2話『ラクエンとショーツ』
始業式からはや1週間、夏休み気分もようやく抜けて生徒達は勉学に励んでいる。全く真面目なことである。なにも変わらない授業風景を眺めながらふと左の席を見る。そこには相変わらず堂々と居眠りを決め込むあきの姿があった。
この1週間、僕はあの部室へは行けていない。そもそも鍵が治ってしまったので行くことができないのだが…そしてそれと同時にあきとの関係も元に戻った。いや、朝の挨拶なんかはしてくれるので完全に元どおりというわけではないのかもしれないけれど。どうすればまた新体操部の部室へと忍び込めるか……そんなことを考えながらぼーっとしているとチャイムが鳴り昼休みの時間となる。しかしそう簡単に解決できることではないことも確かで、あの日課とも言える行為ができない以上僕にできることはひとつ、あの場所に変わる楽園を見つけることだった。
「陽満?今日も昼は一人か?」
「う、うん」
い…泉が一緒にお弁当を食べようと誘ってくれたがそれを渋々断って教室を出る。最近一度だけ彼女の誘いに乗り一緒にお弁当を食べたが…あれはちょっと勘弁してほしい。教室内であーんとか恥ずかしすぎて死ぬかと思った。教室を出る時に、あきと一瞬目があったが特になにを言われるわけでもなく教室を出た。
どこか安らぐ場所を探す。それは簡単なことではない。夏休みを経て改修工事が完了したということはどこか施錠管理に不備があった場所…例えば屋上等の鍵もまた新たにつけられたかスペアキーなんかを作られた可能性が高い。ただでさえ人が多いこの校内でひとりで落ち着ける場所なんてそうそうないのだ。まぁ、そもそもまずは行かなければならない場所があるのでそこから無事に帰ることができれば楽園探しの続きをしよう。
やってきたのは2階、3年3組の教室。玉波先輩のクラスである。なぜここへやって来たかといえば理由はひとつ。ここに僕の弁当があるからだ。今現在我が家に居候中の玉波先輩は思緒姉ちゃんと母さんの当番制で僕や真実のお弁当を作ってくれている。思緒姉ちゃんと母さんの時はそのまま渡してくれるので特に問題ないのだが、なぜか玉波先輩はその日の昼休みまで頑なにお弁当箱を渡してくれない。だからわざわざここまで取りに来なければならないのだ。そしてそれこそが僕にとっての新学期最大の苦難だった。だって…ひとつ上の学年の教室に入るだけでも精神的に辛いのに、弁当を取りに行くって…しかも相手は玉波先輩…今までに二度取りに来たがどちらも地獄だった。
視線が怖いのだ。男子の先輩方の。視線が痛いのだ。女子の先輩方の。
ふーっと息を吐き、決意を固めてドアに手を「なにしてるの?こんなところで」
「うわっ!?」
突如として声をかけて来たのは剣崎 変態だった。
「あはは、びっくりしてる〜」
「な、なんなんですか急に!」
「偶々見かけたから声かけただけだよ。で、なにしてるの?」
「…ただ3組に用があるだけですよ、変態は2組でしょ?僕のことはほっといてください」
「なになに?なんでそんなに隠すのよ!あ!もしかして好きな子でもいるの?」
変態はまた僕に顔を近づけゲスい笑みを浮かべている。この人…やっぱり発想が男子なんだよな…莉音に聞いてみたが、この人風紀委員長として選ばれるだけありかなり成績も良くなにより女子からの人気がすごいらしい。それなのに……
「どんな子どんな子?ほれほれお姉さんに言ってみてよ!知り合いなら協力してあげるよ?」
「だーっ!もうとっとと自分の教室に戻ってください!」
「ちぇ、なんだよなんだよ…つれないなあ…」
唇を尖らせた変態は諦めたのかとなりの教室のドアを開けて中に入っていった。あの人…普段からあんな感じなのか?だとすれば随分と莉音から聞いた話から乖離しているが…
「……さて、こっちも中に…はいる…か」
弁当を受け取るために再びドアに手をかけようとした僕は、ふと周りの光景を見て言葉を失った。廊下にいた生徒だけでなく教室内にいた人たちまでもが僕のことを凝視しているのだ。それも面白いものでも見たかのような反応で。
…あの変態、近くにいただけで注目集めすぎだろ!?
視線に恥ずかしくなり、勢いよくドアを開けて中に入る。こうなってしまえばもう早く弁当を受け取って退散するしかない。次から絶対朝弁当を貰っておこう。
教室に入ると、中央付近にのみぽっかりと穴が空いたように人がいない空間が生まれており、そこに玉波先輩が座っていた。
「遅かったわね、家内」
「すみません…色々あって…」
「へぇいろいろ、3組の教室の前で風紀委員長とイチャイチャすることの他にも何かあったのかしら?」
「……」
なんだか怖いなあ
「まぁいいわ、はいこれお弁当」
「あ、ありがとうございます」
弁当箱を受け取り、そそくさと退散しようとした僕に玉波先輩は追撃をくわえる。
「そうだ家内、今日は一緒に食べましょう」
「え?」
「ね?いいでしょ?ほら前の席が空いてるから座って」
「いやでも…」
「いいから」
た、玉波先輩の作り笑いが怖い!そして周りの視線も怖い!
「ほらほら!ね!いたでしょ弟君!」
その時、ドアの開く音ともに先ほども聞いた変態の声が響く。それと同時に教室内がざわめいた。
「やあやあ家内君また会ったね、優しい私が君のお姉さんを連れて来てあげたよ!」
なにしてくれてるだこの先輩!?
行動の読めない風紀委員長はニコニコと笑顔を浮かべながら教室に入ってきた。そしてその後ろには思緒姉ちゃんが一緒だ。
ん?あれ?なんか先輩方が教室から出て行ってるんだけど…なにこれ…なんで皆さん出て行くんですか?やめて!僕をひとりにしないで!
「なんで貴女達がうちクラスに入って来ているの?」
「私はハル君が2階にいると心優しい風紀委員長に聞いたから会いに来ただけよ。それより玉波さん、貴女こそハル君を呼び出してなにをしようとしてるのかしら」
「家内君が会いに来たのって玉波さんだったんだね、へぇ〜」
「なにニヤニヤしてんですか変態…」
教室を出た3年生達が廊下から室内の状況を観察している。それはまるで…動物園かなにかのような…珍しいものを見る人たちの目立った。
「あぁ…酷い目にあった」
結局4人で一緒にお弁当を食べることとなった僕は急いで弁当をかけこみ、逃げるようにして教室を後にした。急いだせいかまだ時間に余裕があるので楽園を探す旅を続けようとこうして校内をぶらついているのだ。ちなみに今現在向かっている場所はあの鍵の開いていた屋上である。まぁ、もう開いていないとは思うのだが一応見ておく。もし開いていれば誰も近寄らない屋上を新たな楽園へと認定して昼寝でもしよう。
階段を上って一番上の踊り場へとやって来た。相変わらず人気がなく、不気味ですらある。僕は屋上へと出るドアに手をかけて思いっきり開けてみた。
結果……扉は開いた。屋上の鍵は開いたままだった。
「ザルだな…この学校」
9月とあってまだ日差しが強く気温も高いが、風がある屋上は日陰ならだいぶ過ごしやすそうだった。が、今はなんだか昼寝がしたい気分なので日向に寝転ぶ。
「あー…やばいなこれ。本当に寝てしまう…」
ぼーっと空を見上げる。青空に大きな雲がいくつも流れている。そしてヒラヒラと舞うスカートに黒色の………
「…………」
校内へと入るドアの上、つまりは貯水槽の置かれた部分があるのだがそこは結構広く梯子もあるため簡単に登れる設計になっている。しかしそんなところへわざわざ登る人物といえば点検する業者の人ぐらいだろう。しかし僕の目には確かにうつっていた。
そして向こうも、こちらを見ていた。
「あんた、なにしてんの?」
見た目の割に落ち着いた声で喋る彼女のことを僕は知っていた。というより見たことがあったのだ。始業式の日体育館に遅れてやって来た彼女のことを。
肩にかからない程度に切りそろえられ、明るく染められた髪は癖っ毛なのか毛先がくるりと跳ね。着崩された制服は大胆に胸元が目立っている。そして何より規定より短いスカートは下から覗く僕にとってなんの防御力も発揮しておらず隠すべき黒い布が風によって露わになっていた。
「…………黒」
「は?」
あ…しまった、見た光景をそのまま口に出してしまった。まぁなんのことか彼女には分からない…だ…ろ?
名前も知らない少女の顔がみるみる歪んでいく。しかしそれは怒りではなく羞恥心によるものだろう。真っ赤に染まった頬がそれを証明している。まぁ、怒りも多分に含まれているだろうけれど。でも僕は目を離さない。なぜならもったいないからだ。僕は寝転んで目を開けているだけ、つまりはなにもしていない。彼女がそこに立っているのが悪いのだ。覗かれるのが嫌なのならばだければ……って
「見るな!!!!」
「うぉっ!???」
目の前に上履きの裏が急に降って来た。僕はゴロゴロと転がりながらそれを避けて体勢を整える。まじかあの子…人間の顔面めがけて飛び降りて来やがった。危ねえ…
女子生徒は避けた僕のことをキッと睨む。
「ごめんなさい!パンツ見ちゃってごめんなさい!」
僕は土下座をした。誠心誠意、心を込めて土下座をした。だって怖かったから。
「ぱ、パンツ見たって言うな!」
そう言うと彼女はフンっと振り向き、ドアへと向かう。そしてドアを開けて最後に僕に向かって
「べーっ!」
あっかんべーして去っていった。




