√アキ②『カベ』
屋上へと続く階段を目の前に、私は深呼吸する。
「ふぅー…よし…」
今日で全てにケリをつける。今までの私と本当のお別れをするんだ。そして…やっとハルちゃんときちんと向き合える。
階段を一段一段、上がって行く。一歩を踏み出すたびに、体が重くなるように感じた。これは多分、緊張からだ。ハルちゃんになんて言えばいいんだろう。迷信通りなら告白するだけでいい。だから素直に好きと言ってしまえばいいんだろうけど…恥ずかしい。きっとハルちゃんの顔を見ることができない…だけどもう止まることはできない。やるしかないんだ。今日で全部、終わりにする。
拳を握り、下唇を噛んで力を込めて歩みを進める。
「やってやるんだから…」
そう、もうドジで意気地なしな私じゃない。今日処女をあげるつもりで臨まなければいけないんだ。
「なにをやるの?」
「…………え…なんでここに…」
階段の上から、ゆっくりと…ゆっくりとそれは降りてきた。陽がほとんど差し込まない暗いこの場所で、その髪はなお暗く。私の視界を覆い尽くすように感じるほど長い。高い身長は階段の高低差もありより高く、威圧的に感じる。その表情はなにも感じない。なにも感じないことが恐ろしい。
影そのものが降りてきたと錯覚するほどゆっくりと、綺麗な所作で……
家内思緒は立ち塞がる。
「なにをやってやるの?」
言葉が、重い。なにか私が悪いことをしてしまっているような気になってしまう。
「どうしてここに…」
「…不本意だけど、今大事なところだから貴女達には邪魔して欲しくないの」
「…は?」
「ハル君に告白する気でしょ?」
「それがなにか問題でも?」
「はぁ……あれだけのことがあってもまだ諦めないなんて…バカね」
「…諦めるわけないでしょ……」
「でも今日は…今だけはダメよ。引き返して」
「イヤ」
「……私は前に聞いたわね、貴女はハル君のためになにができるか」
「……」
「あの時の答え、まだ変わってないのかしら」
「…当たり前でしょ……私はハルちゃんのためにならなんでもする」
「……やっぱり、貴女では足りない」
「だからなに言って…」
「自分のためにハル君が欲しいなんて、烏滸がましいと言っているの」
「……なっ…」
自分のため…自分のために……私はハルちゃんを…?違う…私はハルちゃんが好きで…だから…
「それ、ハルちゃんって呼び方…辞めてくれる?ハル君は私だけのハル君だから」
「っ…あ、貴女だって自分のために…」
「……弟は姉のものでしょ?」
「……」
なにも、自分の言っていることに不思議なことはないという表情で、家内思緒は首をかしげる。
「でも意外ね、私はてっきり野美乃莉音がここに来るものだと思っていたけれど」
「なんで野美乃さんが出てくるの…」
「だって彼女…昔から変わってないもの。今は一見大人しそうに見えるけど、以前朝ウチに押しかけてきたことがあってね、その時会話をしたんだけど…アレは一番注意しないといけないわ」
「……そこ、どいて」
「……」
「お願いだから、そこを通して」
「無理ね」
「なんで!」
「貴女達より、相応しい人がいる…そして彼女にはもう時間がないの」
「……?」
なにを言って…
「貴女達のような…穢れた親から生まれた似た者同士とは違う。必ずハル君のためにその一生を犠牲にしてくれる」
「だから…なにを…」
「私はハル君と結婚できないから…せめてハル君を最低限幸せにしてくれる人と一緒になってもらわないと」
薄っすらと、彼女は笑みを浮かべた。虚ろな目にはなんの感情も読み取れない。
「貴女は私の代わりにはなれない」
最後、また無表情に戻った彼女が言葉を言い切ると同時に下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。




