6話『キョウハクとデート』
昼休み、今日も今日とて僕は屋上にやって来た。もちろんその手にはお弁当箱を持っている。梯子を登り、いつものスペースへと着いた僕の目に二人の女子生徒が映った。ひとりは自称不良のシスコン、桜花伽夜、そしてもうひとりは…
「桜花の妹か……?」
僕を見て姉の後ろに隠れるのを見るあたり、どうやら人見知りというのは本当のようだ。
「……」
「どうした?黙って…」
非常に気まずそうな表情をした桜花はなにか言い出そうと口をパクパクさせるが、その言葉が出てくることはない。どうやら後ろの桜花妹のことを気にしているようだ。
「ん?…あれ、もしかして…」
ここで僕はあることに気づく。桜花の後ろに隠れた妹の顔に見覚えがあったからだ。
「ごめん、陽京ちょっと待っててな。家内、来い」
「えっ!?ちょ、ちょっと!?」
僕は桜花に誘導されるがまま今登って来た梯子を使って下へと降りる。
「どうしたんだよ」
「な、なあ聞きたいことがあるんだけど妹と会ったことあるか?」
「あぁ、今思い出したんだけど確か前に一度会ってるな」
「その時のことどれくらい覚えてる?」
「え、そんなに覚えてないぞ2ヶ月以上前のことだし会ったのはほんの数分だけだし」
なによりあの時の僕は一刻も早く部室に行きたい衝動に駆られていたはずだ。
「…まじかあ…実は陽京があの時助けてくれたのは家内だって言ってて」
「…あぁ〜なんかそんな気がするな」
「それでお礼がしたいらしいんだけど…」
「おう、それは全然良いけど…なんでそんなに焦ってんだ?」
「良いか?今からあの子になに言われてもお前は動揺せず…あの子を悲しませずにしろ?」
「はあ?」
「いいから!もしあの子のこと泣かせるようなこと言ってみろ?私がお前を殺す」
「えぇ……なにそれ…」
脅しだった。
「姉さん?」
「ひ、陽京!?なんであんたまで降りて来てるの?」
「…ごめん、ふたりの話が気になって……」
「あ、あぁごめんね待たせてそれじゃあ私はそばで見てるから…あとは頑張んなね?」
「う、うん……」
僕のそばから桜花が離れ、代わりに桜花妹が近づいてくる。モジモジとした、一目で恥ずかしがり屋だとわかる挙動はどこか小動物を思わせる。姉と同じく肩ほどまでの髪の長さだが、こちらはサラサラとした髪質で綺麗な黒髪である。困り眉というのか、常にハの字をした眉毛が印象的だった。
「あの…い……家内…先輩」
「あ、あぁ……」
「あ、あの時は…その…私を助けてくれて…ありがとうございます…」
「お、おうそれぐらい全然大丈夫だぞ」
「そ…それでですね…あの…実は……」
「……?」
「私…せ…先輩が…………」
「……」
「……」
頬を真っ赤に染めた桜花妹の口から言葉の続きが発せられることは無かった。代わりに声を出したのは姉の方である。
「い、いやぁ〜良かったねお礼言えて!ね!」
見れば桜花が必死にウインクしている。どうやら話を会わせろということらしい。
「あ、あぁ!わざわざお礼言いに来てくれて嬉しかったよ」
「……」
桜花妹は口を閉じたまま、俯いてしまった。それを見た姉がキッとこちらを睨むが僕もどうしていいかわからない。
「……い…」
「……!」
その時、桜花妹がなにかを喋り始めた。俯いたままだが必死に何かを伝えようとしていた。
「一緒に…え……映画を…」
「…」
「私と一緒に映画を観に行ってくれませんか!!!」
最後のそれはもはや叫びと言っていいものだった。
「……え」
その週末、つまり今日。僕は駅で桜花妹のことを待っていた。結局、あの後桜花に頼み込まれたこともあって僕は桜花妹と映画を観に行くことを了承した。確か桜花が後ろで見守っておくから妹を傷つけないで家まで帰せというミッション付きだった。というかなんだこの状況は…桜花妹とは一度会ったことがあると言ってもほぼ初対面みたいなもんだ。それなのにいきなり一緒に映画って…しかもそれを姉に監視されるって…
「家内先輩!」
「お、おう!桜花早かったな」
「い、いえ…すみませんお待たせしてしまって」
僕が早起きしてしまったのもあって、まだ予定の時間には40分ほど早い。それなのに桜花妹は急いで来た方のような反応だった。
「切符を買ってホームで待ちますか?」
「あぁ、そうだな…うん」
桜花妹にバレない程度に周囲を見渡すが、桜花の姿は見えない。あいつほんとうに来ているのか?
「あの…家内先輩」
「どうした?」
「今日は…ご迷惑じゃありませんでしたか?」
「あぁ、大丈夫だよそんなこと気にすんな」
「は…はい!」
それから電車に乗った僕と桜花妹は商業用デパートや娯楽施設が立ち並ぶ地元では比較的都会と言える場所にやって来た。まぁ、近くに映画館がないからここまで来る必要があるけれど電車で1時間以内の位置にあるし不便というほどでもない。
上映時間まで雑貨屋を観て回ったりカフェに入って休憩したりして時間を潰し、桜花が観たいと言っていた映画を鑑賞、その後は昼食をとり楽しい休日を過ごした。
「悪い桜花、ちょっとトイレ行って来るな」
「はい、待ってますね」
とあるデパートの1階、ベンチに桜花妹を座らせて僕は急いで移動する。目的地は男子トイレの一番奥の個室だった。
「遅い」
「仕方がないだろ…というかなんでお前ここにいるんだよ」
「ここしかあの子にバレないで会える場所が無かったのよ!」
入って来たときに誰もいなかったとはいえなかなかできるもんじゃない。かなりの度胸の持ち主である。
「それで、なんとかなりそう?」
「いや…どうだろうな……」
「なに弱気になってんの?妹に手を出したら許さないんだからね」
「わかってるよ…」
桜花から提示された任務は2つ、今日一日妹を最大限喜ばせること。妹がもし告白してきたらやんわり、できるだけ悲しませずに断ることだった。なんだか矛盾している気もするがそこは姉の妹を思う気持ちというものだ。
「家内先輩?」
「「!?」」
「あの…大丈夫ですか?もしかして調子が悪いんですか?」
「さ!桜花!?なんで…ここ男子トイレだぞ!?」
「す、すみません…でも私心配で…」
「だ、大丈夫だから!な?もう少しだけ待っててくれ」
「はい…」
「……………………」
「「ビックリした!!」」
僕と桜花は緊張が解け同時に息を吐いた。
「おい、お前の妹どうなってるんだ!」
「こっちが聞きたいわよなんであの子男子トイレまで入って来たの!?」
「姉さん?」
「!?」
桜花妹の声とともに、ギシリという音が個室の壁から鳴った。僕たちは恐る恐る顔を上げ、音の発生源と目を合わせた。
「なに、してるの?」




