5話『オウジサマ③』
「桜花陽京?」
「そ」
僕の弁当を食べながら頬に絆創膏を貼った少女、桜花伽夜は妹の名前を口にした。桜花という苗字を聞いた時もそうだったが、どこかで…それもつい最近その名を聞いたことがある気がする。
「ふーん…」
「反応うっす!」
「いやだって、人の妹の名前を聞いたからってそう変わった反応できないだろ…」
「いやでも!生徒会長だよ!?」
「…生徒会長……?」
そこでやっと思い出す。なるほどどこかで聞いたと思ったら始業式…というか僕はあまり興味がなかったので気にしていなかったが確か1年生が夏休み前の選挙で圧勝したとかいう噂を聞いた気がする。ということはあの時壇上で話していた気の弱そうな子が桜花の妹ということになるのか…
「…似てないな」
「うっさい」
おそらくそれは髪色なんかの印象もあるのだろうけれど、はたから見た第一印象からしてこの姉妹は全然似ていなかった。まぁ、ウチの姉と妹も全然似ていないので不思議ではないが。
「うーん、とりあえずあんたは違うみたいね」
「…?なにが?」
「実は夏休み前に妹が男関係で嫌な思いしたみたいでね、あの子昔からよくモテるから。だから私があの子に近づく男子どもを片っ端からしばいてるんだよ」
「えぇ……」
いつも傷だらけなうえに、反省文だとか指導室だとかいうセリフがよく出てきた理由はそれか。というかこいつ……
「いや〜妹が可愛いと姉も大変だね、男子ビビらずにはこうして見た目から入らないといけないし!」
「桜花、お前バカだろ…」
「あ?」
「あ、なんでもないです…」
妹を守るためとはいえ流石喧嘩に明け暮れているだけあって、眼力がすごい。
「そういや、あんた名前とクラスは?」
「……」
僕は出来る限りの講義の目を彼女に向ける。ここ数日僕の弁当を食べているくせに、僕の名前を今日初めて聞いてきた。礼儀知らずなやつである。
「家内陽満」
「家内?あぁ、あの美人の3年の!あの人の弟か?」
「まぁ」
身内が褒められると少し嬉しい。
「へぇ〜似てないな!」
「うっせ」
桜花とここ数日話してみて分かったことはその見た目の割にかなりフレンドリーで思ったことをなんでも口にするタイプだということだ。初対面の時は攻撃的…まぁ、あれはパンツを見た僕が悪いということにしておくが、それを除いても彼女は反省文を頻繁に書くような不良娘には見えなかった。
「にしても、妹を守るために喧嘩か…怪我もしてるしもっと他にやり方があるんじゃないか?」
「…私は不器用なんだ。それにあの子も…」
「不器用にしても喧嘩ばっかりしてたらそのうち留年、下手すれば退学になるかもしれないぞ。それになにより女子なんだからもっとおしとやかにしないとな」
僕は彼女の頭の先から順に視線を下ろし、あぐらをかいた彼女のスカート部分を見る。なんとも健康的な脚ではあるが、かすり傷や痣がいくつか見える。
「おい、どこ見てんだ」
「足だが?」
「うっわ、なんだこいつ悪びれもしねえ…」
若干引き気味な目で彼女は見てくるが、僕にとってはむしろご褒美である。
「まぁとにかく、僕がいうことでもないが妹ももう高校生だろ?そんなに桜花が守ってやらなくてもいいと思うけどな、恋愛もしたい年頃だろう?」
「恋愛なんて…あの子にはまだ早いんだよ…」
「……?」
「ウチの父親がね、教育バカというか…子供をいい大学に行かせたいって考えでね、昔から勉強に厳しかったんだ。まぁ私は無視してたけど…でもあの子には陽京には父親の言うことを聞かないなんて選択肢はなかった。できなかったんだ。昔から気弱なあの子の性格と父親の狂気じみた教育は嫌な形で型にはまったの」
その話を聞きながら、玉波先輩のことを思い出す。幼少期に受けた心の傷というものは人格形成において大きな割合を占める。それが実の親から受けたものならばその影響は計り知れないものになるだろう。
「ある意味強迫観念に囚われてるっていうのかな。陽京は小さい頃からずっとテストも習い事も絶対に1番の成績を取っているけど…それは取らないといけないっていう思いがあの子の中にずっとあるから…それに父親に嫌われたくない一心で自分の気持ちを犠牲にした結果、陽京は重度の人見知りにもなった。そんなあの子がもし仮に恋なんてしたらどうなると思う?」
「……」
おそらく、溺れる。恋は盲目とはよく言ったもので、若い男女が過ちを犯すというのはよく聞く話である。
「だから私が守ってあげるの。あの子ばかりに押し付けて、逃げてきた私が…」
僕から見ると、彼女も…桜花伽夜もまた一種の強迫観念に囚われているように見える。自分の中にできたルールというのは作ったか作られたかでその強制力が変わる。どちらかといえば自分で作ったよりも作られたルールの方が破りにくいだろう。なぜならそこには必ず他者との関係が絡んでくるから。僕でいえばそれはあの部室のことであり、あきとの契約であったりする。
「…ごめんね、急にこんなこと話して」
「シスコンだな」
「は、はぁ?」
「わかるぞ、僕も妹がいるからな。妹のことはやっぱり兄と姉が守ってやらねばならないもんだ。うん、分かる分かる」
桜花に僕ができることは少しでも彼女の気を紛らわせることぐらいだった。僕に彼女の妹をどうにかすることなんてできないだろうし、彼女もそれは求めていない。ただここは話を聞き、そして思ったことを言う時だ。
「なにあんた妹までいんの?」
「あぁ、世界一可愛い妹さ」
「うわぁ…あんたの方がシスコンぽいわ」
そう言って桜花は立ち上がり僕に一言お礼を述べた。
「ありがと聞いてくれて、ちょっとスッキリした」
「いてて…」
今日もまた一人、妹に近寄る男子をひとり懲らしめてやった。その時に思わぬ反撃を食らって口の中を切ってしまったのかジンジンと痛むし少し血の味がする。今日は疲れたしお風呂に入って早く寝たい気分だ。
玄関を開けて家に入る。時刻は21時頃、この時間はもうみんなご飯を食べてお風呂も入って自室にいるはずなので物音を立てないように気をつける。
「おかえり……」
「うっ!?」
電気もつけず、廊下に妹が立っていた。
「な、なにしてるのこんな暗いとこで?」
「ちょっと姉さんと話したくて…ご飯温めるからお風呂はいっておいで…」
「う、うん…」
「……」
「……」
風呂から上がって、妹が温めてくれた料理を食べる。最近話していなかったから、無言が気まずい。
「あのね…」
「なに!?」
「今日のお昼ね…屋上で男の子と話してたの見たの…」
「え…あ、あぁ〜見られてたか〜でも勘違いしないでね!私とあいつはそんな関係じゃないっていうか名前だって今日初めて知ったし!」
「……本当?」
「ほんとほんと!」
「……良かった…」
「…え?」
「休み前に言った私を助けてくれた人ね…あの人なんだ……」
「……」
「ねぇ、姉さん…あの人の名前、なんていうの?教えてよ…お礼がしたいから」
「ひ…陽京?」
「教えて?」
「……家内…家内陽満…」
「家内先輩……家内先輩、今付き合ってる人っているのかな?」
「さ、さぁどうだろ…知らないけど…なんでそんなこと気にするの?」
「なんでって…恥ずかしいけど……姉さんになら言っても良いかな…私ね……」
頬に両手を当て、恥ずかしがりながら陽京は言った。
「一目惚れしちゃった」




