3話『タマナミハウス』
「……でっけえ…」
僕の家からおよそ40分程、閑静な住宅街の一角にその家…というより屋敷はあった。付近の住宅と比べても一回り大きな洋館風の家。しかし門をくぐれば庭に雑草が生い茂っており、その立派な佇まいもどこか陰っているように見える。
「玄関のドアだけでもウチの二倍はデカイな…」
玄関横についた呼び鈴を鳴らし、しばし待つ。
しかしどうしよう…本当に言いにくいな…。
昨日、あれから家に着いた僕を待っていたのは思緒姉ちゃんによる尋問だった。ビショビショになって帰って来た僕に対して思緒姉ちゃんは気が動転したかのように取り乱して心配していたが、結局最後までなにがあったかは言えなかった。きっとあの姉のことだ。正直にあってしまえば莉音と会うことを金輪際禁止しますだなんて言ってくる。…でも僕が黙っていたせいで夜遅くに出かけることをしばらく止められてしまった…つまりは「よ、よく来たわね家内!!」
勢いよく開け放たれた扉から、不器用な笑顔を引っさげて現れたのはこの家の住人たる玉波先輩だった。
「お、おはようございます。先輩…」
「お、おはよう」
あれ?なんか先輩緊張してないか?目を合わせてくれないぞ…
「ほら入って入って!今日は朝まで遊ぶんだから!」
「…そ、それなんですけど先輩…」
「なに?」
「泊まりは…ダメ?」
「はい…」
「夜遊ぶのも?」
「はい…」
「そ、そう…それは仕方がないわね…」
あぁ…玉波先輩が見るからに落ち込んでいる。いつもはふわふわの白い髪の毛もどことなくしな垂れているように見える。すみません、先輩…
「…ふぅ…助かった……」
「へ?なんて言いました?」
「な、なんでもないわ!」
「はぁ…それにしても先輩の家が立派ですね!」
「…!ま、まぁね!両親の趣味だけどね!」
「そ、そうなんですね!それでご両親は?」
「実は今二人とも海外に行ってて家には私だけなのよ!あは…あはは…」
「そうなんですか〜…」
「……」
「……」
どうする!?次はなんて言えば良い?女子の家に来たのも初めてだし今思えばこれってどういう状況なの?ていうか先輩今さらっと大変なこと言ってなかった?え?ご両親今家にいないの!?
「家内、とりあえず私の部屋に案内するから上がってちょうだい」
「あ、はい…」
先輩に案内され、2階へと上がり一番手前の部屋に通された。
「…」
なんだろう…
「今飲み物を持ってくるから待っていなさい」
「手伝いますよ?」
「いいから。あなたは待っていて」
「はい…」
先ほどからなにか違和感を感じる…
僕はとりあえず部屋の中を見渡す。ベッドに机、衣装ケースに部屋中に飾り付けられた可愛らしい人形の数々。多分…どの家具も高価なものだったりするのだろう…でも……
「家内、あなたお茶で良いわよね?」
「……先輩、この部屋って本当に先輩の部屋ですか?」
ふと、思ったことが声に漏れてしまった。最初からどこかおかしいのだ。かなりの間手入れされていないであろう庭もそうだ。しかしこの部屋はより不自然だった。よく見れば人形や机には薄っすらと埃が被っているし…なによりこの部屋から玉波先輩の匂いがしないのだ。いや、変な意味じゃないよ?新品臭いといえば良いのだろうか?新しい教科書をめくった時の匂いがするのだ。
「…やっぱりバレちゃったわね。こっちに来て」
僕の言葉を聞いた先輩が手招きをして部屋を出る。僕もそれに続き廊下の突き当たり、ひとつだけなぜか不恰好に木製のドアで遮られた部屋へと入る。
「ここが私の部屋よ。どう?狭いし汚いでしょ?」
「……」
部屋からは先輩と同じシャンプーか香水かの匂いがほんのり香る。しかしそこは外観や他の部屋とは全く違う。高校生が使うにしてはすこし小さなベッドに小さなタンス、わずかに光が入る程度の小窓が付いた部屋だった。しかし画材だけは数が揃えられており、この部屋がなにをするための部屋なのかは一目瞭然だ。
「…家内だから見せるけど…あんまり見られても恥ずかしいわ。だからできればジロジロ見ないでね」
なぜか玉波先輩は恥ずかしそうに頬を染めているが、僕には何もかもが異常に映る。
「せ、先輩…ご両親はいつから海外に?」
「そうね、だいたいもう2ヶ月は帰ってないわねでも珍しいことじゃないわ。あの人たち私の絵を売りながら旅行しているからまたお金がなくなれば帰ってくるでしょう」
「……」
2ヶ月…2ヶ月もこの広い家に一人で…それも多分これが初めてじゃない…
「先輩…」
「なに?」
先輩は相変わらず不器用な笑顔を向けながら僕の言葉を待つ。
「…う、ウチに来ませんか!夏休みの間だけでも、こんなところに一人でいちゃダメです!」
「……え?」
次回更新日は明後日です。




