた。



藤井さんは、いつの日かこの地にたどり着く私と花月の為に、この着物を用意してくれていたんだ。




『こりゃ、相当高価な衣だねぇ。

アタシゃ、こんなの生まれて初めて着たよ。』



隣の部屋から花月の声が聞こえた。



『うん、私もよ。』




そして花月の言う様に、この衣がとても高いのも分かった。



きっと斑鳩から色々と話を聞いたのだろう。



藤井さんの心遣いに感謝した。




傷を隠す様に、薄らと化粧を施された。




『な、何か恥ずかしいな。

私、お化粧なんて初めてで……。』



『そんな事は有りませんわ。

舞姫様、とてもお美しいですよ。』



『あはは……。』



女中さんの言葉に照れてしまった。





そして着替えが済むと、皆んなが待つ大きな部屋へと入って行った。



『おおっ! お二人共見事な美しさよの〜〜!』



藤井さんは満足した様に笑顔で迎えてくれた。



花月は真っ紅な衣を煌びやかに、そして優雅に纏っていた。


着物に縫い込まれた、黒と金の刺繍が紅を一段と輝かせていた。



花月って美人だし、着物を綺麗に見せる所作が上手いなぁ。



私なんて、孫にも衣裳って感じなのにな。




『舞姫殿も花月殿も、御二人の雰囲気にとても合っておられる。

しかし本当に美しい! のお、若犬丸殿!』



斑鳩は、藤井さんの話しを聞いていない様子で、瞬きもせずに私を見つめていた。




『ん? どうしたのだ? 若犬丸殿??』



『えっ!?

え、ええ。嫌、何でも御座いません。』



『ははぁーーん。

アンタ、サクラが余りに綺麗で見惚れてたんでしょ?』



『そ、それの何が悪いのだ……。』


斑鳩は顔を真っ赤にして花月に言う。




その言葉に私も顔が真っ赤になってしまった。




ったく、花月ってば!




『ささ、今宵は皆の無事を祝っての席じゃ! 大いに楽しんでくれっ!』




そして次々と豪華な料理やお酒が運ばれて来る。




やっと無事に皆んなが再開出来たんだ。



こんなに嬉しい事は無いよ。



こうなったら今夜はとことん飲むわよ!





……!!



ってか、私何言ってるの!?




何か、もう大分この時代に馴染んで来ちゃったんだな。




お酒だけじゃ無い。



戦も経験したし、人も沢山殺めた。




もう未来にいた時の私とは程遠いな……。




でも、もう私は帰らないって決めてるから。




破邪の剣の力を使って、斑鳩と花月の生きる未来にする為に。




私にとって、最早ここは過去では無くて現代なのよ。




『さっ、舞姫殿も。』


と、藤井さんがお酒を進めて来る。




くいっと飲み干して、藤井さんにもお酒を注ぐ。



『では藤井さんも。』


藤井さんも、くいっと飲み干す。




『花月殿も! ささっ!』



『あら、藤井様。

いい飲みっぷりですね。』




『おいおいサクラ。

あまり飲み過ぎるなよ。』




再会を喜び合う様に、楽しく延々と宴が続いて行った。





『して、若犬丸殿……。

宴の最中すまぬが、小田からの返事はどうかな?』



突然、藤井さんの顔から笑みが無くなって、真面目な顔で斑鳩に問いかける。




『……いえ、まだに御座います。』




『まあ、そう焦る事は無い。

待つのも時に兵法ぞ。』




『密書は藤井殿にご迷惑が掛から無い様、別の場所を経由しておりまする故、時間も掛かっておるのかと。』




『すまぬな、力になれなくて。』



藤井さんは申し訳なさそうな顔で、俯きながら瓶子を取って酒を注ぐ。




『いえ、無用な火の粉は掛から無いに越した事は御座いません。

こうして匿ってくれてるだけでも感謝しております。』




『有難う、若犬丸殿。』




そっか。



藤井さんもこの菊田の荘の人達を守る立場だものね。



私達を匿ったのがバレてしまったらただじゃ済まないだろう。



それを分かってて匿ってくれる。



幾ら親戚筋だとしても、なかなか出来る事では無い。



だって私達は未来で言う所の、たんまりと賞金が掛かったお尋ね者だからね。



きっと優しい人なんだろうな。





『あ、アンタっ! 小田って言えば……!』




『ああ、そう来るだろうと思っておった。』



花月は二人の会話に驚いて身を乗り出した。



『その、小田って?』


私は話の内容が分からずに、思わず斑鳩に問いかけた。




『小田殿は、先の祇園の戦で敵の先陣を務めて、武功を挙げた武将だ。』





『え、ええっ!?』


何でそんな人の連絡を待ってるの!?




『誰でもそう言う反応をするだろうな。

だがな、小田殿は多大な犠牲を払ったのにも関わらずに、不思議な位に恩賞が少ない。

そして、鎌倉公方は我々の下野国と同様に常陸国でも同じ様に佐竹と小田殿を守護としている。』




『あ、それって。』




『察しが良いな。

下野国と同じ様に、次に滅ぼされるのは我等と思っているのだ。

そして小田殿は、我等の領地を奪った鎌倉公方とは隣接する事にもなるしな。』




『恩賞が少なければ、家中の者達に恩賞を十分分け与えられない。

そうなれば、不満を募らせた家中の者達は、いざと言う時に動かないかもしれない。

それに次の標的にされていて、更に鎌倉公方と領地が隣接するなると、軍事的脅威は増すばかり……。

だからアタシ達の味方になるかもって事ね。

正に敵の敵は味方ねぇ。』




『それとさ、話しは分かるんだけどさ。

私、前々から気になってたんだけど。』



『ん? 何をだ??』



『若犬丸って幼名でしょ??

何で殿様になったのに、元服して大人の名前にならないの?』




何か意味が有るのかな?


これは、生前にツバキが言っていた事だけど、私も気にはなっていた。



『ああ、私が元服しないのにも訳が有る。』



『確かに、アンタはその歳でまだ元服もしてないし、幼名のままだからねぇ。

気になってたけど、やはり何か考えが有ったのね。』



『ああ、子供には霊的で神秘的なものが宿るからな。

だから元服は、小山が安泰になってからと考えていたのだ。

昔から小山は宇都宮や鎌倉公方と一触即発だったからな。

私は、この霊力をまだ手離す訳には行かない。』




確かこの時代は、霊的な物を本気で信じている時代だ。



そして、子供には大人には無い霊的な物を持っていると考えられている。



だから、散り散りになった小山の皆んなや、小田さんの様に鎌倉公方に不満を持ってる人達が、その力に肖って集まるかもしれない。



その時の為に、あえて元服せずに子供のままだったんだ。





『流石、若犬丸殿だなっ!』



『これは小山と鎌倉公方との最悪の事態を考えての事でしたが、本当にこの事態が来て欲しくは無かった……。』




そう言って、遠くを見つめる斑鳩の眼が、涙で溢れそうになっているのに気が付いた。





そして宴も終わり、皆なそれぞれの部屋で眠りについた。




私は眠れなくて、一人廊下で夜空を眺めた。




『この先どうなるのかな……。』




微かに聴こえる波の音と、潮の匂いと、深い闇が、私を決して逃げられる事の出来ない、未来への不安と言う恐怖へと引き摺り込もうとしている様に思えた。




この破邪の剣の力を使う事が出来れば、きっと斑鳩を助ける事が出来る。



でも、どうやって力を使えば良いの?



私にはまだ、破邪の剣の力の使い方が分からない。



早く破邪の剣の力の使い方を知らないと……。





『サクラ……、どうした? 眠れぬのか??』



振り向くと、斑鳩がそっと近寄って声をかけた。




『うん……。

色々あったから、考えると眠れないの。』



此処に来る間も殆ど眠れなかった。



敵への警戒もあったけど、殿や芳様の事を考えると……。



『そうか。

父は、死んだのだな……。』



『う、うん……。』



『そうか。』




それ以上、斑鳩は何も言わなかった。



でも、私が全てを伝えないと。




『わ、私……。』



『……。』




『あの日、私は殿が死ぬ事を知っていたの……。

それに芳様の事も……。』



『そうか……。』



『だけも、どうする事も出来なかった。

助けてたくても助けてられなかった!

私が、この時代に来たせいで殿を、芳様をっ……!』



『知っていても、歴史には抗う事は出来ぬと言う事だ。

それに、サクラが悩む事では無い。』



『殿も芳様も、私を庇って……!

それで……、それで!』




『また辛い思いをさせてしまったな……。』



斑鳩は私を優しく抱きしめた。




『ごめんなさい……!!』



本当は斑鳩の方が辛い筈なのに。



止めどもなく涙が溢れた。




『……最後に父上は何と?』



『斑鳩を頼む、と。』




『そうか……。』



そう呟くと、斑鳩の抱き締める力が少し強くなった。




斑鳩の心が全て私に流れて来る。




悲しさ。


悔しさ。


辛さ。


不安。





ああ……。


どんなに些細な事でも良い。



私はあなたの支えに、少しでもいいからなりたい。




剣が部屋の襖越しから光ってるのが分かった。



剣を通して斑鳩の心が流れて来るの?




『ねえ、斑鳩……。』



『……。』



私はそっと斑鳩を抱きしめた。



『今夜は、あなたを一人にさせない。

せめて……、側にいさせて……。』




斑鳩を哀れむつもりでも無い。


私が悲しさを忘れたい訳でも無い。




でも今夜は……。



あなたの側に……。







そしてその夜、私と斑鳩は、初めて心も身体も一つになった。






互いに互いを確認する様に。


2020 ©︎山咲 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ