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ヒミツ  作者: 爪楊枝
シャシン
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2話『ワガママ』


放課後、僕は保健室を目指していた。理由は単純、呼び出されたからである。スマホのアプリを開き、表示された文章を見る。


【授業が終わったら、私の荷物持ってきて。命令だよ(╹◡╹)♡】


久しぶりに下されたあきからの命令に少し嬉しさもあったけれど、僕はかなり不安を感じていた。まず顔文字が怖い。絶対人を殺している目をしているもの。今から冷や汗が止まらない。まるで断頭台へと登っているような錯覚を覚える。絶対怒っている。ていうか怒っていた。睨まれたもん。睨んでたもん。


できる限りゆっくり歩いてたどり着いた保健室の前、逃げ出したい思いが強まる。そんな僕の思いも知らず、保健室のドアは向こう側から開かれた。


「あら、貴方は確か…あぁ、あの子の荷物持ってきてくれたのね。ふふ、じゃあ後はよろしくねごゆっくり〜」

「……」


養護教諭が、僕の肩をポンポンと叩いて通り過ぎて行った。ドアは開いたまま、中にあきの姿は見えなかった。


室内に入ると3つあるベッドのうちひとつにカーテンがかけられていた。


「あき、荷物持ってきたぞ」


声をかけながら、恐る恐るカーテンに手をかけて中を覗く。その瞬間、カーテンの内側から伸びた腕が僕の首に回され、そのまま内側へと僕を引き込んだ。


「うわっ!?」

「しーっ……静かに……」


ベッドに座ったあきの胸に抱え込まれる形で密着する。


「な、何するんだよ!?」


急いで離れて呼吸を整える。


「なにって、久しぶりのサービスタ〜イム。どう?興奮した?」

「……しないでもない」

「意地張っちゃって」

「張ってない!それよりほら、鞄」

「ん、ありがと」

「じゃあ僕は帰るから…」

「待って」


僕を呼び止めたあきは、ベッドの白い掛布団の中に潜り込んでからそれを持ち上げて続ける。


「…おいで」

「…は、は?」

「命令だよ」

「でも…先生戻ってくるかも…」

「カーテン閉めてるし、ドアの音が聞こえたら出ればいいじゃん」

「……」

「私との契約、勝手に破るの?」


また…彼女は嗤う。僕が断らないことを知っているから。あきと自分の鞄を椅子の上に置いて僕は上履きを脱いだ。




「……」

「……」


会話はない。それでも、互いの息遣いや鼓動の音が聞こえてくる。向かい合うようにして転んだ僕に、あきがしがみつくような形で密着している。いくらもう季節的に秋だといえど、布団の中は熱気がこもっていた。


「ねぇ…」


切り出したのはあきだった。


「泉ちゃんとはどうなの?」

「…なにが」

「付き合ってるの?」

「付き合ってはない…」

「まあそりゃそうだよね、臨海学校の雰囲気見ればそれないと思うけど…それならなんで最近やたらと仲が良いの?」

「それは…仲直りしたからだよ」


あれが、互いの存在に依存する形の関係を仲直りと言って良いのなら、僕の言葉は間違っていない。


「そ…じゃあ他には誰かいる?」

「は?」

「他に仲のいい女の子はいるの?」

「そりゃあ…何人か喋ったりするやつは…」

「ふうん…」

「さっきからこれなにを聞かれてるんだ?」

「そんなの、ご主人様がいないところで勝手にしもべが他の女にマーキングしてないかの確認だよ」

「マーキングって……」


僕は犬かなにかだろうか…


「ねえ、陽満くん」

「なんだ……よ?」


あきは僕の手を掴み、自らの胸に押し当てた。大きく主張しているわけではないが、柔らかな感触が手のひらに広がる。


「私…陽満くんが思ってるよりもワガママなんだよ。だから私の目の前で他の子と話したりするのやめてほしいな…」

「……たち……ばな?」

「ハルちゃん…」


心臓が跳ねる。布団の中の熱気のせいか、あきの体温のせいか、血が沸騰でもしているような感覚に陥る。今までの彼女が見せてきたどの表情とも違う。なにかを恐れているような、潤んだ瞳が僕を見つめる。


「はあ、今日はお客さんが多いわね。3年生はまだ授業あったよね?ひとりベッド使ってるからこっちのベッド使ってね」


勢いよくドアが開かれ、養護教諭とともにもうひとりの足音が聞こえた。…どうやら誰かが保健室を利用しにきたらしい。


「じゃあ、私は担任の先生に連絡して来るから転んでてね」


そう言い残し、ドアが閉まられる。


「……」

「……」


見つめあったまま、僕たちは数分間動けなかった。あきがスマホのアプリを使い僕に出るよう指示したため布団からゆっくり音を立てないように脱出する。思わぬ展開に変なドキドキ感が加算され、頭の中で心臓が脈を打っているのではないかと思うほど鼓動が早まっていた。


布団から顔だけ出したあきと目が合うと、あきがニッと笑った。どうやら彼女はこの展開すらも楽しんだらしい。汗で前髪がおでこについている彼女の表情はとても無邪気なものだった。


空きベッドを一つ挟んだ向こうで寝ている生徒を起こさぬよう、僕は静かに保健室を後にした。




「……」


天井を見る。額に手の甲を当てると、だいぶ汗をかいていたのか若干髪の毛が湿っている気がした。……………………………………………………………………………は…………恥ずかしいっ!前のやつで少しは慣れたと思ったけどやっぱ恥ずかしいコレ!む、胸まで触らせちゃったし!!


ひとりベッドの上で悶絶しながらさっきまでの状況を振り返る。まさかハルちゃんとこんなことになるなんて…ていうかあのまま邪魔が入らなければもしかしたら…や、ヤれてたんじゃ……って私なに考えて…


「はぁ…」


ため息を吐いて、落ち着きを取り戻そうと深呼吸する。


恥ずかしがってちゃダメだ。私は変わったんだから。そうだ、あの頃の私とは違うってところをハルちゃんにも…そしてあの子にも見せつけなきゃいけないんだ。


「うるさいわよ」

「ご、ごめんなさい…って、え?」


ふたつ向こうのベッドから声をかけられた。でも問題はそこじゃない。その声には覚えがあった。臨海学校前の全校集会で聞いた時に衝撃を受けたので忘れるわけがない。急いでカーテンを開けると、向こうもそれに合わせたかのようにカーテンを開けた。


「こんにちは、立花あきさん」

「ハルちゃんの…お姉…さん」


ベッドに座ったお姉さんは見るからに不機嫌な顔をしている。まさか私とハルちゃんがなにをしていたか知っているのだろうか…不機嫌な表情とは全く違う、落ち着き払った声で彼女は私に問う。


「立花さん、貴女は…ハル君のためになにができるのかしら」






保健室を後にし、帰宅するために下駄箱へと向かった僕はある人物と遭遇した。


「あ…」

「おう…」


明るい茶髪でパーマっけのある髪がトレードマークの自称不良娘、シスコンの桜花 伽夜かやである。


「…ね、ねえ…今はその…野美乃さんとか一緒じゃないわけ?」

「莉音?別に一緒じゃないけど……」


なんだ?ずいぶん周りを気にしているようだが…


「家内、ちょっと話あるから付き合って」

「…?あぁ…」


しきりにキョロキョロとまるでゲームに出て来るスパイのような動作で動く桜花姉の後について学校を出た。しばらく歩いて学校から結構離れた場所にあるコンビニに立ち寄る。


「あ、最新刊出てる」


桜花が少年雑誌に掲載されている漫画の単行本を手に取った。


「好きなのか?」

「うん、よく読む」


少年雑誌といえど購読層は様々で、中には女子人気に支えられているものもあるが、桜花が取ったのは明らかにそういった層が好むものではない。どちらかといえばちょっとヤンチャな男子たちが好むような、不良を描いた硬派な漫画だった。なるほど、どうやら桜花が不良娘を自称しているのはこういったものが好きだということもあるのかもしれない。


僕も一応ジュースを買ってからコンビニを出ると、桜花が話を切り出してきた。


「それでさ…野美乃さんのことなんだけど…」

「莉音がどうかしたのか?」

「もしかして、野美乃さんと付き合ってる?」

「いや、付き合ってない」


ここはきっぱりと言っておく。桜花の目的が何であれ、誤解を与えるのは避けたほうがよさそうだ。


「でも告白はされた」

「そっか…それでか…」

「…?それでか?」

「いやえっと…私からとやかく言うことじゃないってのはわかってんだけど…あの子は辞めといた方がいいんじゃないかなって…」

「…はあ?」


なぜ急にそんな話になったのだろうか。たしかに、桜花は莉音に何かしら思うことがあったのかもしれないけれど、なんだろう…今のはどちらかといえば僕に対する忠告のようなニュアンスにも取れた。2人は実は仲が悪いのか?いやいや、昼休みは特にそんな風には見えなかったけれど。


桜花はなにか物言えぬ恐怖感に怯えているように見える。


「と、とにかく私は伝えたから!あんたがどうするかは任せる。あ、それと…」

「ん?」

「学園祭の実行委員、あんたのクラスまだ決まってないならあんたやりなさいよ。妹も喜ぶから」

「……」


桜花妹を喜ばせる義務は別に僕には無いとは思うけれど、なんだかあの子を怒らせるのは逆に怖い気もする。かと言って実行委員になるかどうかはまだわからない。今後のHR次第になるだろう。


「それじゃあね言いたいことは言ったから」


そう言って、桜花姉は去っていく。僕はその後ろ姿を見送ってから家に帰る。彼女が僕に伝えようとしたことを考え、胸に留めておかなくてはいけないだろう。どちらにせよ、桜花と莉音の間に何かしらの関係があるとは思うのだけれど…


「陽満君」


なんだか今日は妙にタイミングが良い。いや、悪いと言ったほうがいいか。なにかに仕組まれているかのように、見計らったかのように、出会う。


清楚な雰囲気を全身から醸し出した黒髪の少女は僕を待っていたと言わんばかりに電信柱の陰からその体をひょこりと覗かせた。


「こんなところで会えるなんて、奇遇ですね」


野美乃莉音は涼やかに笑う。

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