3話『ソツギョウ①』
「おはようハル君」
「ん…思緒姉ちゃんおはよ」
土曜日、いつもより遅い時間に目が覚めた僕であるが、思緒姉ちゃんはいつもと変わらず僕の横にいた。近頃冷え込んできた影響もあってか、こうして抱きつかれているとかえって心地よい温もりを感じる。しかし、こう強く抱きしめられては思春期男子にとって非常に危険な状況に陥るので意識が覚醒すると同時にベッドから起き上がる。
「ハル君…もう少し寝ていてもいいのよ?」
「いや…今日はやることがあって…」
「…やること?」
まだ少しぼーっとする脳を無理やり起こし、服を着替える。思緒姉ちゃんがいるが御構い無しだ。というか、あちらが僕に配慮していただきたいのだが…
「ハル君ハル君」
「なに」
「私はまだ寝ているべきだと思うわ」
「……」
思緒姉ちゃんは掛け布団を少し持ち上げて、空いたスペースを手でポンポン叩いている。
「…だからやることがあるって言ってるだろ」
ひんやりとした室内の空気とは違う、先ほどまで自分が入っていた抜け殻のような布団は名残惜しいけれど、今日は本当にやることがあるのだ。やること…というか予定というか…
「お腹すいたー!ねえママとパパはー?……って、思緒姉また兄貴のベッドで寝てるの!?」
着替えていると、ドタドタと足音を立てながら真実が部屋に入ってきた。
「え、父さんと母さんいないのか?」
「うん、どこにもいないよ。だからお腹すいたのー!」
「…飯くらい自分で作れるだろ…」
時計を見ると午前10時ごろ。真実は朝食にありつくために僕か思緒姉ちゃんを起こしに来たのか…というか、なんであの2人いないんだ?ちゃんと伝えておいたはずなのに…逆に思緒姉ちゃんと真実には伝えてなかったから少々面倒なことになった。
「ねえ思緒姉、パパとママどこ行ったか知ってる?」
「…さあ、私も聞いてないわ」
「な、なあ…ふたりとも…」
「「?」」
母さんに言っておけばなんとかなるという甘い考えを改めるべきだった。そもそもこういったことに一番反対してきそうなのはこのふたりなのだから。
「実は今日なんだけどな…」
僕が言葉を全て吐き出す前に、家の呼び鈴が鳴った。
「誰だろ、私見てくる」
「あ、あぁ…」
真実が部屋を出て行く。
「ハル君」
「ん!?な、なに?」
「今、なにか言おうとしたでしょ?なにを私達に言おうとしたの?」
「あー…えっと、実は今日…というか多分今…」
「家内!早速来たわ!真実ちゃんから聞いたから私が朝ごはん作ってあげる!」
「玉波先輩が泊まりに来たよ…」
「……」
嬉々として僕の部屋に入ってきた玉波先輩とは対照的に、思緒姉ちゃんの顔はいつもの無表情とは違う、手の届かないところが痒いような、なんとも微妙な表情だった。




