6話『ヨッキュウ』
玉波先輩が我が家に来て数日が経ったある日の朝、僕は最低限の荷物だけ持って玄関を出る。
「今日も行くの?」
「玉波先輩…起こしちゃいましたか」
「毎日のように出かけているけど、どこに行ってるのかしら」
「あはは…ちょっと話しにくいんですけどまぁ、野暮用が…」
「ふうん…ま、お昼までには帰って来なさいね。今日はお母様とお父様がいらっしゃらないからふたりでゆっくり昼食をとりましょう」
「え?思緒姉ちゃんと真実は…」
「ふたりでね」
「はい…」
なんだか玉波先輩が母さんみたいに見えてきた…毎晩課題を見てくれるし喋っていて楽しいから嫌じゃないのだが、我が母親の影響を受けてしまっていないか心配になる。
「行ってらっしゃい、家内」
「はい、行ってきます」
「私と真実の分は用意してくれないの?お昼ご飯」
「家内さん起きていたの」
「貴女、私の部屋で寝ているくせによくもぬけぬけと…それより追わなくていいの?尾行していればハル君を苦しめている元凶に逢えるかもしれないわよ?」
「……なにしに行っているかは知らないけど、私はこうして家内を待っているわ。家内だって男の子だもの、全てに口をだしてくる存在は嫌に決まってる」
「…そう。それじゃあ私はもう一度寝るからお昼に起こしてね」
「…え、せっかくだし朝食でも作りましょうよ」
「私はいらないから、真実の分をお願い……」
「…」
家を出てからしばらく歩き、ここ数日毎日訪れている公園へと入る。ブランコに座り途中寄ったコンビニで買ったおにぎりとお茶を袋から取り出して朝ごはんとする。8月も半ばとなり、早朝にもかかわらず日差しは容赦なく照りつける。蝉の声も周囲に響き、より暑さを感じさせる。
「今日もいるんですね、先輩」
「…なんだ可愛川ちゃんか…」
「なんだとはなんですか…おはようございます」
「うん、おはよう」
僕に声をかけてきた少女はそう言って横のブランコに腰掛けた。
「…なんで座るんだ?」
「今日は私も暇なんです」
可愛川ちゃんは一昨日からこうして公園でひとり寂しい時間を過ごしている僕に話しかけてきている。
「あ、おにぎり良いですね」
「…一個食べるか?」
「良いんですか!?」
「別に良いよ」
「ありがとうございます!」
おにぎりを受け取り喜ぶ姿はその容姿も相まって小学生のそれにしか見えないが、おそらく彼女は自身の容姿に対してコンプレックスを抱いているようなので口には出さない。
「そういえば、先輩はなぜこの公園にかなりの頻度で顔を出しているんですか?」
一番質問して欲しくないことであり、今僕が一番解決したい問題だ。
「待ってるんだ。友達を」
「友達?」
「小学生の頃の友達なんだけど…最近また会えたんだ」
「……はぁ、なるほど…」
「でも最後に会った時にちょっと気まずい雰囲気になってな、なんとか解消したいんだけど相手の家は分からないし小さい頃遊んでたこの公園にいればもしかしたら会えるかもって思って…」
「そのご友人というのは女性ですか?」
「え?あーうん、まぁそうだけど」
「そうですか、では私がいつまでもここにいてはその方にいらぬ誤解を招く可能性もありますね。なので私はここで失礼しますね」
「もう行っちゃうのか?」
「えぇ、早く仲直りできると良いですね」
「…あぁそうだな」
可愛川ちゃんは白いワンピースをぱっぱとはたいてから歩き出し、最後にこう告げて公園を去っていった。
「彼女さんを悲しませてはいけませんよ?」
……あの子なんかとんでもねえ勘違いしてるな?
8月13日…時間は午前10時23分。陽満の隣にいた少女が公園を出た。現在は陽満ひとり。
「それにしてもこれで3日連続で来ているがあの少女と陽満はどういった関係なんだ?」
自分の好きな人が他の女と一緒にいる光景を眺めるというのはなかなか心にくるものがある。ただでさえ玉波姫が陽満の家に転がり込んでいて吐き気がしてくるほど気分が悪いのに、ここに来てまた知らない女の登場…やはり彼は優しすぎる。もっと自分の身を第一に考えても良いのに…
それにしても陽満…毎日ここにやって来ているということはやはり私となにか話したいことがあるのだろうか…嬉しいな…でもあの臨海学校でのことを考えれば今は陽満に近づくのは控えた方がいい…
「ママあの人なにやってるの?」
「ジロジロ見ちゃいけません!」
道行く親子連れの会話が聞こえて来たが気にしない。わざわざそんなことを気にしていたらストーカーなんてできないのだ。それにこんな朝から双眼鏡片手に公園を眺めている見知らぬ女がいれば気になるのも仕方がない。
はぁ…それにしても陽満、こんな暑い中日陰に入らずブランコに座って…絶対暑いだろうに…あんなに汗もかいて……
(「舐めたい」)
おっと、思ったことをつい口に出してしまった。これでは私が変態みたいだ。とにかく今は陽満との接触は避けるべきだし、しばらくはこうして観察するだけに…
あれ?陽満がいない…しまった少し目を離した隙にどこへ行った?
「今日は帰ったのか?」
公園に入り、見渡すが彼の姿は見えない。私は彼の座っていたブランコへと近寄り腰掛ける。まだ少し彼の温もりを感じられる。……ここでするのは流石に不味い…でも最近は陽満を感じることができなかったから…
「す、少しだけ…少しだけなら…」
「やっと会えたな、ちひろ」
「きゃっ!?」
バランスを崩し、ブランコから落ちる。尻餅をついた痛みを堪えながら後ろを向くと、そこには彼が立っていた。私にできた始めての友達で…初めて好きになった人が。




