5話『ハリケーン③』
「……へ?」
「…………」
なんと言うべきなのか、いや、何も言わない方が良いのか。それすらもわからない。ただ僕は間抜けに口を開けたまま固まることしかできなかった。
「い、家内君!?どうしてここに……」
「……ど…どうしてって……」
あれ?僕はどうしてここに来たんだろう………うん、トイレだな?トイレに用を足しに来たんだ。そしてここを選んだ理由は他の人が使わないからで……あれ?でも剣崎先輩が使ってるし…いやいや、なんで剣崎先輩が使ってるんだ?ここは男子トイレで剣崎先輩が使ってるのも男子用の小便器…………
「って!!!!先輩何やってるんですか!?前!前隠して!」
「む、無理!まだ途中だから!家内君こそドア閉めて!」
「わ、わかりました!」
「なんで家内君は中に入ったままなの!?外でててよ!」
「す、すみません!!!?」
……とりあえず僕はトイレから出た。けど…わ、忘れろ!今見たこと見たもの全て忘れるんだ僕!
「はぁ…なんであの先輩は毎回毎回僕の想像を超えてくるんだ…」
というか、剣崎先輩とは何度か会話したりしてきたけれど、最近本当に頭がおかしんじゃないかと思ってきた。きっと今ここでしていたことの理由を聞いても僕の理解の範疇に収まらないことを言ってくるに決まって……待てよ?聞くのか?ここでしてた理由を?冗談だろ?
「……もう戻って普通に3階のトイレ使おう」
「待って!」
「うおっ!?」
急に扉が開いて、中に引きずり込まれた。
「…ど、どうしたんですか先輩……」
「ごめん…でも確認しとかないと…」
「確認?」
「誰にも言わないよね!?」
「言いませんよ!」
というか、言えない。言っても誰も信じてくれないどころか、僕がおかしな噂を流したとして敵視される確率の方が高い気さえする。それだけこの人に対する周囲の信頼は厚い。納得はいかないけれど。
「ほんと!?」
「ほんとです!」
「…そ、そう…それならもういい…ごめん引き止めて…」
「全く…それじゃあ、僕も3階に戻ってトイレ行かなきゃならないんで」
「…?ここ使わないの?」
「……使いません!」
剣崎先輩を残して、トイレから出る。
「ちょ、ちょっと待ってよ家内君!」
「なんですか、先輩。僕にまだ何か用があるんですか」
「いや、私も2階に戻ろうかと思って…」
「そうですか」
「あれ?なんか冷たくない?家内君〜?」
「……」
単に先ほどの光景が頭に浮かぶから意識しないようにしているなんて、言えない。そんなこと言えばこの人絶対調子に乗るもんなあ。
なんとか3階でやることを済ませて教室に戻った僕にあきが小声で話しかけてきた。今朝は挨拶もなかったため、なにか怒らせてしまったのかと思っていたけれどそういったことではなかったようだ。
「陽満くん、一昨日はごめん…行けなくて」
「いいよ。莉音からふたりとも用事があってからなかったって聞いたし」
「…!そう…ならいい」
「……」
結局、あの日莉音とあきが僕になにを伝えようとしていたのかはわからないままだ。あの噂を信じるなら、告白しようとしていたということになるけれど、莉音があきも同じ理由で来れなくなったと昨日教えてくれたため恐らくはふたりともお互いが僕のことを呼び出したことを知っていたんだろう。そう考えるならもっと別、なにか3人で話したいことがあったのだろうか?…といっても莉音も、そしてあきもなにも教えてくれはしない。教えてくれる気はないようだった。
……なんだかものすごく疲れた…。次の時間は…うん、寝よう。そして終わった瞬間家に帰ってゴロゴロしよう。うん、そうしよう…。




