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ヒミツ  作者: 爪楊枝
私の××へ
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孤毒


私は1人だった。


当時から大人びていたというよりは、成長と学習能力が優れていた私は保育園で明らかに浮いていた。他の園児と遊ぶ気にもなれず、ひとりでずっと本を読むことしかできなかった。本を読むことは…教養を身につけることは苦ではなかった。いずれ役に立つことから無駄と言える知識まで、それらは私を唯一楽しませてくれるものだったから。私にとって嫌だったことはやはり他人と関わることだった。それは両親や当時私をよく世話してくれていた祖母も例外ではない。自分以外の人間は全てが異物に思えた。


自分と半分ずつしか血の繋がっていない生き物が自分のことを世話してくるなんて、理解ができなかった。なんの見返りも求めることはなく、ただ家族という枠組みによって構成された社会の中で暮らすことがたまらなく気持ちが悪かった。両親が私に笑顔を向けてくることが嫌いだった。私には両親の気持ちが分からなかった。


私は人の感情が…愛がなんなのか分からなかった。




当時母によく連れて行ってもらった図書館に1人の少女を愛してしまった吸血鬼を題材にした本があった。その吸血鬼は少女の血を吸い、同じ吸血鬼にしてしまうことで永遠に同じ時を生きようとしたけれど、変わり果てた姿に絶望した少女が自ら太陽の元に出て灰になるという悲恋の物語だった。それ以外にも愛だの恋だのをテーマにした本は多く読んだけれどいまいち想像ができない。漢字や算数を勝手に覚えていくのとは理屈が違う。多分、時間をかけて分かるようになるのだとは思う…そんな気がするけれど、私はその愛とかいう曖昧なものと一緒にその本に載っていた吸血鬼のことが気になった。


「同じ吸血鬼にする…」


自分の眷属…自分と同じ存在、血…


「思緒、そろそろ帰るよ」

「…わかった」


少しだけお腹を大きくした母が私を呼ぶ。今母の胎内には私の弟か妹がいる。どちらでもいいけれど、できれば弟がいい。愛というものには色々種類があって家族や友人に向けるものもあるらしいけれど、私にそれは一生理解できそうもないので異性に抱く愛情というものを知るためにも男の子が良かった。きっと…私と同じ血が流れるこの子なら私に教えてくれる。





「大丈夫だよ思緒ちゃん、お母さんも陽満も無事だからね」

「うん、私は大丈夫だよおばあちゃん」


病院の通路、大きな扉の向こうで母さんが陽満を産んでいる。陽満というのは私の弟の名前だ。私の期待通り弟が生まれてくる。早く会いたい。確かめたい。私と同じなら…なにか私に新しい変化をもたらしてくれるはずだから。


しばらくして泣き声が聞こえ、それから無事に出産を終えた母と陽満の元に通された。母の抱く小さな姿を見た私は思わず手を差し出していた。想像よりもずっと小さな指が私の指を掴む。


「ほら陽満、お姉ちゃんよ〜思緒ちゃんはじめまして〜」

「……はじめ…まして」


か弱く、少し力を入れれば折れてしまいそうな指でそれでも強く握られる。





「ほら陽満、お姉ちゃんの手を握ってみて」

「うん!」


私は陽満と触れ合うことが好きだった。自分でも驚いたけれど、陽満に対して両親や他人に対する嫌悪感や異物感は感じない。やはり自分と同じ存在と認識しているからなのか…


向かい合って座る陽満の小さな手、手のひらを合わせてその指に自分の指を絡ませる。それだけで自然と笑みがこぼれる。


私は積極的に陽満の面倒を見た。オムツもミルクも自分のできることはなんでもやった。陽満の面倒を見てあげたかったというのもあるけれど、一番の理由は両親に陽満を取られたくなかったからだ。せっかく手に入れた分身とも自分自身とも言える存在を他人に触れて欲しくなかった。だから私は陽満の側から離れることはほぼなかった。保育園でも変わらない。ことあるごとに陽満の様子を見に教室を行ったり来たりする。家でもずっと離れない。それでも母や父ではないとできないこともある。陽満を病院に連れて行ったり火や熱湯を使うことが一例だ。私はそれが不満だった。できることなら陽満の全てのことを私がしてあげたかった。できることなら両親には陽満と関わってほしくなった。


「思緒ちゃん、本当に大丈夫?」

「うん、おばあちゃんが来てくれるって。だから行って来なよ」


私は両親の休日や記念日に彼らをふたりきりにするためになんでも利用した。両親には早急に次の家族を増やしてもらいたかった。でもそれは陽満とは違う、両親を陽満から遠ざけるための身代わりだった。




「ちっちゃいね、おねえちゃん」

「そうね」


私の膝の上に座った陽満が母の抱く真実を見て言う。


「陽満、お兄ちゃんになったんだからちゃんと真実の面倒見てあげてね」

「うん!」


陽満はとても嬉しそうに笑っていたけど、私はなぜかあまり妹の誕生を喜べなかった。


真実が生まれてからは、陽満と真実両方を見ることが…どちらかといえば真実と遊ぶ陽満を見ることが増えた。楽しくはない。私だって陽満と遊びたいし陽満に触れたい。真実も陽満も変わらないはずなのに…私と同じはずなのに私の中で明確に差が生まれている。私は妹に…まだ1歳にも満たない存在に嫉妬していた。




真実は父か母が一緒に入るため、陽満とふたりきになれるお風呂は私にとって唯一の癒しの時間だった。陽満の頭を泡立った手で撫でる。触れているだけで幸せになれる気がするのだから不思議だった。そして思った。同じ吸血鬼にしてまで少女を欲した男の気持ちはまさしくこんな感じだったのだと。私はこの時初めて陽満に…弟に恋をしたのだ。でもそれはほとんど家族愛と変わらない。ただ弟を無事に育て、守り、一緒にいたいという純粋な感情に過ぎなかった。


私が別の感情に気がついたのもまた、陽満とお風呂に入っていた時だった。それはなんの前触れもなく、ふと私の目についた。なぜそんなことを考えてしまったのか当時の私には分からなかったけれど、以前読んだ本に載っていた子供の作り方というものを試してみたくなった。


結論から言ってしまえば、私は罪悪感に潰された。なにも知らない弟に対して流石にやってはいけないことだと思い知った。幼い陽満にとってはただ洗われただけのことでも私にとっては違った。のぼせてしまうんじゃないかと思うほどの熱を感じながら、私は陽満の体を洗いながら生まれて初めての自慰をした。結局それ以上のことはしなかったけれど、その行為は私の陽満に対する気持ちを決定付けるには十分だった。


私は以降誰にも恋することはない。もう誰にも…陽満以外の誰にも好感情を向けることはない。誰にも渡さない。私の愛情は全て陽満なものであり陽満は私のものなのだから。




そしてそれは今も、これからも変わらない。

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