2話『シオ②』
翌日、学校へと登校した僕は自分の席に座るついでにあきに挨拶した。
「あき、おはよう」
「……う、うん」
小さな声で返事をしてくれたが、どこかよそよそしい。まあ、昨日のようなことがあれば無理もない。あの時のあきはどう見てもおかしかった。感情が爆発したというよりも、どこか幼児退行にも似たような印象を受けた。
「陽満!昨日は大丈夫だった?しんどかったりしない?」
「泉…うん、大丈夫だ」
「そっか…良かった…本当に」
駆け寄って来た泉が安堵の表情を浮かべる。周りからヒソヒソと囁き声が聞こえるのは、恐らく僕のことを話しているのだろう。ゲロを吐いて帰ったと聞けば、まあなにか病気かと疑われるだろうし、なによりこの泉の心配ようを見ればもしかすれば只事ではなかったのではないかと疑われてしまう。
「本当に良かった…」
「い、泉?本当に大丈夫だからそろそろ席に…」
その後、泉は1時間目が始まるまで僕の席を離れることはなかった。
1日の授業が終わり放課後、クラスメイト達がそれぞれ部活へ急いだり友人と喋りながら帰ったりと10分ほど騒がしくなった後。教室には僕とあき、そして泉のみとなり静まり返る。
「…帰らないの?」
最初の一言を切り出したのはあきだった。
「き、聞きたいことがあるんだけど…いいか?」
「なに?」
「昨日あれから、あきと莉音達はどうなったんだ」
「…陽満くんのお姉さんが説明してくれて、私達はなにもお咎めは無かったよ」
「そうか…」
「それだけ?」
「昔のこと、教えてくれるか?」
少しの間、あきはなにか考えるようなそぶりを見せて僕の方を向いた。
「教えない」
「…………え…」
え?
「ごめん陽満くん。私との主従関係はもう無しね。だからこれから普通にクラスメイトとして接して」
「あ、あき!?」
「じゃあね」
席を立ったあきは鞄を持ち、足を止めることなく教室を出る。僕は慌てて立ち上がってあきを追いかけようとした。
「陽満」
「……」
振り返ると、泉がこちらを見つめて立っている。
「もう、いいじゃないか」
「…なにが」
「昨日のことは忘れてくれ。立花ちゃんもそう言いたいんだ」
「いや、でも…」
「陽満、正直に言ってしまえば私も陽満にこれ以上立花ちゃんやヤミちゃんと関わって欲しくない」
「泉?」
「昨日の状況を見れば誰でもわかる。ふたりとこれ以上関われば陽満は昔のことを思い出すだけではすまない」
「それは…」
…それは否定できない。なぜ昨日あきがあのような行動に出たか…それは僕にはわからない。しかし莉音や僕と過ごした幼少期、そのどこかで彼女にとって悪い影響を及ぼした出来事があったのだろう。そしてそれは恐らく、僕にはどうすることもできないことかもしれない。
「でも…」
「私は陽満の親友だから…だから陽満に傷ついてほしくない。」
彼女の切実な思いは、苦しげなその表情からも見てとれる。
「それに…陽満のお姉さんが黙ってないんじゃないのか……」
「…」
ここで思緒姉ちゃんの名前を出してくるとは思わなかった。僕のことをよく見て、知っている泉だからこそ僕の弱点を知っているのか。それとも思緒姉ちゃんが手を回しているのか。しかしそのどちらにしても、僕の行動を制限するには十分だった。
「…心配するな泉、僕は思緒姉ちゃんを悲しませるようなことはしないよ」
「そう…」
陽満が出て行く姿を見届けて、私は陽満の席に座る。つい先ほどまで陽満が座っていたということもあり椅子には温もりが残っている。突っ伏し、頬を冷んやりとした机につける。
「……思緒姉ちゃんを悲しませるようなことはしない……か…できれば私に向けて言ってほしかったな…」
何度も訂正してすみません。
次回更新は月曜の20時です。




