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ヒミツ  作者: 爪楊枝
私の××へ
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盲毒


「「ハルちゃん」」


夢を見た。それは最近よく見ている夢だった。名前も顔も分からない少女に呼ばれる夢。唯一わかることはどうやら僕を呼ぶ声は二人分だということぐらいだろうか。彼女達の顔はぼやけていて見ることができないが、その声だけははっきりと確認できた。その甲高い声は自分と比べてかなり年齢が幼いことが伺える。しかしこれ以上の情報はなく、またこのことも僕は忘れてしまうのだろう。いや、思い出さないと言った方が正しい。これは僕の見ている夢なのだから。目が覚めたら忘れてしまう。夢というのは覚めふものだ。




「おはようハル君」

「おはよう思緒姉ちゃん」


目を開けると思緒姉ちゃんと目が合う。顔全体に思緒姉ちゃんの髪の毛がかかっていてこそばゆい。もはや最近朝の恒例となりつつこの起こし方にも慣れてきた自分がいる。


「大丈夫?魘されていたけれど」

「まじで?というかどいてくれ起きれないだろ」


魘されていたということは、僕にとって今日見た夢は悪魔判定だったということだろうか?そんなに嫌な夢を見た気はしないんだが…思緒姉ちゃんがどいてくれたので僕もベッドから降りて着替え始める。


「…思緒姉ちゃん?」

「なに?」

「いや、俺着替えるから部屋から出て行ってくれないか?」

「…?なにか私がいて不都合なことがあるの?」

「………」


僕はここで少し考える。果たしてこの状況で姉がいたとして僕に何か不都合があるだろうか?デメリットとしては僕が恥ずかしいということぐらいだろう。しかしこれだけで姉を部屋から追い出すほどの不都合と言えるかと言われれば答えはNOだ。思緒姉ちゃんは家族なのだから着替えを見られたって決して悪いことをしているわけではないのだから。


……あれ?そういう問題だろうか?なんか違うくないか?


「……どうやら不都合は無さそうね、さあ着替えの続きをしてね。お姉ちゃんが手伝ってあげてもいいわよ」

「いや、なんか自分でも納得しかかったけどやっぱり出てけよ!それに今日は思緒姉ちゃんが弁当当番だろ?」

「お弁当の用意はもう済んである。だからハルちゃんは安心してお着替えをするのよ」

「…」


テコでも動きそうにない。思緒姉ちゃんは意外なところで頑固になる。本人にしか分からないこだわりというものがあるのだろうけれど、いつも無表情を崩さない姉の思考を読むことは僕には不可能だった。仕方がないのでパパッと着替えを済ませる。その間、思緒姉ちゃんの視線が僕から外れることはなかった。


なんだこれ、予想以上に恥ずかしいな。十分不都合だよ。なんなら嫌がらせの域に達している気もするぞ。


「ハル君、最近痩せたわね」

「…そうか?」

「えぇ、お姉ちゃんの目は誤魔化せないわ。体重も減っているようだしきちんとお昼ご飯は食べているの?」

「食べてるよ」


一目見ただけで僕の体調の変化を見抜いたとでも言うのだろうか?だとすればそれはもう一種の特技だ。


…確かに最近、というか夏休みの臨海学校からあまり食欲があるとは言えない。さらに夏休みが終わってからは弁当を半分ほど何処かの誰かに取られていた影響もあって食事量は十分ではなかったかもしれない。まあ桜花に弁当を取られることはあれから無くなったので僕の体重もじき戻ると思うけれど。


「ハル君、なにか私に隠していることがあるでしょう?」

「は?」


こういう時の思緒姉ちゃんはやたらめったら勘がいい。というかもうすでに僕が隠していることなんて全部知ってるんじゃないのかと思えるような…まるで事情聴取のような聞き方をしてくるので心臓に悪い。


「お姉ちゃんはハル君のことが心配なのよ。だからあまり無茶してはダメよ」

「うん、大丈夫だよ。それに僕が思緒姉ちゃんに隠し事なんてするはずないだろ」


思緒姉ちゃんは長い間体調を崩していた。まぁ僕から見れば体調を崩しているようには見えなかったけれど、実際に学校を休んでいたのだからなんらかの事情があったと思ってしかるべきだ。そんな姉に、僕の周りのことであまり気苦労をかけたくなかったので、最近あったことはもろもろ黙っていた方が良さそうだ。それに話したところで、思緒姉ちゃんが助けてくれるわけではない。どれもこれも自分で解決しなければならないことばかりなのだから。


「…そう、それならいいけれど。とにかく体には気をつけてね」


そう言って思緒姉ちゃんは部屋を出て行く。なにを考えているか分からない時もあるけれど、なんだかんだ言って思緒姉ちゃんは家族のことを一番に考えてくれているのだ。それは僕が…家族が一番理解していることでもある。僕が体調を崩した時も、真実と喧嘩した時だって最初に気遣ってくれたのはいつだって思緒姉ちゃんなのだから。


家内思緒という存在は、姉という存在はそれだけ僕の中で大きく、決して切り離せないものだった。完璧で絶対で何一つ綻びのない自慢の姉。


ただそれは、思緒姉ちゃんの考えていることが分からないからこそ許される関係なのかもしれない。どんなことにも結局のところ、人の考えていることなんて本人に直接聞いて見ないとわからない。僕は思緒姉ちゃんに絶対の信頼を寄せている。それは恐らく思緒姉ちゃんも一緒だろう。


しかし本心はどうだろう?思緒姉ちゃんだって人間なのだ。家族に対する不満はあるだろうし、僕に対して思うことだってあるかもしれない。そんな姉のことを僕はちゃんと考えているだろうか?姉に甘えすぎてはいないだろうか…僕は家内思緒という人間のことを何も知らない。知ろうとしていない。知ろうとしていなかった。当たり前のように毎日同じ屋根の下で暮らし、顔を合わせ、話をして、日々を送る。


「いっ……」


考え事をしていると、首筋に痛みが走った。ジクジクと熱を帯びているような痛み。


「寝違えたか?って、やべえゆっくりしすぎたな」


時計を見て慌てた僕は、部屋を出る。今日もまた1日が始まる。今から思緒姉ちゃんの作った弁当が楽しみだ。



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