広がる戦火。2
私達小山勢は、密かに小田さんの兵も借りて、宇都宮基綱と戦う前のかつての軍事力を取り戻していた。
兵力では、こちらの方が圧倒的に有利。
だからここまでの道中、古河からの敵の迎撃は無く一気に城を取り囲んだ。
斑鳩が言っていた通り、本当に城全体が河に浮かんでいる様に見えた。
西は大きな渡良瀬川が流れていて、とてもでは無いが渡河する事など不可能。
東側と南側も渡良瀬川を利用した堀で、決して渡る事など出来ない。
攻めるなら北側の比較的浅い堀しか無いか。
既に城へと続く北側の橋は落とされていた。
『敵さんは、籠城するつもりなんだろうねぇ。
しっかしまあ、こりゃ攻めるのに難儀な城だこと。』
『ああ、きっと鎌倉公方が到着するまで、持ち堪えると思っての籠城だろうな。』
『なら、援軍が到着する前に早く城を落とさないと。』
『その通りだな、サクラ。
ここで鎌倉の本軍が来たら、我等に勝ち目は無い。』
『さっさと片付けてようじゃないのさ!』
『そうだな……。
花月、くれぐれもサクラの事は頼むぞ。』
『あいよ!』
そう言って、斑鳩は眼を瞑って一呼吸置く。
『かかれぇーーっ!!』
斑鳩の声と共に、兵が一斉に城へと襲い掛かる!
弓隊が一斉に矢を放ち、北側の堀を突破しようとしている味方に援護射撃をする!
敵も負けじと矢で応戦して来た!
無数の矢が雨の様に飛びかって、青空が遮られる様だった。
堀を渡ってる最中に矢で射抜かれて崩れ落ちる者、城の岸壁にたどり着くも討ち取られる者、沢山の人達が命を落として行った。
『……なかなか城の中に入れさせてはくれんな。』
斑鳩は、静かに戦の動向を眺めていた。
でも、このままじゃ味方の犠牲が無駄に増えるだけじゃ無いのっ??
私はいても立っても居られなくなった。
『こ、ここはこの前の時の様に私が先陣を切って……!』
『駄目よっ!』
『花月の言う通りだ!!
我等はここで暫く戦の状況を見守ろう。』
『で、でもここで大人しくなんてしていられないっ!』
『だから、今はその時じゃ無いの!
この前の戦とは違うのっ!
しかし斑鳩、これは思ってた以上の苦戦だねぇ。』
『ああ、花月の言う通りだ。
もしかしたら、この戦は長引くかもしれん……。』
『戦が長引いたら鎌倉の軍が来ちゃうじゃない!』
『それは分かっている!
だが下手に動けば、事態を悪化させる事も有る。
気持ちは分かるが、私達は暫くは戦の動向を静観しよう。』
斑鳩と花月に諭され、私は渋々と静観する事にした。
そして、数日が経った。
しかし一進一退のまま、戦はこれ以上進展する事は無かった。
依然として古河の城は、侵入出来ずにいる私達を嘲笑うかの如く、悠々と渡良瀬川に浮かんでいた。
『斑鳩、アンタどうするんだい?
もう日数から考えても、いつ鎌倉の大軍が来てもおかしくはないよ!
それに、こっちの兵の数だって!!』
『ああ、誤算だったな……。
まさか幾ら堅牢な城とはいえ、ここまで苦戦するとは思わなかった。
それにここまで敵の士気がここまで高いとは……。』
『な、何か手は無いの?』
『そろそろ矢も尽きる頃だ。
現状では力攻めしか手は無いな。』
『そんな……。』
その時、鎧の擦れる音と共に家中の人が、焦りながら斑鳩の元へとやって来た。
『と、殿っ!!』
『どうした!? 何か有ったか!?』
『はっ!!
先程入って来た話しによると、鎌倉の大軍が目前にまで迫って来ているとの事ですっ!』
『ついに来たかっ!!』
『そ、それと鎌倉公方自らが先陣となっているとの事に御座います!』
『な、何だとっ!!
鎌倉公方自ら先陣で来たのかっ!?』
『だから、あんなに敵さんの士気が高かった訳か。
アンタ、こりゃ不味いんじゃ無いかい?』
『まさか鎌倉公方自らが先陣切って出陣して来るとはな……。』
『鎌倉公方自ら先に出て来た事に何の意味が有るの?』
大軍が向かっているのは分かっていたのだから、鎌倉公方が先に来ても来なくても関係無いと思うけどなぁ。
私には理解出来なかった。
『アンタ、全く理解して無い感じだから、説明してあげるよ。
大将で有る鎌倉公方自らが先陣を切って出陣するのとしないのでは、敵の士気の高さが違うのよ。
アンタが先陣切ると、味方の士気が上がるだろう?
それと一緒さ。』
『た、確かに。でもそれじゃ……!』
『そうだ。
鎌倉公方は、我等を潰す事に本腰を入れているのだ。』
『まあねぇ。
これで四度目の小山との戦だし、取り逃がした斑鳩を何年も捜索したのに見つけられず、そして今回は祇園の城を取り返されて、奪い返しに来たら追い返されてるしねぇ。
今回の騒動で、鎌倉公方の権威はがた落ちだからね。
だから、自身の権威の為にもここで鳧を付けるつもりなのだろうね。』
それから、目前まで迫っている情報が陣中に広まって、小山の軍は動揺していた。
それに比べて、古河の城の兵の指揮もより一層上がっている様に見えた。
素人の私の眼から見ても最早、城を奪い取る事は難しかった。
このままでは、私達の敗負は誰の目から見ても明らかだった。
『ど、どうするのっ!? このままでは負けちゃうよ!』
私の言葉に返事を返さずに、斑鳩は小刻みに震えながら、悔しそうに古河の城を睨み付けていた。
本当に悔しそうだった。
『サクラの言う通りさっ!
鎌倉の大軍は待ってはくれないよ!
アンタ、どうするのさっ!?』
『……。』
『ねえ、斑鳩っ!』
俯いてしまって、目元の表情は見えなかったが、歯軋りをさせていた。
相当に悔しいんだろうな。
そして斑鳩は、一呼吸置いて口を開く。
『て、撤退だ……。』
斑鳩は髪で目元が見えないまま呟いた。
『最早これまでっ!
急ぎ祇園の城へ引き返すぞっ!!』
苦情の決断だった。
悔しかったよね。
何も力になれなくて、ごめんね……。
©︎2020 山咲




