√マナミ『ゴーストなキモチ』
「兄貴、遅い!」
「いやいや、結構急いだ方だぞ…」
頭をぽりぽりとかきながらやってきた兄貴を見て私は思わず大きな声を出してしまった。そんなつもりじゃなかったのに、のんきな兄貴を見たら無性に腹が立ってしまったからだ。特に今日は友達も一緒なんだから情けない姿は見せて欲しくない。
「言い訳はいらないから!それより今日はちゃんと私達のこと案内してよね」
「分かってるわかってる。それで、お友達の名前は?」
「どもども藤本菜々ですっ」
「近田佳子でーす」
「可愛川…瀬里奈です……」
「……真実の兄の陽満…よろしく…」
あれ?瀬里奈だけなんか気まずそうな感じ……って兄貴も露骨に瀬里奈に反応してるけどもしかして2人は知り合い?いやいや、そんなまさかね。私の知らないところで兄貴が女子と仲良くなるなんて……うーん、莉音さんや姫さんのことを考えるとありえなくもない。でも瀬里奈はなんにも言ってなかったし…
「お?なになに瀬里奈とお兄さん知り合い?」
「ち、違うわ!」
「えっ……」
違うよね?瀬里奈もああ言ってることだし。兄貴がなんだか落ち込んでるのもそういう風に見えるだけよね。
「じ、自己紹介も済んだことだし早速模擬店回ろっ!今日は兄貴が奢ってくれるって」
「は、はぁ!?なに言って…」
「やりー!」
「やったー!」
「ありがとうございます」
「き、君らまで…」
「はいじゃあ決定!みんな行くよ!」
いつまでも悩んでても仕方ないから私は無理やり話を変えて移動を促す。まあ、今いる場所が校内に入る玄関前ってこともあって人が多いのも理由のひとつだけど。
「お兄さんお兄さん、次はあれ!フルーツポンチ!」
「…財布が……俺の財布が……」
菜々と佳子に半ば引かれる形で次々と模擬店を見て回り、少しずつ兄貴の表情が悲しげなものに変わってきた。…流石に悪かったなと思うけど……みんなには無理やり付いてきてもらったから文句は言えない。兄貴には我慢してもらおう。
「ふーっ食ったくった!そろそろ食べ歩きは十分かなあ」
「そうだねー」
「2人とも食べすぎ、真実のお兄さんが泣いてるじゃない」
「いいんだ可愛川ちゃん…真実の友達にはこれくらいしてやらないと…」
……なんだか兄貴と瀬里奈たちの仲が急速に縮まってる気がする。……莉音さん達が兄貴と一緒にいるのって、ずっとなにかの間違いでたまたま、もう本当に偶然の展開で兄貴のことを好きになったと思ってたけど…実は兄貴モテるのでは?うーん、確かに変な本とか読んでるけど優しいし、偶に朝早くから部屋でガサガサ変なことしてるのにカッコいいけど……って、別に兄貴がモテようがモテまいが私には関係無いけど!
「…どうした真実?なんだか元気ないな?」
「へっ!?」
急に兄貴が顔を覗き込んできた。
「な、なんでもない!」
「そうか?熱とかありそうならすぐ言え?」
「ひっ……」
兄貴の冷たい手が私のおでこに触れる。……こういうことをしてくるから…卑怯だ。私がいくらバカ兄貴と罵っても口をきかなくても、喧嘩した後でも兄貴は小さな時から変わらず私に優しくしてくれる。
ほっぺたが物凄い勢いで熱くなるのがわかり、恥ずかしくなる。きっと顔も赤い。兄貴に…みんなにバレてないかな…大丈夫、だよね……
「うーん、わからん。一応保健室行くか?」
「あっ……う、ううん…大丈夫だから」
おでこから手が離れて、若干の寂しさを覚えてしまう。
「…………ねえねえふたりともー!今度はここ行こ!」
いつのまにかある教室の前まで進んでいた菜々が声をあげる。そのさす指の先にはこういった催し物の定番であり必ずどこかのクラスがやりたいと言い出す、お化け屋敷と書かれた看板が立てられていた。
「……え…」
「ふぅ…助かった。あそこなら金かからないな」
「え、兄貴行くの!?」
「ん?真実は行かないのか?どうせならみんなと言ってくればいいだろ?あーでも確か2人ずつの入場だった気がするから俺は外で待ってるからさ」
「そ、そんな……」
兄貴と一緒に入りたいとかじゃない。私は怖いのが…お化けの類が一番嫌い。でもあのキラキラとした菜々の笑顔を見ると無碍に断ることもできないし…
「ほら、行くぞ」
「あ、ちょっと!?」
兄貴が進むので、私も進まざるおえない。近づくにつれて中でだれかが驚く声や不気味なbgmの音が聞こえてきて耳を塞ぎたくなる。……というかなんで菜々と佳子はあんなに笑顔なの?
「遅いよおふたりさん、受付の人に頼んで私達は3人で入ることにしたから2人は兄妹仲良く後から来てね」
「えっ…それって……」
「それじゃ、また後でね」
「ちょっと3人とも!……嘘でしょ…本当に行っちゃった……」
まさかの展開に焦るも、私の目は自然に…いやかなりぎこちなく兄貴に向けられる。
「えぇ…俺も行くのか?」
「し、仕方ないでしょ!?私が一緒に入ってあげるから我慢して!」
「いや、我慢するのはお前の方なんじゃ…」
「うるさい!」
どうしよう…足の震えが止まらない。心臓もバクバクしてきた…こ、高校生が作ったと言ってもきっと教室の中は暗いし、そんな状況で急に驚かされたら絶対に叫んじゃうよ……
結局、落ち着けないまま時間が経ち、反対側の扉から菜々達が叫びながら出てきたと同時に受付の生徒から声をかけられる。
「はい、では次の方どうぞ中へ〜」
「は、はい!」
「…大丈夫か真実……」
「だ、大丈夫。大丈夫だから……」
私たちが扉の内側へ入ったのを確認してから受付の人が扉を閉める。扉を含めて教室内の窓ガラスには暗幕がかけられていて、ただでさえ薄暗かった室内は日光を遮られてさらに暗くなった。
「ひっ……!?」
「ま、真実!?」
暗さに対する恐怖のあまり兄貴に抱きついてしまう。
「ど、どうした!?まだ一歩も進んでないし幽霊も出てきてないぞ!?」
「ご、ごめん…でもやっぱり無理!」
怖いものは怖い。私は昔から心霊特番などがテレビでしていると画面を直視できなかった。けれど家族と同じ部屋にいない状況も怖いのでソファーの背に顔を埋めて我慢するしかないほどの怖がりなんだ。それなのにこんな真っ暗な空間に投げ出されたら、近くにいる兄貴にしがみついてしまうのもしょうがなかった。
「と、とりあえず一旦出るか?」
「……うん」
「よし……あれ?」
「どうしたの兄貴…」
「ドアが開かない…」
「え、え?なんで!?嘘でしょ!?」
私もドアを開けようと試みて見るけど確かにピクリとも動かなかった。
「進むしかないってことか……」
「い、いやよ!絶対いや!」
「仕方ないだろ?ほら兄ちゃんの背中で目隠ししていいからちゃんと後ろからついてこいよ?」
「…………わかった」
兄貴の背中に顔を埋めてお腹に腕を回す。歩きにくいけどこの格好なら幽霊やお化け屋敷の仕掛けを見なくてもすむし、ただ目をつぶって兄貴の横を歩くよりも安心できた。これも私がそういったものを目で見るのが一番苦手だと知っている兄貴だからこその配慮だ。
「進むぞ?」
「うん…」
一歩ずつ歩き始めてすぐ、女の人の叫び声が響き渡った。何が起きているのか私にはわからないけど、兄貴がビクッと震えたのは感じた。
「……兄貴」
「な、なんだ?」
「音も怖いからなんか喋って」
「なんかって…もっと具体的にないのか?」
「…………私」
私は兄貴が好き。
こんなことを急に言ったらどんな反応をするだろう。お化けよりももしかしたら驚いてくれるかもしれない。でも、やっぱりこの気持ちは……言えない。
「私、この学校受験する」
「……そうか。母さん達には言ったのか?」
「パパとママにはもう言ってる」
「将来のことを考えて?それとも俺と同じで家から近いからか?」
「……両方」
兄貴がいるからだなんて、口が裂けても言えない。単にブラコンだと思われるだけかもしれないけど、もしかしたら私の気持ちに気付いてくれるかもしれないから。だからこそ…
「そういや、真実は将来なにしたいとか決まってるか?」
「まだ決まってない。兄貴は?」
「俺も決まってない。ははは、兄妹揃ってダメダメだな」
「私はまだ中学生だから。兄貴はもっと焦った方がいい」
「急に真面目だなお前…」
兄貴の体に回した腕の力を強める。
「真実?」
「気にしないで」
今ならきっと、怖いからと思ってくれる。勘違いで済ませられる。私達は兄妹だから。付き合うことも結婚することだって許されない。私の好きはそういう好きであってはダメなんだ。
「兄貴」
「ん?」
「兄貴には好きな人いる?」
「な、なんだよ急に……」
「いいでしょ。妹が恋愛のレクチャーをしてあげるって言ってるの」
「なんだ、真実は恋愛したことあるのか?どこのどいつだ真実に恋されるなんて…許さねえ……」
「……キモい……それで、いるの?」
「………最近、いろいろあってずっと考えてたんだ。でもやっぱり俺にそういう恋愛だとかのことはさっぱり分からん。でも…もっと一緒にいたいと思える人はできた…いや、人達って言った方が正しいか?」
莉音さんや姫さんのことだ。私とは違う、これから家族になり得る人達。2人とも優しいし綺麗だから兄貴も悩んでるんだ。私も兄貴の恋を応援してあげたいけどやっぱり少し複雑な気分になってしまう。
「真実はどうなんだ?中学校とかにいるのか好きなやつ」
「なに、妹のことそんなに知りたい?」
「お前だけ聞いてきてずるいだろ!?」
「安心しなよ、いないよそんなやつ。私は家族と友達がいればそれでいいの!」
「ほんとかあ?」
「ほんと!」
せっかくお化け屋敷に入っていたことを忘れかけた時、迷路状になっている壁をバンバンと叩くような音が響いて私と兄貴は同時に叫ぶ。
「うっ!?」
「きゃっ!?」
「「…………」」
その時、あることに気づいた。兄貴の背中に顔を埋めているからか、兄貴の心臓の音がよく聞こえるのだ。……これだけ心臓が早いとなると、かなりの緊張感を感じてるはず…もしかしたら吊り橋効果が狙えたり…………ダメだ。やっぱり考えてしまう。奇跡でも起きない限り実りはしない私の恋は行き場を失ってずっと暴れている。遊園地でキスしてからというもの、兄貴を意識しない日はない。だからこそ、より強く求めてしまう。
「は、話戻すけどやっぱり高校入るまでに将来の夢の一つや二つ見つけとけよ?なにかなりたいものがあればそれだけで頑張れるはずだし。なにより俺みたいになったら母さんが泣くぞ」
「……なりたいもの…」
沈黙の中、兄貴が会話を切り出した。流石に兄貴も気分を紛らわせたいようだ。それにしてもなりたいもの…将来の夢…か。考えたことなかったな。中学校でも職場体験みたいな授業はあったけどやっぱりどこか子供のための催し物っぽさが拭えなかったし。…………将来…夢……。
「…………あっ…」
「どうした?」
「夢…あった」
「お、なんだなんだ?兄ちゃんに教えてくれよ」
「……嫌」
「なんでだよ!?」
「絶対笑うから」
「笑わないって」
「嘘」
「ほんとほんと!」
「……ほんとに?」
「本当に本当!」
腕の力を一層強めて、深呼吸する。自分でもこんなことを言うのはやっぱり恥ずかしい。ていうか、なんでこの状況でこんなことを思い出しちゃったんだろ…
やっぱり……好きだから…かな。
それに、兄貴と……お兄ちゃんとの約束だから。
「お嫁さん」
「……は?」
「だから!お嫁さん!私の将来の夢!」
誰のとは言わないし、兄貴も聞いてこない。きっと冗談だと思ってる。小さい頃した約束を今頃持ち出してお嫁さんだなんて言ってくるわけがないと。でも、それでいい。私のこの気持ちは、誰にも教えない。誰にも見えないこの好きは…これからもずっと私だけが知っていればいいんだから。




