表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒミツ  作者: 爪楊枝
キオク
33/109

5話『キッカケ』


「泉、貴女まだ中学生なのよ?それなのに一人暮らしだなんて…」

「ま、まぁまあ母さん…来年からはもう高校生なんだし…」

「貴方は黙ってて!」


机を挟んで怒り狂う母とそれを宥める父。私ははそれをただじっと見つめる。今私がなにかを言ったところで逆に母を怒らせるだけだから。なぜ、母がこうも起こっているのかといえば私が以前住んでいた地域にある高校に行きたいと言ったからだ。ただ母は当然そんなことは許してくれはしない。こういう時のために少しでも母に気に入ってもらおうと母の望んだ長い髪にしたし、母の望んだ服を着た。習い事にだって行ったし成績だって良かったはずだ。まぁ、母が反対しようが関係はないけれど。


「母さん、とりあえず落ち着いて晩御飯食べよう」


今こうして母を宥めている父は、すでに私が懐柔しているのだから。父が浮気症で助かった。証拠を見せればすぐに協力的になったし、すでにアパートの契約まで済ませてくれている。特に金銭的な問題は彼のおかげでほとんどクリアできたと言っていい。


「落ち着いて!?こんな時に落ち着いていられるわけがないでしょう!?」


……ちょっと長いな。


「ねぇ、母さん」

「ひっ……!?」


こういう時には、こうするのが一番だ。いくら表面を取り繕っても彼女はまだ壊れたままなのだから。


「俺のお願いを聞いてくれないの?」


その言葉を聞いて母は椅子から崩れ落ち、喚き、逃げるように別の部屋へと移動する。


「……泉、頼むから母さんの前でちひろの真似はしないでくれ…」

「えー…もうあんまり似てないと思うけどなあ」

「そういうことじゃない。あんな母さんを見るのは俺も嫌なんだ…」


…違う女を抱いているくせによく言うものだ。


「じゃあお父さん、ご飯食べよっ」


はぁ…楽しみだな。はるまさんは今の私を見て気づいてくれるのかな…早く、早く会いたいな。





「よし、これでいいかな」

「うん、ありがとうお父さん」


無事に高校入試を終え、中学校を卒業した私は早速引越し先のアパートへと引っ越した。行動は早い方がいい。事前の情報収集は大事にしたいから。


「それにしても泉、お前なら他にもいい学校があっただろうに本当に良いのか?」

「うん、良いんだよ」


というか、少しでも彼と同じ学校になる確率を上げたいのならばあそこしかない。あの公園に小学生が毎日通える程度の距離に彼の家があるとするならきっと彼はあの高校を選ぶはずだ。もし違う高校に進学していた場合はまずは彼の家を探すところから始めれば良いのだから。


「あ、そうだお父さん。ちゃんと頼んだもの買っておいてくれた?」

「あ、あぁ…でもお前こんなものなにに使うんだよ…」

「なんだって良いでしょ。趣味よ趣味。私なにか飲み物でも買ってくるからお父さんは寛いでて」


アパートの近くにあるスーパーで適当にお茶とジュースを買った帰り道。周囲の家の表札を見ながら帰っていると、ある話し声が聞こえてきた。


「思緒姉ちゃん、買い物袋ぐらい自分で持てるって!ていうか思緒姉ちゃんは家で寝てろよ、びょうにんなんだから!」

「大丈夫よハル君、お姉ちゃんはハル君が思っているよりも強いのよ。それにハル君の腕が心配だわ」

「なんだよそれ…」


その声が聞こえた瞬間、周辺を見渡したけど声の主はいなかった。


…ちょっと声が低くなったかな…うん、カッコよくなった。やっぱりまだこの街にいるんだね。はるまさん。


この耳に焼きついた彼の声とは少し違うが、間違いなくはるまさんのものだ。なぜ声だけ聞いてここまで確信が持てるのかは私自身にもわからないけど、きっとこれが愛のなせる技というやつだ。





入学式当日、残念ながらクラスの中にはるまさんの名前は無かったけど別のクラス表の中にはるまという名の生徒が少なくとも5人いた。入学式が始まり、新入生の名前が呼ばれていく中でそのはるまという名前の生徒の声をよく聞いた結果、家内 陽満という生徒の声が昨日聞いた声と一致していた。それからというもの私は休憩時間や昼休みを使って、1日一回は彼の顔を見に行っていた。そうしないと私自身が耐えられなかったから。話しかければ良いじゃないかとも思ったけど、急に話しかけて私ちひろだよなんて言っても信じてくれないだろうし、なにより私は伊藤 泉なのだ。泉としての私を受け入れてもらわなければならないのだから。まずは伊藤 泉という立場をこの学校で作るのが先決だ。


部活に入り、学校行事に率先して参加し、良い成績をとる。これだけで教師やクラスメイトからの信頼は勝ち取れるが、友人を作ることが難しかった。ただ毎日喋るだけの存在を友人として数えるなら簡単だけど私はあまり信用できない存在を近くに置きたくはなかった。それにもしこれから先私が陽満さんとつ……付き合うなんてことになれば私は友人よりも彼を優先させるだろうからそれでも許されるような強すぎず弱すぎない関係を築きたい。


そんな中で私が選んだのは同じクラスだった小倉 杏子と同じ部活に所属していた立花あきだ。小倉杏子を選んだ理由は単純にバカそうだったからだ。単純な方が利用しやすい。逆に立花あきは私と同じで上っ面だけで人と接しているような気がしたから、少し気になって声をかけた。




そして2年生、運命の時が訪れた。彼と家内 陽満と同じクラスになったのだ。さらに嬉しいことに、最初の席は名前順。つまり彼は私の前の席だ。


スキップしながら教室へ向かい、今年は3人とも同じクラスになったことを喜ぶ友人2人と挨拶をしながら中庭側一番前の席を見ると、すでに陽満さんが机に伏せって寝ているのが確認できた。心が浮き足立つ。今私は友人に笑顔をみせていられるだろうか。ニヤついたりしていたら少し恥ずかしい。


2人との挨拶を終えて自分の席へとつく。前に座る彼の背中や後頭部を見る。小さな頃に見たつむじだ。……ダメだ。なんだか変だ気分になってきた。こんなに近くにきたのは初めてだったけどまさかこんなに刺激が強いなんて…触れたい。できれば抱きついて再会を喜びたいけどきっとその瞬間に私の学校生活は終わってしまう……いや、もしかしたら始まってしまうかもしれないけど…


と、そんなことを頭の中で考えているうちに、私の手は知らず知らずのうちに、彼の背中を撫でていた。


「ん……?」

「へ?」


わっ……私は一体なにを!?


「な、なに?」

「あっ!?えっと!その…あの…ご、ゴミが付いていたというかその……」

「…ありがとう?」

「い、いえ…」


ま、まさか陽満さん相手にこんな反応をしてしまうなんて…お、おかしい子だと思われてしまったかもしれない…


「…はは、まぁ今日からよろしく」

「…!は、はい!よろしくお願いします!」


久しぶりに握手の陽満さんとの感触は、以前のものとは違い。ゴツゴツしていて、熱くって、とても気持ちの良いものだった。もちろんその日の夜はとても有意義な時間になったことは言うまでもない。


しかし、それ以降私は陽満さんと会話することはほとんどなかった。もともとちひろとしてからと会話していた私は、私自身としてからと会話する時にひどく緊張してしまうからだ。来る日も来る日も彼の後ろ姿を眺めるだけの日々に、次第に私は我慢できなくなっていった。さらには席替えといういらないシステムによって、私は陽満さんとまたも離ればなれになってしまい、よりによって立花あきが彼と隣同士になるなど嫌なことが立て続けに起きた。ただそんなある日、私は陽満さんのある行動に気がついた。それは昼休みになると彼が必ず席を立つことだ。まぁ、他のクラスで弁当を食べたり食堂に行ったりする生徒もいるのでそれ自体は不思議なことではないけれど。彼の行動はそのどれでもない。ただウロウロと校内を立ち歩くというものだった。そして彼はいつの間に見つけたのか、昼休みの施錠された体育館へと入っていった。


そこで見た光景はまさに衝撃的だった。薄く開いたドアの向こうで、陽満さんが私のロッカーを漁って中身の匂いを嗅いでいたのだ。私は恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。絶対にいい匂いなわけがない。下手をすれば臭いかもしれない汗まみれの衣類をまさか好きな相手に匂いを嗅がれるなんて考えもしなかった!私は次の日から柑橘系の制汗剤をこまめに使うようにした。でも…嬉しかった。私で…私の匂いで彼が興奮してくれているのだ。もちろん、私も興奮したし。でも、別の日に見ると違うロッカーを漁っていたので特に私だけの匂いが好きだとか出ないようだった。……悔しい。できれば他の女の匂いなんて嗅がないでほしい。さらに私に衝撃を与えたのは立花あきの存在だ。雨の降った日、いつものように彼の後をつけようと思った時に教科担当の邪魔が入り体育館に行くのが遅れてしまった。そんな時に限って、彼の行為は立花あきに見つかってしまったのだ。そして今では陽満さんは立花あきの言いなりになっている。あんな奴の足を舐めたり唾を飲まされたり……汚い。そして羨ましい。私を選んでくれれば全部私がしてあげるのに……きっと彼も苦しんでいるに違いない。なにより彼の横に立つべきは立花あきではなく私なのだ。




………………私は決めた。彼には私を…私だけを見て、嗅いで、味わって欲しいから。


「どうしたのいずっちその髪!」

「バッサリいったね、泉ちゃん」

「そうかな?私はこっちの方が似合うと思うんだけど…それに長いと邪魔だったから」


短期間でこれほどのイメチェンをしても、彼女たちなら問題ない。口調も最初に彼と再会した時や両親の前以外では常にちひろを意識して変えてきた。だからあとは私自身の性格を変えればいい。これから先、どんなことがあっても私は彼のことを諦めない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ