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ヒミツ  作者: 爪楊枝
アネとオトウト
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5話『シオダイアリー②』


「思緒〜?ずっと陽満の側にいても陽満寝てるでしょ?ほらほら、お母さんと一緒に遊ぼ」

「いい…」

「そんなこと言わないで〜?そうだ!公園に行こっか」

「陽満といっしょにいる」

「えぇ〜…」


今思えば、母さんには少し寂しい思いをさせてしまったと思うこともあるけれど、あの頃の私は今よりもずっとハル君の隣から離れようとはしなかった。


「……」


小さな鼻や口、手や足の指先に至るまで時間が許す限りずっと見ていた。おしめだって私が変えた。流石にミルクはお湯を使うからまだ無理だったけど、私は少しずつハル君のためにできることを増やしていった。


そしてハル君が、家に来て1週間と少し経った頃、ハル君の小さな目が開き、私のことを見た。それまでもうっすらと開くことはあったけれど、明確に私を見たと感じたのはそれが初めてだった。


「ひ…ひらいた……!」

「……」

「は、陽満…」


まだ喋れるはずもなく、私の声にハル君が反応することはなかったけれど、ただ弟と目があったことが私の中に想像を絶するほどの幸福感を生んだ。


さらに数日後、ハル君は私や両親の顔を見て微笑むようになった。私はそれが嬉しくて、ハル君が起きている時はずっと顔を近くに寄せていた。きっとハル君も分かっていたのだ。私がお姉ちゃんだと。


ハル君が初めて物を掴んで立ち始めた頃には、すでに両親よりもハル君と一緒にいる時間は長かったように思える。しかし、それも私が望んでハル君の面倒を見ていたため必然だった。


「しーお」

「ち…よ…」

「しお」

「しょ…」

「し・お」

「し……ぉ…」

「…………!!!!」


ハル君が初めて私の名前を呼んでくれた。この時に勝る興奮と幸福は未だ感じたことがない。さらにおうむ返しとはいえ両親ではなく私のことを最初に呼んでくれたことに対する優越感はものすごいものだった。


「ほら、陽満。おねえちゃんのところまできて」


ハル君がひとりでよちよちと歩けるようになった頃、私はハル君を自分のそばまで呼んでたどり着いたハル君が私にそのまま倒れこむのを抱き締めて支えるというなんとも幸せな歩く練習をよくしていた。笑いながら駆け寄ってくる姿はとても愛らしく、こけた時は思わず私が焦ってしまうことも多々あったけれど少しずつ成長するハル君と共に、私の中にある思いもまた膨らんでいった。





「ほら陽満バンザイして」

「ん!」


お風呂の時間は私にとってまさに至福の時間だった。もう両親の手を借りることなくお風呂に入れるようになったハル君とふたりだけになれるだけでなく、まだシャンプーの時に目をつぶってしまうハル君の代わりに頭や体を洗ってあげるという名目でハル君の体を触ることができるからだ。タオルなんかは使わずに、私自身の手のひらや指で泡だて、ハル君の髪と体全体を洗ってあげる。この頃はハル君の下半身も気兼ねなく洗ってあげていたけれど、ある出来事をキッカケに少しずつハル君自身に体は任せるようになった。


お風呂から上がると、母と一緒に夕食を作る。将来にわたりハル君を育て上げるためにも料理等の家事スキルは早めに覚えた。流石に全部とはいかないけれど、ハル君にはなるべく私の作ったもので育って欲しかった。





しかし、いつまでも一日中一緒に居られるわけではなかった。保育園、そして幼稚園もそう。私はハル君よりも先に卒業してしまう。ハル君に会えない時間は苦痛でしかなかったけれど、家に帰ったらハル君に会えることを糧にして生きてきた。


「陽満、お姉ちゃんにちゅってして」

「うん」


この頃のハル君は本当に素直で、私のいうことはなんでも聞いて、してくれた。それをいいことに私はことあるこどにハル君にキスを求めた。まあ、幼い姉弟同士だからあくまでもほっぺたやおでこにさせたり軽く唇を合わせる程度だったけれど。


「お姉ちゃんかぷってして」


以前呼んだ吸血の絵本に影響された私はキスに乗じてよくハル君に首筋を噛ませた。といってもキスの延長で首に口を押し当てたまま口を開けさせるだけのものだったけど。…あの頃の私は、今よりも子供だったせいか少しだけ積極的にハル君とどうにかしてよりひとつになりたがっていた。


「陽満はお姉ちゃんといるの好き?」

「うん、すき」

「そう、お姉ちゃんも好きよ」


真実が生まれてから、そういったことは少しずつ減っていった。でも、ある日を境にその状況は一変した。


「しおねえちゃん」

「なーに?」

「きょうようちえんでちゅーされたよ」

「……え?」


足元が崩れ落ちるような、そんな感覚を覚えた。どこの誰かも知らない女が、私の手の届かない時間を狙ってハル君を誘惑している。それだけでも気持ちが悪いのに、ハル君が続けた言葉によってより私はショックを受ける。


「りおちゃんとあきちゃん!」

「ふたりもいるの!?」


いくらハル君が可愛いとはいえ、まさかこの歳で女の子にモテるだなんて考えてもみなかった。そういった問題が起きるのは、小学校に入ってからだと思い込んでいた。


次の日、仮病で小学校を休んだ私は母の目を盗んで自転車に乗り幼稚園へと向かった。そこで確認できたのは運動場の隅にある砂場で遊ぶハル君とふたりの女子の姿。ひとりは長い髪と気弱そうな雰囲気が特徴で、もうひとりは短い髪で活発な印象を受けた。


「…チッ…」


3人でなにをして遊んでいるかまでは流石に分からなかったけれど、許せなかった。なにかふたりでハル君を取り合っているように見えたのだ。ハル君は私の弟なのに…



それから私は周辺を探していた母に見つかり、きつく叱られたけどその日から放課後の空いた時間を使ってハル君のそばにいたふたりの女の子について調べることにした。




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