epilogue
「ハルちゃん」
こえがきこえる。だれのこえだろう。
「「ハルちゃん」」
ひとりじゃない。ふたりのおんなのこのこえ。…あぁ、これは多分夢だ。また僕の名前を呼ぶ夢。あの子達は誰なんだ…どこかで……見た気がするのに、あと少しのところで思い出せない。
「ハル君」
今までで一番鮮明な声が聞こえた瞬間、ノイズのようなものが走った。それと同時に僕は目を覚ます。
「おはようハル君」
「おはよう、思緒姉ちゃん…」
今日も変わらず目覚めると思緒姉ちゃんの顔が目の前にあった。朝から姉の綺麗な顔を拝めるとは誠に眼福ではあるものの、流石に一瞬驚いてしまうのでもう少し起こし方を考えて欲しい。
「ハル君?」
「なんだ思緒姉ちゃん」
「なぜ泣いているの?」
「…分からん」
思緒姉ちゃんに指摘されて顔を触ると、確かに涙が流れていた。でも理由は分からない。なにか悪夢でも見たのか?なにも思い出せないけど…
「…どこか痛い場所でもある?」
「痛いっていえば、まぁいつものようにちょっと首がチクッとするぐらいかな…」
「そ…それなら大丈夫そうね」
思緒姉ちゃんはそう言ってベッドから降りる。
「大丈夫か?これだけ毎日のように痛むとちょっと心配なんだけど…」
「…それな……別のとこ…しようかしら……」
「え?なんて?」
「なんでもないわ。それよりもハル君、お弁当は机の上に置いておくから」
「あ、うん。ありがと」
室内の机を見ると、僕のお弁当が袋に入れられた状態で置かれているのが目に入る。そういえば今日のお弁当当番は思緒姉ちゃんか。
「……そうだ思緒姉ちゃん、小学校か幼稚園の時の俺のアルバムとか知らない?」
「知らないわ」
「そうか……」
即答だった。思い出したのでカマをかけてみたけれど、どうやら思緒姉ちゃん的にはあのアルバムはあそこにあるべきものでは無かったようだ。…僕の写真をそんなに見たかったのだろうか?いや、流石にそれはないか。いつもこうして顔をあわせているわけだし。
「それじゃあハル君、私は部屋に戻るから出る時に呼んでね」
「うん、わかったよ」
……思緒姉ちゃんが部屋を出たのを確認してから、僕は自らの勉強机、その引き出しのうちの一つを開ける。中に入っているペンなどの道具を取り出し、底に敷いてあった板を取り出した。二重底である。これは真実にとある本が見つかった時のものだがまさか役に立つ時が来るとは。僕はその中から一枚の写真を取り出す。僕と一緒に2人の少女が写った写真。あの後、思わずアルバムから抜き取ってしまったけれど、僕はこの写真がどうしても気になってしまった。そして、名簿に書かれた莉音とあきの名前。もしかしたら、この二人のうちどちらか…もしくはこの少女たちこそがあのふたり。ということになるのだろうか。確かに、面影がないわけではない気がする。2人の少女はそれぞれ短い髪と長い髪。ムッとした表情と気弱そうな表情などそれぞれの特徴があるといえばあるのだ。
まあ、この辺りのことは2人に直接聞けば済む話だ。それよりもまずは学校に行く準備をしなくては。思緒姉ちゃんを待たせるわけにも行かないしな。
教室、むせ返るような吐瀉物の香りが漂っている。僕とあき、莉音、そして泉。まだ早い時間なので他の生徒達の姿は室内どころか校内にもほとんどない。
ひどい胸焼けと眩暈に襲われながら、僕は目の前に立ち僕を見下ろすあきへと目を向ける。
「ねえハルちゃん、思い出した?私前も言ったけど我儘なんだ。だから、ね?もう少しだけ我慢してね」




