√セリナ『タイプとフイウチ』
「おっ!出てきた出てきた」
「おーい、こっちだよふたりともー」
「こ、怖かったぁぁぁあ!!!」
「お、おうおう泣くなよ真実…」
真実と先輩がお化け屋敷から出てすぐに真実が泣き始めてしまった。そんなに怖いと思う仕掛けはなかったけどそれを補って余りあるほど暗かったので真実の反応も仕方がない。あのお調子者の菜々ですら入ってしばらくは腰が引けていた。
「ちょっと真実座らせて来ます」
「わたしも行くー」
「お、俺も手伝った方が…」
「大丈夫です!お兄さんはその子のことお願いしますね!小ちゃいんで迷子にならないよう!」
「!?ちょっと菜々それってどういう…」
「じゃっ!」
「ちょ、ちょっと!!」
「行っちゃったな」
「行っちゃいましたね」
「あの子らはいつもあんな感じなのか?」
「基本的にはあんな感じですね…さっきも先輩達が入った後ドアを固定してましたし」
「あれあの子らがやったのか……」
「…それより先輩、先輩は真実の前では一人称俺なんですね」
「……お、俺は毎回こうだが?」
「前は僕って言ってたじゃないですか」
「……はぁ…というか、なんで可愛川ちゃんがいるんだ?確か真実とは知り合いじゃないんじゃなかったか?」
「本当に真実のお兄さんか疑わしかったので嘘をついたまでです。私の生徒手帳を見た上に友人関係まで知られるわけにはいかなかったので」
「いやあれは可愛川ちゃんが自分で…」
「とにかく、今日はせっかくの学園祭なんですから楽しまないとダメですよ」
「なんか誤魔化してない?」
「いいえ、誤魔化してません。それより行きましょう」
「え、3人待っておかなくていいのか?」
「どうせしばらくは帰って来ません」
「……?」
「先輩!次はあの展示を見ましょう!」
「走ると危ないぞ〜」
私と先輩は、模擬店はもういいとの判断を下してとりあえず展示を見て回ることにした。
「はぁ〜楽しいですね先輩っ」
「あ、あぁ…」
「次は……美術部の作品展示ですね」
「あっ……」
「……?急に立ち止まってどうしたんですか先輩」
「いや、なんでもないんだけど…ここはそのほかの人と見る約束しててさ…だから別のやつを……」
「また見直せばいいでしょ!ほら、行きますよ!」
「ちょっ、引っ張るなって!?」
3階の廊下、その一番奥にあった美術部の部室は異様なほどの賑わいを見せていた。部屋の中心を囲むように並べられた作品群はどれも素人目から見てもすごい!と言ってしまうような出来栄えで、こういった芸術作品に興味がなくてもつい見惚れてしまうものばかりだ。
「……なにキョロキョロしてるんですか?」
「よ、良かった……いないみたいだ」
「なにが良かったんですか?」
「うわっ!?びっくりした!!」
「ずっと側にいるんですからびっくりしないでください。それより、ちゃんと見てますか?」
「見てるよ…」
「なら良いです。おや、先輩なにやらあの作品の周りに沢山の人が集まってらみたいですよ」
人が並んでいるとつい列に並んでしまうのと同じように、私は思わずその絵を見ようと近づいてしまった。しかし私の身長では人垣の向こうの作品が見えず困っていたところ、先輩が私にある案を提示した。
「僕が抱えようか?」
「ふんっ!!!!」
「うっ!?」
先輩の脛を蹴ってやった。私を子供扱いしたから悪いんだ。……でもやっぱり見たいし…うーん…
「……可愛川ちゃん?」
涙目の先輩が私の行動に疑問符を浮かべる。それはそうだ。今しがた抱えるという行為に抗議の意を示した人間が手を広げて待っているのだから。
「……お願いします」
「はいはい……」
「…………」
「どうだ見えたかい?」
「……え、えぇ…」
「…?どんな絵なんだ?」
「えっと……先輩です」
「え?」
「ですから、先輩の肖像画があります」
「…………あ…」
「……」
「……」
美術部の展示を後にし、私と先輩は中庭に設置されたベンチに座っていた。
「あの作品はなんです?」
「いや、普通にモデルを頼まれて…」
「わざわざ先輩を?」
「な、なんだよまるで僕が絵のモデルに相応しくないみたいな反応だな」
「失礼ですけど、世間一般から見ればイケメンの類ではないかと」
「正直だな……なんか凹むな…」
「……それで、あの作品はなんですか?」
「だからモデルをだな…」
「作品名……愛でしたか?」
「……いやぁ…ああいうのってなんだか抽象的な題名多いよな?」
「はぁ……まあ良いです。それより先輩には聞きたかったことがあったんです」
「なんでしょう…」
「あの時おっしゃってた彼女さんのことなんですけど…」
「彼女?」
「ほら!公園で待ってる人がいるって!」
「……あ、あぁ!あれか!だからあれは…」
「言い訳はいらないですから!もし、もしこの学校に通われている方なら一度お顔を拝見してもいいですか?」
「は、はぁ?なんで?」
「気になるので!」
「いや、意味わからないけど…というか、あれは可愛川ちゃんの勘違いだって!僕に彼女はいない!」
「…え?」
「あの時の相手は僕の友達で、可愛川ちゃんが思ってるようなことはない」
「……そ、そうですか!なら良いです、はい」
「…分かってくれたか」
「勘違い…そうですかそうですか!良かったです」
「……?」
「では……」
ベンチから立ち上がって、私は先輩に向き直る。相手はフリー、短期決戦。今この時を逃してはいけない。
「好きです。私と付き合ってください」
鏡の前で練習した通りに笑顔を作って、先輩に告白する。
「……………………え……えぇ……?」
む、思ったより反応が良くない?もっと雰囲気のある時の方が良かった……?
「な…なにを急に言って……」
「ですから、好きです。付き合ってください」
「いや、でも…え?いやいや、ほ、ほら!さっき可愛川ちゃん僕のことカッコ良くはないって…」
「それは世間一般の価値観の話です。私から見れば先輩の顔はとても魅力的です」
「……んんん??」
「もう、しれっとしてるように見えるでしょうけどこれかなり恥ずかしんですよ?」
「は、恥ずかしいのは僕も一緒だ!というかここは色々とまずいから!移動しよう」
「きゃっ!」
先輩に手を引かれて走り出す。……どうかな……このまま勢いでゴールまで持っていける?
「こ、ここなら誰も来ないだろ……」
「体育館裏…なるほどここで私を襲うわけですね」
「いや襲わねーよ?」
「襲わないんですか?」
「……さっきの告白…冗談じゃ……」
「ないです。私と付き合ってください」
「……正直、可愛川ちゃんのこと僕ほとんど知らないんだけど…」
「……?知ってる必要ありますか?付き合ってから知ればいいじゃないですか。一緒になってから芽生える気持ちもまた本物です」
「……そうかな…」
「そうです」
「て、ていうかなんで可愛川ちゃんは僕のことを…」
「さっきも言いましたが先輩の顔がタイプです。私と付き合ってくださいお願いします」
「!?あ、頭下げるのやめような!?」
「じゃあ付き合ってくれます?」
「それは無理!」
「……なんでですか。私の胸が小さいからですか?身長が低いから?」
「いやだから!あまりにも突然すぎるしやっぱりこういうのはお互いを知らないと…」
「……先輩」
「はい…」
「女子中学生が公園で1人遊ぶ素性の知れない男性にわざわざ近寄ると思いますか?」
「思わない……」
「なら、なぜ私は先輩に近寄ったと思いますか?」
「……分からないけど」
「さっきも言いました!先輩の顔が私のタイプです!いいですか!あの時私は先輩と仲良くなるためにわざわざ近づいたんです!逆ナンです!ここまでオッケー!?」
「お……おっけー」
「はい、じゃあもう一度言います。私と付き合ってください」
「ストップストップ!」
「なんですか!」
「だから急に話が飛びすぎなんだって!」
「…そんなに私が嫌ですか?やっぱり…わたしでは満足できないと思って……」
「だから違うって!ほら!顔だけで人を判断するなって言われるだろ!?よく考えてみて?僕みたいなやつと付き合ったら可愛川ちゃんも後悔するって!」
「……先輩、それ自分で言ってて後悔しませんか?」
「……する」
「ふふっ…やっぱり面白いですね先輩は…それに安心してください。顔がタイプっていうのは本当ですし一目惚れというやつなのも認めます。ですけどこうして告白に至った理由は実際に話してみてあなたならと思ったからです。」
「…………」
「私、見ての通りこの体がコンプレックスなんですけど…先輩ならこの体を含めて私と付き合ってくれるでしょ?小学6年生の単調体重を暗記するような人ですもんね!」
「いやあれは…」
このまま…このままいけば……
「さあ先輩、私の手をとってこう言ってください。分かったよ。と」
「……む」
「む?」
「やっぱり無理だ!いきなり付き合うなんて!やっぱりダメだって!」
ショック。私は振られてしまった。やはりもっと時間をかけるべきだった?でも夏休みに結構お話とかしたつもりだったんだけど…
「どうしてもダメですか?それともやっぱりほかに好きな人…まさか付き合ってる人がいるんですか?」
「い、いない!付き合ってる人はいない!だからさっきから言ってる通りもっとお互いを……」
「わかりました」
「え?」
焦りすぎていたみたい。そう、まだまだ時間はある。先輩が他の人と付き合わない限りは私にもチャンスはあるんだ。
「来年、私はこの学校に入学します。ですからその時またお返事を聞くことにします」
「……な…」
「いいですね?」
その時、先輩のポケットの中でスマホの着信音が鳴った。
「お電話ですよ?」
「…………真実からだ。多分僕達を探してるんだ」
「では戻りましょう。今言ったことはみんなには内緒ですよ?私は学校では真面目で通してるので」
「……わ、わかった…はぁ…」
「…どうしました?」
「いや、僕は後輩って存在にトラウマを覚えそうだ」
「トラウマ…つまり私のことを忘れないってことですね。いい傾向です」
「……」
先輩とふたり仲良く歩く。高校生になりもし先輩と付き合うことができたならと想像しながら。
「あ、一応もう一度だけ聞いておきますね。私と付き合ってください」
「……勘弁してください」




