epilogue
「それで…二人でなにをしていたんですか?」
「……」
「……」
桜花妹に見つかった僕たちは、トイレから場所を移して比較的人の少ない広場にやってきた。
「姉さん?」
「はい!」
「どうして姉さんが家内先輩といるの?」
「そ、それは…」
「家内先輩、先輩は姉さんがいることを最初から知っていたんですか?」
「う…あぁ…」
「…そうですか……」
桜花妹が俯く。こんな状況では僕たち二人に騙されていたと思われても仕方がない。
「……姉さん」
「…なに」
「姉さんも家内先輩のことが好きなんですか?」
「…は、はぁ!?」
顔を上げた桜花妹が笑顔で尋ねる。それは今までの気弱で人見知りな印象とは随分とかけ離れていた。
「陽京?あんた何言って…」
「それなら最初から私に黙って屋上でお弁当を食べていたのも納得できるし…」
「それは…こいつが陽京を助けてくれたやつだって知らなかっただけで…」
「いいんですよ姉さん、無理しなくて。良いじゃないですか、姉妹なんだから好きな人が一緒になることぐらいあるよ」
「…だから……なにを…」
「家内先輩」
「……」
「私と姉さん、二人ともあなたのことが好きなので私達両方を平等に…同じように愛してください」
「…陽京!あんた…」
「姉さんは黙ってて、姉さんの代わりに私が父さんの言いつけを守ってきたんだから…たまにはわがままを言わせて」
「……」
今のは恐らく、桜花妹の本音だろう。溜まっているのだ。不満が。気弱な彼女が吐き出さなかったものが。それが今ここでとめどなく溢れている。
「家内先輩、どうですか?女の子二人と付き合えるなんてなかなかできない経験ですよ」
彼女は…桜花陽京は玉波先輩や泉とは明らかに違った。先輩達のように過去に僕となんらかの関わりがあり、それがきっかけで好意を持ってくれたのとは違う。この短期間で盲目的な好意と姉との関係も許容する異常な価値観は普通のものではなかった。
「…む、無理だ。僕は君とは付き合えない…」
「……なぜですか?」
なぜかと聞かれても、答えは出ない。出せない。僕は考えて答えを出したわけでない。
「なぜですか!」
今までで一番大きく、感情のこもった叫びだった。
「ごめん……」
ただそれだけ。それだけ言葉を絞り出すのがやっとだった。桜花陽京のことが嫌いなわけではない。しかし彼女との間にかけがいのない絆が生まれるほど僕にとって彼女の存在は大きなものでなかった。
「……わかりました。今日はもう帰ります。楽しかったです」
「あっ、陽京!待ってよ」
急に感情が抜けたように落ち着きを取り戻した桜花妹が歩き出し、それに桜花が続く。僕はその場に立ち尽くし、しばらく動くことができなかった。
月曜日、僕は変わらず昼休みの屋上で寝転んでいる。もうじき予鈴が鳴る時間帯だが、桜花姉妹が来ることはなかった。まぁ、あんなことになってしまったのだ。僕としてももうしばらくは顔を見せることができそうにない。
「家内先輩」
そんなことを思っていたのに、今一番聞きたくなかった声が出入り口の方から聞こえた。体を起こし、ドアを見やるとそこには桜花妹が立っている。姉の姿はない。
「よ、よう…どうした?もう昼休みも終わるぞ?」
「はい!あれから姉さんと話したのですがやっぱり先輩には私達を好きになってもらわないと困ります。ですから私…努力するので、これからも先輩の側にいさせてください」
ニコリと笑顔を見せる桜花妹に対して僕はなにも言い返せなかった。今あるのは正直面倒くさいという気持ちと目の前に立つ悪気のない少女に対する恐怖心だけだった。




