2話『ジゲンバクダン』
「なぜ、また私をここに?」
週末、放課後の屋上。私は伊藤さんに呼び出されてまたこの場所にやってきた。
「話がある。……まあ陽満と君たちのことなんだけど…」
「……」
伊藤さんの後ろには、あの時と同じようにして立花さんが立っている。
「なにか…?」
「あー…と…陽満を避ける理由はなんだ?」
「……」
「君たちふたりは陽満のことが好きなんだろ?だったらせめて彼が傷つかないように…」
「…傷つかないため……です」
「え…」
なにも、好きで陽満君を避けてはいない。いるはずがない。でも、あんな…あんな顔をされて……
『ハル君を…陽満をこれ以上貴女達のために傷つかないで……』
泣きそうなほど切実な表情でそう言われては、どうすることもできない。私も…そして立花さんもあの時痛いほど分かった。どれだけ自分達が身勝手だったか…自分達のいざこざに陽満君を巻き込んだ挙句、都合が悪くなればこうして逃げてしまう。これでは…以前となにも変わらない。変わっていない。
自分ばかり、変わったと思い込んでいただけだった。
「…ねえ」
黙っていた立花さんが口を開く。
「私は…私はハルちゃんに酷いことしちゃったから…だから今は身を引いてるけど…どうして野美乃さんはハルちゃんを遠ざけてるの?」
「それは…」
「また…ひとりだけ知らないふりする気?」
「立花ちゃん?」
「そうやって前みたいに逃げる気なの!」
「……」
逃げる…少なくとも彼女にはそう見えている。あの日、勇気がなかった私のせいでずれたまま、立花さんとの関係は壊れている。
そして、もうひとつ。
「私の…私のお母さんとお父さんを奪っておいて…」
立花さんと私の間にある最も大きな問題が、鎖のように締め付け、私達を離さない。…きっと陽満君にもこの問題はどうすることもできない。だからこそ…思緒さんは私と立花さんに陽満君と関わって欲しくないのだ。
思緒さんの願いは、陽満君に死ぬまで幸せに生きてもらうこと。壊れた私達にはその資格がない。
でも、だからといって……
「…逃げません」
「…!」
「逃げる気も、陽満君を諦める気もさらさらありません。私は…欲しいものはどんなことをしてでも手に入れたい…そんな性格ですから…」
だからといって、この気持ちに嘘はつけない。もう、なぜ彼のことを好きなったかななんて覚えていない。あまりにも小さな時から積もったこの思いを、簡単に諦めることなんてできない。
「私は私のやり方で陽満君を手に入れてみせます。だから立花さん、貴女はそうやってうじうじしながら指をしゃぶって見ててください」
「…は、は!?」
「ヤミちゃん!?」
「それじゃあ、私はもう帰りますから」
そう、きっとこれであっている。陽満君を傷つけたくはないけれど、私はやっぱり彼が欲しい。幼稚園の頃から変わらないこの夢は私だけのものだ。
たとえ陽満君に嫌われても、思緒さんの願いに反することでも…
幼稚園、小学校に中学校、そのどれよりも親密になれた今だからこそ、私は陽満君を手放したくない。
次回投稿は明後日予定です。




