2話『キュウジツのスゴシカタ②』
昼下がりの公園、陽満と出会ったこの場所。その一角にあるブランコの1つに座り、私は両耳につけたイヤホンから聞こえてくる会話に耳をすませる。
『お昼ご飯は私が作ってあげるから!』
『玉波さん、貴女は自分の分だけ作っておけばいいわ』
お目当ての人物の声は聞こえないが、そのかわりふたりの女子の会話がよく聞こえた。
「シロ先輩なんでいるんだろ…」
タイミングを見計らって陽満の家に行こうと思っていたのに、完全に機を逃した。私自身は彼の家に一般的な目的でお邪魔したことがないから、結構勇気を振り絞らないとダメなんだけどなあ…
「……伊藤さん?」
「…ん?」
「やっぱり伊藤さんですね」
「ヤミちゃんか」
野美乃莉音、陽満に近づく女その2で私が住んでいるアパートの隣の部屋の住人。彼女自身は私が隣に住んでいることは知らないだろうけど、まさかここで会うとは…
「なにしてるんだ?買い物か?」
「いえ、今日は陽満君の家に行こうかなって」
「…その、聞きにくいこと聞くけど…会いにくくないのか?私がいうのもなんだが君は陽満との約束を破った形なんだが…」
「だから、それを弁明しに行くんです。きちんと故意じゃなく他にやることがあったんだと、そう説明した方が貴女も都合が良いんでしょう?」
「まぁそうだけど…」
「伊藤さんも一緒に行きますか?」
「えっ!?」
「…?貴女も陽満君とよく一緒にいますし陽満君はも喜ぶと思うんですけど…」
……この子、なんだか最初に会った時と性格が違わないか?
「でも私は…陽満の家に遊びに行ったことなくてだな…」
「だからこそです!今日私と一緒に行っておけばこれから先いつでも伊藤さんの好きなタイミングで遊びに行けますね!」
「私の…好きな…タイミング……」
いや、はたしてそうか?今日行ったからと行って私の好きな時に陽満の家にお邪魔して良いことになるのか?でも好きな時に行けるというのは……うん。
「……分かった。一緒に行こう」
「決まりですね。では早速向かいましょう」
野美乃莉音と並んで歩くなんてなんだかむず痒い。そもそも昨日私は彼女の恋路を邪魔した立場だ。その私を誘う彼女のメリットがわからない。
「そのイヤホン、なにか音楽でも聞いてるんですか?」
「ん?あぁ…ほらよく川の流れる音や雨の音を聞くやつあるだろ?あれと同じだ。私の好きな生活音を聞いてる」
「へぇ〜」
…なんにせよ、あまりこの子との関わりを深く持つわけにはいかないな。
「だ、か、ら!私が3人分作ってあげるって言ってるじゃない!」
「私も言ってるでしょ。ハル君と私は仲良くお昼ご飯も一緒に作るって」
「ふたりとももうかれこれ1時間くらい言い争ってるけど…もう俺腹減ったんだけど…」
「!?い、家内!?今なんて言った!?」
「えっ…は、腹減ってるって言いました……」
「ち、違うわ!貴方今自分のこと俺って言わなかった!?」
「え、えぇ…あ……」
そういえば…玉波先輩のいる前で俺って言ったの始めてだったか?前にも言った気がする…こともないか?
「も、もう一度俺って言ってみて?ほら!」
「…玉波先輩?」
「ほら!」
先輩の息が若干荒ぶっている。
「俺…腹が減ったんですけど……」
「分かった!私がお昼ご飯作ってあげるから!」
「玉波さん、気持ち悪いわよ」
「家内さん、貴女家内が家では一人称が変わるって私に隠してたわね!」
「隠していないわ。教える気が無かっただけよ。それに貴女が泊まりに来ている時、ハル君は意識してかどうかは分からないけれど貴女の前ではほとんど自分のことを僕とも俺とも呼ばなかったものね」
「し、思緒姉ちゃん!?」
なんということだ。玉波先輩に僕の無意味なカッコつけがバレてしまった。恥ずかしすぎて空いていたお腹が痛くなってきた。
「家内、貴方俺と僕どっちが素なの」
「どっちって…僕ですけど…」
「そう、それなら今まで通り僕で良いわ」
「は、はぁ…」
「ハル君、こんなよく分からないこだわりを持った人は置いてお姉ちゃんとお昼ご飯の材料を買いに行きましょう」
「え、でも別に冷蔵庫にあるもので…」
「お姉ちゃんはハル君とお買い物に行きたいの」
「……分かったよ…」
「ち、ちょっと待ちなさいよ!私も行くわ!」
「…チッ……」
「なに露骨に舌打ちしてるの?家内、貴方のお姉さん性格悪いわ!」
「……」
とても賑やかだ。前から思っていたけれど、思緒姉ちゃんは玉波さんと波長が合うのかよく喋るしよく怒る。基本無表情な思緒姉ちゃんが表情を少し歪めるのは先輩といる時が一番多いかもしれない。
「はいはい、ふたりとも準備してくれ」
「こんにちは陽満君」
「や、やぁ陽満…」
「「「……」」」
未だに言い争うふたりを連れて家を出た僕達の前に、莉音と泉が立っていた。結局、この日の昼食は5人で外食ということになったのだが、家を出て2人の姿を見たときの思緒姉ちゃんの顔が、今まで見た中で最も感情が感じられなかったことに僕は恐怖を覚えて、今日の埋め合わせとしてまた今度ふたりでどこかに遊びに行こうと心の中で決めた。




