3話『ウワサ』
「メイド喫茶?」
「そう、私のクラスでやるの。家内も来なさいね」
ある日の放課後、特にやることもなく早めに家に帰ろうとしていたところ玉波先輩に呼び止められて美術部の部室へと連行された僕は再び絵のモデルとして椅子に座らされていた。
「先輩もメイド姿になるんですか?」
「私はやりたくないって言ったけど…まぁ、させられるでしょうね。雰囲気的に」
「あぁ…でも先輩のメイド楽しみですね」
「…!そ、そうかしら……」
玉波先輩のメイド喫茶……想像は難しくないがやはり本物を拝んでみたい。絶対似合うもんなあ。
「とにかく約束よ、絶対に来ること」
「はいはい、わかりましたよ」
玉波先輩との楽しい時間を過ごした僕は今度こそ家に帰ろうと下駄箱までいどうすると、そこにはちょうど実行委員の仕事が終わったのか靴を履き替えている思緒姉ちゃんがいた。
「ハル君?なぜこんな時間まで学校に?」
「ちょっと玉波先輩と話してたんだ。思緒姉ちゃんは今帰り?なら一緒に帰ろうぜ」
「…えぇ。ついでに買い物して帰るから荷物持ちお願いね」
「へいへい」
思緒姉ちゃんと並んで歩く。いつも近くにいる姉ではあるけれど、こうして横に立ってみるとやはり同じ両親から生まれたとは思えない。まず顔が整いすぎていることはもちろん身長も家族で一番高いし、なにより高校生にしては落ち着きすぎている。いやまあ、年齢的には高校生じゃないけど…
「……?ハル君、私の顔になにかついてる?」
「ん?いや、相変わらず綺麗な顔だなと思っただけだ」
「……」
「あれ、どうしたんだ思緒姉ちゃん、急に立ち止まって…」
「………………なんでもないわ」
少しの間、時が止まったように停止していた思緒姉ちゃんがまた動き出す。いつもとなんら変わらない表情ではあるけれど、どうやら弟に褒められて嬉しかったようだ。思緒姉ちゃんは昔からなにか嬉しいことがあると鼻歌を歌う癖がある。感情が表に出ない分、こう言ったところは非常に女の子らしいといえた。
「そうそう、ハル君学園祭といえば私達の通う学校にはこんな噂話があるのよ」
「噂話?なんだよ藪から棒に…」
「まぁ聞いておきなさい。なんでも2日間ある学園祭その最終日、下校時刻に鳴るチャイムと同時に告白した女子の恋愛は成就するという噂なのだけれど」
「普通そういうのってその時成立したカップルは永遠だとかそんなんじゃないか?なんだその女子限定の効能…」
「さぁ…クラスの子が話していたのを無理やり聞かされただけだからそこまで詳しく聞いてないわ」
「もっとクラスメイトとコミュニケーションとれよ」
「ハル君には言われたくないわね」
「……そうだな」
「それで、ハル君には当日告白してくれる女の子はいるのかしらね」
「…さぁ……」
どうだろう。もともと莉音や玉波先輩の告白を…その答えを保留にしてしまっている状態だ。もしかしたらその時にふたりのどちらか…もしくは両方にまた答えを聞かれるかもしれない。
もうそろそろ、答えを出さねばならない時が近づいている。心の整理がつかないだなんて言い訳はできない。お互いを知らないなんてなとも言えない。夏休み前から今日まで、彼女らと過ごした内容は濃すぎると言ってもいいほどだ。さらにそこに泉や桜花妹の存在も加わって僕の頭は手一杯だ。
「……安心してね。もし誰にも告白されない可哀想なハル君でも私が一緒にいてあげるわ」
「…思緒姉ちゃん、それはそれで悲しい」
学校にまつわる噂話というなんとも高校生チックな会話を今年21歳の姉とする帰り道。しかしこういったのどかな時間も久し振りに感じる。さっきも思ったが、本当にここ最近の出来事の内容は濃すぎるのだ。
「そうだ、思緒姉ちゃん今日の晩御飯なに?」
「ハル君はなにがいいの?」
「うーん…なんでもいいや」
「そう」
「…思緒姉ちゃん、そこはこう…なんでもいいが一番困るとか言う時では?」
「なんでもいいということはハル君は私の作る料理なら全部好きということでしょ?嬉しいわね」
「…そうですか」
「あ、そうだ兄貴、私友達と学園祭遊びに行くから当日案内してよ」
「え?お前来るの?」
「なによ、行ったら悪い?」
「いや、別に」
家に帰り、母さんと思緒姉ちゃんの作ったハンバーグを食べていると突然真実が学園祭に来ると言い出した。まあ学園祭は土日だし問題はないけれど外部の人から見たらやっぱり子供騙し感は否めないだろうしうちの高校、それほど規模が大きくないから周辺の学校と比べてもあまり楽しくはないと思うんだが…
「そういうことだから、当日学校着いたら電話するからちゃんと来てね」
「思緒姉ちゃんに頼めばいいだろ?」
「し、思緒姉に迷惑かけるかもしれないでしょ!?」
「俺にはいいのかよ…」
「別にいいじゃない!どうせ暇してるでしょ?」
「分かった分かった…」
警備の係もそれほど長い時間拘束されるわけではないし、莉音と出し物を回ったりするのも莉音の自由時間とかぶる時だけだから確かに暇ではあるけれど、なぜ僕が中学生のお守りをしなければならないのか。いくら愛するマイシスターの頼みとはいえ若干面倒くさい。
「真実、ハル君を困らせてはダメよ。ハル君は学園祭の実行委員なんだから」
「え!?兄貴が?嘘でしょ?」
「…なんでそんなに驚くんだ……」
妹からの僕に対する認識の酷さが伺えた。それにしても女子中学生と学園祭を回る…か。ふむ、ふむふむなるほど。案外、悪くないのではないだろうか。元々暇なのは本当だったんだ。それならば逆に楽しんでやればいい。展示や劇、模擬店にイベント。幸いにも暇つぶしの手段は多数あるのだからこの際僕が女子中学生の皆さんを完璧にエスコートする。うん、なんだか楽しそうだ。
「よしよし真実、当日は兄ちゃんに任せておけな!」
「え、なに急に気持ち悪いんだけど……」




