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ヒミツ  作者: 爪楊枝
√学園祭
73/109

√イズミ『シンユウのジョウケン』


「どうした陽満、元気ないな?」

「ちょっと午前中に妹とその友達に連れ回されて…」

「はっはっは!真実ちゃんの友達ということは中学生か!陽満も隅に置けないな!」

「……あれ、泉に真実の名前教えたっけ?」

「あぁ、前に教えてもらったぞ?」

「そうか?ならいいんだけど」


実行委員の仕事がひと段落ついたので陽満と合流した私は、彼と久し振りに遊んで回ろうと楽しみにしていたがそのテンションを一つ下げる。肝心の陽満の元気がないのでは意味がない。


「うーん、ではゆっくりできる場所に行こう」

「ゆっくりできる場所?」


そう言って陽満を連れてきたのは屋上だった。普段誰も寄り付かないこの場所も今は垂れ幕なんかを設置しているため一定の時間で教師が見回りに来るのだが、確か体育館でのステージイベントの午後の部が始まる14時まではそちらの準備に人手が割かれるはず…今が12時12分だからあと少なく見積もっても1時間30分程度は誰もここには来ないはずだ。


「大丈夫か?勝手に屋上に出て」

「いつも使ってるんだから平気だろ?」

「まあそうだけど…」

「それよりほら」


その場に座った私は自らの太ももをポンポンと軽く叩く。


「…泉さん?まさかとは思うけど」

「そのまさかだ。膝枕してやるからしっかり休め」

「…まじ?」

「まじ」

「でも……」

「なんだ嫌なのか?友達の親切を無駄にする気か?」

「う……」


卑怯だとは思うが、陽満はこう言ってしまえば私のことを無視できない。私たちは互いに互いを求めている。それがどんな形であろうとも、私はそれが嬉しい。陽満が私の横に座り、確認する。


「本当にいいのか?」

「いいとも、私の膝を使ってくれ。友達だからな、当然の権利だ」

「……じゃ、じゃあ…」


陽満の後頭部が私の太ももに乗せられると、その重量と熱が伝わってくる。


「どうだ?私の足は」

「……なにが」

「素直に柔らかいと言えばいいのに…」


手のひらで陽満の目を覆う。


「……なあ陽満」

「ん?」

「今から私はちょっとわがままを言うけど…許してくれるか?」

「許すさ…友達だからな……」

「そうか……」










私はやっぱり、陽満さんとの関係を諦められない。


「私のものになってくれませんか?」

「……友達じゃ…あの頃のままじゃあダメなのか?」

「ダメです…やっぱり私我慢できないから」

「それなら…なんでまた臨海学校の時みたいに無理やり僕に迫ったりしないんだ?」

「…嫌われたくないから…」

「前も言ったけど、嫌ったりしない。僕は多分、泉のことを嫌いにはなれない」

「嫌いにはなれないけど、好きにもなれない…ですか?」

「……」

「私達の時間はまだ小学6年生の夏で止まったままですか?陽満さん」

「……あぁ、止まったままだ。僕はきっとまだ、君の中にちひろの姿を見ている」

「…兄はもう死んでます。陽満さんだってちひろのことを思い出すのは辛いでしょ?だからもう忘れて…私だけを見てください…」


空いた手で陽満さんの手を握る。こうして彼のゴツゴツとした男の子らしい手を触ることができることはとても幸せだけど、このままでは足りない。満足できない。友達という関係だからこそ今こうして触れ合える、触れ合えていられるのは分かっている。ちひろを殺したも同然の私のことを、陽満さんはきっと心のどこかで恐れている。口では友達だと言っても、限界がある。もう二度と、あの夏の日には戻れない。


「ちひろは…忘れられない……」

「……」


陽満さんの瞼に当てられた私の手のひらに、じんわりとした温もりとともに涙がにじむ。


「どうしても…ちひろが忘れられない?」

「初めてできた友達だった……」

「うん…」

「だから…ごめん……」

「いい。私はあなたの全てを受け入れるよ…友達だから……」


どこから間違っていたのか…いや、最初から間違っていた。ちひろのふりをした時からもう…私の進む道はひとつしか残されていなかった。


これから先も、ちひろという思い出は間違いなく陽満さんの中に残り続ける。そしてそれはちひろとして遊んだ私のことも同じだ。私はちひろになり、陽満さんはそれを知らないうちに誤認して、そのまま成長した。陽満さんの中で、私はあくまでもちひろの代わりにしかならない。


「ねえ、陽満さん」

「……ん?」

「私と一緒にいるのは、楽しい?」

「…楽しいよ。泉は最初から僕のことを他の人と比べずに分け隔てなく接してくれたし…それに良くも悪くも君には振り回されてばっかりだしな」

「そっか……」


嬉しい。陽満さんにとって私はちひろの代わりでも、私にとって陽満さんはたった1人の思い人だ。その人に一緒にいて楽しいと言われることほど嬉しいことはない。ちひろになりすました私にはこれ以上ないご褒美でありゴールとも言える。でも…だからこそ私は前に進みたい。友達では終わりたくない。片思いでは嫌だ。これからも一緒にいたいし付き合いたい。恋人になって…いずれは結婚して……子供だってほしい。もうひとりでは我慢できない。どんなに時間がかかっても、どんな結果に終わってもいい。あれほど熱望した相手が、手で触れられるほど近くにいるのだから。


「泉?」


私の手が離れたことを不思議に思ったのか、陽満さんは目を開けて私を見つめる。その表情はあの頃となにひとつ変わらない。私の好きな表情だ。


「私は陽満さんが大好きです」

「……うん…」


あぁ…私の言葉でそんなに苦しそうな顔をしないでほしい。


「だから私と…」


きっとこの答えは間違っていない。ちひろと私ではなく、私だけの陽満さんを手に入れるための答えだ。




「私と親友になってください」



やり直すことはできない。それならまたここから始めればいい。あの時とは違う形で…ちひろ以上の関係を作ればいい。


「しん…ゆう?」

「えぇ…私と…伊藤泉と親友になって、これからもそばにいてください。後悔はさせません。これから先、何があろうとも私は貴方を裏切りません。卒業後も、就職後もそして死ぬ時まで、私は貴方の最も心を許せる人でありたいんです」





今日、私と陽満さんは親友になった。無理やりにでも、苦しんでもいい。私は私のやり方で彼との関係を進めていく。どんな邪魔が入っても……邪魔しかいないけど…どんな困難があっても大丈夫。


私と彼は親友なのだから。


それから少しの間、陽満さんは私の膝の上で眠りについた。さっきあんなセリフを言っておいて彼の体を触りながら残り時間を有意義に使ったことは秘密だ。自分でも分かっているけど、この人に出会ってからというもの私の性欲は振り切れてしまっている。いろんな意味で我慢できない。


「陽満さん、もう時間だよ」

「ん…」

「おはよう、疲れは取れた?」

「うーん、多分…」

「それは良かった。そうだ、陽満さんは明日の夕方予定はあいてる?」

「明日?えーっと…どうだろ…なにかあるのか?」

「下校チャイムと告白の噂…知ってる?」

「あぁ…そういえば思緒姉ちゃんに聞いたな」

「……だから確認。誰かに誘われたりした?」

「いや、夕方は特に何も…ないな」

「そう…良かった!」

「なあ泉…その噂知ってて、なんでさっき僕にまた思いを打ち明けてくれたんだ?」

「ん?知りたい?」

「一応……」

「ヒミツだよ」

「なっ!?」

「それよりどうかな…喋り方…これからはこのままで行こうかと思ってるんだけど…」

「……名前は今まで通りさん付けじゃない方が良いや」

「うん…分かったよ陽満っ」


私は…噂なんかに頼ってはいけない人間だ。それに…


「……覚悟しておいた方がいい……」

「え?」

「なんでもない、それよりほら!休めたなら模擬店まわろ!」

「え」



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