3話『シオ③』
教室を出てから僕は下駄箱に…は向かわず、莉音のクラスの教室へと足を運んだ。
…莉音とあきに関わるなという思緒姉ちゃんの指示に表向きは従っているものの、先ほどの教室でのあきの様子は明らかにおかしかった。もしかすると莉音もあきのように僕を避けるそぶりを見せるかもしれない。
下校や部活動へ向かうために生徒でごった返した廊下を進んでいると、向こう側からちょうど莉音が向かってくるのが確認できた。ラッキーだ。
「莉音」
「……」
……あれ?僕のことをチラリと見た莉音は足を止めることなく僕とすれ違う。
「莉音?」
振り返るも、すでに莉音の姿は人混みの中に消えて追いかけるのも困難だ。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。ふたりが僕を避ける理由は分かっている。そしてそれを解決できるのは僕だけのはずだ。そのためにも、できる限りふたりから話を聞いておきたい。そうしなければ、決して進むことはできない。
莉音を追いかけ、人混みを抜けた僕は勢い余って人にぶつかってしまった。しかし違和感、やけに柔らかかった。これはもしや女子生徒にぶつかってしまったのか?それならばすぐに謝らなければ誤解を招く可能性がある。
「すみません……」
「大胆ね、ハル君」
「…なんだ思緒姉ちゃんか」
「…なんだ…?」
思緒姉ちゃんが一歩後ずさる。口が少し開いたままパクパクと動いているのを見る限り、僕が放ったなんだという言葉に若干のショックを受けているのだろうか。
「ご、ごめん思緒姉ちゃん…それで、何でここに」
「…お姉ちゃんと一緒に帰りましょう、ハル君」
「え……」
「帰るついでに買い物をして、一緒にご飯を作りましょう。そして今夜は心霊特番があるらしいから、お姉ちゃんと一緒に見てちょうだい」
「……」
わざとらしく、周囲の数人に聞こえる程度の大きさの声で思緒姉ちゃんは僕に語りかける。周りからの視線がこちらに集まり、ヒソヒソと呟く声も聞こえ始めた。思緒姉ちゃんは僕とブラコンシスコンというレッテルを貼られることを恐れていないのだろうか……うん、恐れていないどころか喜んでいそうだな…
…仕方がない。莉音とあきへの接触は持ち越しだ。思緒姉ちゃんに捕まってしまっては逃げることはまずできない。病弱なはずの姉はこう見えて運動神経も良く、持久力ならともかく単純な足の速さなら僕よりも数段速い。なにか理由をつけて一旦離れるにしても、思緒姉ちゃんを言いくるめるだけの理由は見つからなかった。
「ハル君、お姉ちゃんとちゃんと手を繋いで」
「…な、なあ思緒姉ちゃん?」
「なに?」
「買い物は済ませたし、こうして一緒に帰るのもいいんだけどさ…なんで手まで繋がなきゃいけないんだ?」
「…嫌?」
「……」
嫌かと聞かれれば嫌ではない。しかし決して安らかな気持ちとも言い難い。突如として手を握って帰宅することを要望してきた思緒姉ちゃんに無理やり掴まれた僕の右手は周囲からの視線もあり、緊張からかなり手汗をかいていた。
「俺たちもう高校生だぞ」
というか、思緒姉ちゃんはもう年齢だけで言えば大人だ。
「家族が手を繋いで帰ることに、大人も子供も無いわ。そして私にしてみればハル君はまだ可愛い子供よ」
「…」
なんだろう。昨日の件もあってか、思緒姉ちゃんの僕に対する態度がいつもより厳しいというか、逆に甘々というか…まるでほんとうに子供を相手にしているような振る舞いだ。
「……思緒姉ちゃん」
「なに」
「なんで指絡めてくるんだ」
「…嫌?」
「……」
嫌では無い。しかしこういったものはやはり恋人なんかとするのが一番だ。それに高校生の姉弟でこれは流石に恥ずかしい気が……
「あれ、思緒姉と兄貴じゃん……て、なんで手繋いでんの?」
「あ……」
「真実、今帰り?」
「う、うん…それで、なんで手繋いでんの?」
「ハル君が迷子になったら困るでしょ?」
「いや…え…あーうん、そだね?」
妹に恥ずかしい現場を見られただけでなく、なにか僕がかわいそうなやつだと思われるような誤解を生んでしまっている気がする。というか、思緒姉ちゃんかなり本気で僕のことを子供扱いしてないか?さっきの僕はまだ子供という発言は結構本気だったのか?
「まあいいや、じゃあこっち私ね」
「あ、おい真実!?」
「なに、思緒姉は良くて私はダメなの?」
「…分かったよ……」
真実は鼻歌を歌いながら、残った僕の左手を握った。……これならば、周りからは仲の良い兄妹姉妹に見えているだろうか?少なくとも思緒姉ちゃんと二人の時よりは多少はまし…うーん、マシか?
「思緒姉、今日のご飯なに?」
「さあ、私は母さんに頼まれたものを買っただけだから…」
「なーんだ。そうそう、今日の夜怖いやつやるらしいよ」
「知ってる」
「思緒姉昔から怖いテレビ良く見てるもんね」
「…そうね」
「ひいっ!!?」
「なにビビってんだ真実」
「び、ビビってないし!」
「……」
真実とハル君、そして私の順にソファーに座りテレビを見る。昔よく流れたものや最近インターネットに上がっている映像をランキング方式で紹介するというなんともチープな恐怖番組が画面に映っていた。
「……」
…以前なら、怖がったハル君が私に抱きついてきたのに、最近はすっかり映像の粗探しを楽しんでしまうようになってしまった。もう怖い映像をみて私に抱きつくハル君はいないんだと思うと少し悲しくなる。
「……」
真実のように怖がって見せればハル君は私に構ってくれるだろうか。もしかした抱きついたら頭を撫でてくれるかもしれない。………………
「き……」
「…?」
「きゃー」
「……思緒姉ちゃん?」
「なに」
「いや、別に今そんなに怖いとかじゃ…」
「…そうね」
「ぎゃっ!?」
私が自らの行動に若干の後悔の念を抱いている間になにか驚く場面になったのか真実が声を上げてハル君に抱きついた。
「なに涙目になってんだよ真実」
「なってないし!」
「……」
「な、なに?思緒姉」
「なんでもないわ」
つい、ハル君に抱きついた真実をじっと見つめてしまった。自分が失敗したからといって、真実に嫉妬するのは流石に見当違いだ。少しだけ羨ましいけど、私はやはりハル君には抱きついてほしい。怖がったハル君の頭を撫でて落ち着かせるまでが、私の理想だ。
「…なあ」
「「なに、ハル君(兄貴)」」
「暑苦しいから離れてくれないか?」
「「イヤ」」
夏が過ぎ、涼しくなってきたとは言っても3人で1つのソファーに肩が触れ合うほど密着していては確かに暑い。しかし、私と真実は恐らくそれぞれ別の理由でハル君から離れることはなかった。




