祇園の城を目指して。1
『黄昏包む、久遠の御霊。
気高き桜花、その舞、花吹雪の如く。
言霊より願いしもの、その意と身をもって宣詞となす。
名残の花も花屑となりて……。』
私の願いはただ一つ。
貴方の……。
斑鳩の、小山若犬丸の最後は伝承によると二つ有る。
奥州の地で命を堕とすか、生きて蝦夷に地に赴くか……。
私はその一つの方、生きる歴史の為にこの破邪の剣の力を使いたい。
だけど正しい歴史を守る為、その為に一体どれだけの命が散って行ったのだろう……。
私は、その散って行った命の為にも戦い抜く。
全てが終わったら、皆んなで共に生きましょう。
決して争いの無い平和と共に……。
百花繚乱!
この命は、舞い散る桜の如く儚くとも。
私は必ず……。
我こそは須佐之男命が巫女……。
破邪の剣の舞姫、如月サクラ!
サクラの舞姫
〜The end of the priestis’s saga〜
舞い散る桜の如く
殿を埋葬し、私達が散り散りに逃げた後、櫃沢の城は鎌倉公方の総攻撃に遭い、炎の中にその姿を消して行った。
その炎はいつまでも消える事無く、一つ山を越えた所からも夜空を紅く紅く焦がしていた。
私達は、追手に見つからない様に山中の獣道や道なき道を、何日もただひたすら歩き続けた。
そして、ある日の夜……。
私達は今夜の寝床にするべく、崖の下にひっそりと佇む小さな洞穴に身を潜めていた。
私は膝に顔を埋めながら座り、外に灯りが漏れない程度の小さな焚火を見つめていた。
『ねぇ、花月……。』
『ん? どうしたんだい、サクラ?』
花月は、焚火越しにぼんやりと浮かび上がる私を心配そうに見つめていた。
『まさか……。
ここまで私の影響力が及ぶとは思わなかった。』
『え??』
『私は知っていたのよ……。
あの日、祇園の城から落ち延びる事も、殿も芳様も櫃沢の戦で死ぬ歴史だったって。
でも、まさか私の存在がこんなにも影響していたなんて……。』
花月は何も言わずに、瞳を落として焚火の灯りを見つめながら、木を焚べていた。
『殿は言ってたの。
私がこの時代にやって来なくて、この時代に存在しなければ、違う歴史だったのかもしれないって……。
殿も芳様も、私が未来から来たって知っていたのよ……。
でも、決して私を否定する事は無かった。
ただ私の事を、斑鳩の未来を案じているだけだった。
だけど、私はこの先の事も詳しく覚えて無いし、だから正直言って怖いよ……。』
『アンタがこの時代に来たからか……。
まあ、あながち間違ってはいないのかもね。
だけどさ、アンタがこの時代にやって来る事も正しい歴史なんじゃ無いのかい??
アンタがこの時代に来た使命を果たす事で、アンタの存在や未来が在るんじゃないのかい?』
『じゃあ、もし私がこの時代に存在しなかったら??
殿が言った様に、私が存在しない正しい歴史も有ったんじゃないのかな……。』
『ったく……。
まだくよくよしてんのかい??
んなもん、考えても答え何か出やしないよ!?
それに、殿の墓前で誓ったんじゃ無かったのかい??
きっと……、もしもアンタが存在しなくても、やっぱり戦にはなってただろうし、そもそも殿も斑鳩も宇都宮との戦で死んでたろうさ。』
『そうだよね……。
私はこの時代に生きている。
それなら、私は斑鳩と花月には生きて欲しいの。
それが私の……、破邪の剣の舞姫として思い願う事。』
『それを殿の墓前に誓ったんだね。』
『うん……。』
『きっと、アンタがこの時代に来た理由は、アンタが見てきた未来へ語り継がれたアタシ達の歴史にする事なんだろうね。』
『それこそが、私がこの時代に導かれた理由なのよね……。
宇都宮との戦の時にも、芳様の時も、櫃沢の戦でもこれから起こる事は分かったけど、私が考えてる以上に私の存在は大きく影響した。』
『そうだね……。
きっと殿は、その事も分かっていたんじゃ無いかな?
だからこそ、破邪の剣の力で斑鳩を救いたいって、アンタの思いを知っていたからこそ、そんな事言ったんだろうよ。
アンタが居なければ、斑鳩だって今頃どうなってたのか分からないしね!』
『花月……。
うん、そうね。
死んで行った、私の大切な人達の為にも私は必ず……。』
『アンタが破邪の剣の舞姫として、正しい歴史に導く者として重責を抱えて苦悩しているのは分かってるよ。
前にも言っただろ?? その重い荷物を一人で抱えていないで、少しは頼りにしなさいって。』
有難う、花月……。
あの日あの時、貴女と廻り会えた私は本当に幸せ。
そうやっていつも、私に優しい言葉をかけてくれて、時に叱咤して私を励ましてくれる。
『さっ、話しはもうお終い。
夜明けと共にここを発つから早いとこ寝るよ。』
『うん。』
それからも私達は、道無き山道を数ヶ月間必死に歩いた。
食べる物も、その辺りに実っている木の実くらいだから、体力ももう残って無い。
魚を釣ってって思った事も有ったけど、魚を焼く焚き火の煙で見つかってしまうかもしれない。
飢えで思考も低下して、何とか歩いている状態だから、もう自分が何処に居るのかも分からない。
敵に見つからない様に、道すらない山伝いを遠回りに歩くのは想像以上に過酷だった。
鎌倉の兵もそうだが、褒美欲しさに私達を探して山狩りをしている近隣の村人達も、豪族達もそこら中で私達を探している。
夜に遠くの山で、何度も私達を探す松明の灯りが見えた。
一体いつになったら菊田の荘に着くのか。
獣道や道無き道を、掻き分ける様に歩いていた為、あちこちに枝や草で切った無数の傷が痛かった。
途中で見つけた小さな滝の前で休む。
水を手にすくって飲むと、本当に美味しい。
疲れが少し和らぐ。
斑鳩は無事に菊田の荘に逃げられたかな?
敵も斑鳩と同じ位に私の事を探している筈だろう。
菊田の荘って陸奥の国らしいけど、そこはは奥州。
奥州は斑鳩の最後の地。
私の心臓の鼓動がどんどん上がって行く……。
※陸奥国、現在の福島県、宮城県、岩手県、青森県。
私は心配で心配で胸が張り裂けそうだった。
『サクラ、今日中にはあの山を越えるよ。』
花月の言葉に顔を上げると、先には新緑に覆われた大きな山がそびえ立っている。
『うん……。』
『疲れたのかい? もう少し休んで行く?』
『ううん、大丈夫。』
『ああ、斑鳩の事が心配なのね。
アイツの事だ、きっと無事さっ!
それに斑鳩だってアンタの事が心配だろうし、早く菊田の荘に着いて無事な顔を見せてあげないとね!』
花月は私の気持ちを察していてくれて、優しい声を掛けて励ましてくれる。
有難う。
そうね!
きっと無事よね!
『ほら! さっさとあの山を越えるわよ!
そして、あの山の先が斑鳩の待つ菊田の荘よ!』
『えっ!?』
あの山の先に。
斑鳩が……。
©︎2020 山咲